レッドブル・レーシング

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レッドブル
エントリー名 RED BULL RACING
チーム国籍 オーストリア
チーム本拠地 イギリスバッキンガムシャー州ミルトン・キーンズ
チーム代表者 クリスチャン・ホーナー
テクニカルディレクター エイドリアン・ニューウェイ
(チーフテクニカルオフィサー)
ジェフ・ウィリス
(テクニカルディレクター)
ドライバー セバスチャン・ベッテル
マーク・ウェバー
シャーシ レッドブル・RB5
エンジン ルノーRS27 V8
タイヤ ブリヂストン
参戦年度 2005 -
出走回数 77
コンストラクターズ
タイトル
0
ドライバーズタイトル 0
優勝回数 6
通算獲得ポイント 177.5
表彰台(3位以内)回数 7
ポールポジション 5
ファステストラップ 6
F1デビュー戦 2005年オーストラリアGP
初勝利 2009年中国GP
2009年順位 2位
(記録は2009年終了時終了時)
  

レッドブル・レーシングRed Bull Racing)は、2005年からF1に参戦しているレーシングコンストラクター。イギリスに本拠を置くが、国籍登録はオーストリアとなっている。

目次

[編集] 概要

オーストリア資本の飲料メーカーレッドブルは、1995年から2004年までザウバーの、2002年アロウズのスポンサーとしてF1との関わりを深めていた。特にメインスポンサーであったザウバーでは1995年から2001年までチームエントリー名はレッドブル・ザウバー・ペトロナスであった。

元ワールドチャンピオンのジャッキー・スチュワートが率いて1997年からF1に参戦していたスチュワートからの歴史を持つジャガー・レーシング2004年11月15日フォードグループの再編によりF1から撤退することを宣言した。フォードはチームをレッドブルに売却(金額は1ドルと言われた)し、レッドブル・レーシングチームが設立された。

プライベートチームながら限られたF1のエントリー枠を兄弟チームであるスクーデリア・トロ・ロッソとともに2つも占有するなどF1界の新興勢力として新進著しい存在となっている。親会社であるレッドブルの豊富な資金力を背景にトップドライバーや有力デザイナーを獲得して短期間でチームの戦力を上げつつ、多数ある下部組織(F3などのジュニアチーム)から若手の育成ドライバーを参戦させるチーム方針を執っており、自動車メーカーが闊歩するモータースポーツ界でも異色の存在として一大勢力を形成している。

[編集] 歴史

[編集] 2005年

2005年カナダGPでのRB1

F1参戦初年度となる2005年は、旧ジャガーから引き続きコスワースエンジンを搭載、シャーシも旧ジャガーにて「R6」として開発されたものを「RB1」と名称を変えて使用した。ドライバーは2004年までマクラーレンに在籍のデビッド・クルサードをエース待遇で獲得。セカンドドライバーには、旧ジャガーから残留のクリスチャン・クリエンと共に、レッドブル社のスポンサードのもと2004年国際F3000チャンピオンを獲得したヴィタントニオ・リウッツィとも契約。第3戦のバーレーンGPまではクリエンが出走し、リウッツィはサードドライバーとして金曜フリー走行に参加、第4戦サンマリノGPから4戦はリウッツィが出走し、クリエンがサードドライバーとしてフリー走行に参加し、その後も交互に参戦レースを決めることとしていたが、2005年レギュレーションでは前戦に出走していないドライバーは予選セッションの走行順が1番目となることから不利になるとして、第8戦以降は開幕時と同様にクリエンをレースに出走させ、リウッツィはサードドライバーの役目を務めた。ただし、マーケティング上の理由からカナダアメリカの両GPではサードドライバーに、同じくレッドブルのスポンサードを受けているアメリカ人のスコット・スピードを起用した。

2004年シーズンオフ、レッドブルは買収に関する話題はともかくマシン性能面においてはほとんど注目されていなかったが、開幕からクルサードは3戦連続、クリエンは2戦連続でポイントを獲得し周囲を驚かせた。その後もクルサードを中心にシーズンを通してコンスタントにポイント獲得を続け、最終的にB・A・Rの38ポイントに迫る34ポイントを獲得しコンストラクターズランキング7位となった。

[編集] 2006年

2006年アメリカGPでのRB2

2006年からはフェラーリと2年間のエンジン供給契約を結んだ。ドライバーはクルサード、クリエン、ロバート・ドーンボス(3rdドライバー)を起用。また、マクラーレンより移籍したエイドリアン・ニューウェイがチーフテクニカルオフィサーに就いた。シャーシはフェラーリV8エンジンに対応して製作された「RB2」を投入。

第7戦モナコGPにおいてクルサードが3位に入賞し、レッドブル初の表彰台を獲得した。第16戦から残り3戦はセカンドドライバーをクリエンに代えてサードドライバーであったドーンボスを起用した。クリエンはレッドブル陣営から離脱し、2007年からホンダF1のテストドライバーとなった。それと同時に、レッドブルの育成ドライバーとして、テストドライバーを務めながらGP2に参戦していたミハエル・アメルミューラーがドーンボスに代わって3rdドライバーに昇格した。

[編集] 2007年

2007年はフェラーリとのエンジン供給契約が継続していたが、これをレッドブルのジュニアチームであるトロ・ロッソヘ移譲。レッドブルはルノーのエンジンを搭載した。レギュラードライバーはクルサード、マーク・ウェバーを起用。リザーブドライバーには、テストドライバーのアマミュラー、ドーンボス、セバスチャン・ブエミを各レース毎に変則起用した。

今季途中から導入したクイックシフトタイプのトランスミッションなどの信頼性不足もあって、速さはあるものの結果が出ない状態が続いていたが、第10戦ヨーロッパGPでは豪雨で赤旗中断などの混乱の中、見事に走り切りウェバーがレッドブルで初めての表彰台3位(レッドブル・レーシングとしては2度目)、同僚クルサードも5位に入賞した。

[編集] 2008年

ドライバーは引き続きクルサードとウェバーが務め、テスト兼リザーブドライバーにセバスチャン・ブエミを起用。カナダGPではクルサードが2008年シーズン唯一となる表彰台(3位)を獲得した。

クルサードはこの年をもって現役を引退することを7月3日にシルバーストーンで発表した。最終戦となる第18戦ブラジルGPでは、脊髄損傷を受けた人々をサポートするチャリティ団体「Wings for Life」の特別カラーリングを纏ったマシンをドライブした。

2009年以降もアドバイザーとしてチームに残留することが発表された。

[編集] 2009年

2009年日本GPでのRB5(ドライバーはベッテル)

2008年イタリアGPで初優勝のセバスチャン・ベッテルがトロ・ロッソから移籍。ウェバーが残留している。

マシンはRB5。少々タイヤに厳しいマシンであるがスタートからゴールまで非常に安定した速さをもっているのが特徴である、

リザーブドライバーにはブレンドン・ハートレイを起用する予定だったが、スーパーライセンスが発給されなかったため、第2戦までは2008年いっぱいで引退したクルサードが登録される。

第3戦中国GPにおいてウェットコンディションの中、ベッテルがポールトゥウィンで自身2勝目となる優勝を飾り、チームに初優勝をもたらした[1]。なお、このときの表彰式では本来であれば優勝したベッテルの出身国であるドイツの国歌のあとチームの国籍であるオーストリアの国歌が流されるはずであったが、主催者の手違いでドイツ国歌のあとチームの本拠地のあるイギリスの国歌が流されてしまう、という珍事があった。

また、ニュルブルクリンクで開催されたドイツGPではマーク・ウェバーが自身にとって初優勝を獲得した。

第15戦日本GPにおいて、セバスチャン・ベッテルがポール・トゥ・ウィン。マーク・ウェバーはピットスタートで最下位に終わったが、ファステストラップを記録するなど、チームとして好成績を収めた。

[編集] 戦績

シャーシー
エンジン
タイヤ ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 ポイント ランキング
2005 RB1
コスワースTJ2005 V10
M AUS
オーストラリアの旗
MAL
マラヤ連邦の旗
BHR
バーレーンの旗
SMR
サンマリノの旗
ESP
スペインの旗
MON
モナコの旗
EUR
欧州連合の旗
CAN
カナダの旗
USA
アメリカ合衆国の旗
FRA
フランスの旗
GBR
イギリスの旗
GER
ドイツの旗
HUN
ハンガリーの旗
TUR
トルコの旗
ITA
イタリアの旗
BEL
ベルギーの旗
BRA
ブラジルの旗
JPN
日本の旗
CHN
中華人民共和国の旗
34 7位
デビッド・クルサード 4 6 8 11 8 Ret 4 7 DNS 10 13 7 Ret 7 15 Ret Ret 6 9
クリスチャン・クリエン 7 8 Ret 8 DNS Ret 15 9 Ret 8 13 9 9 9 5
ヴィタントニオ・リウッツィ 8 Ret Ret 9
2006 RB2
フェラーリTipo056 V8
M BHR
バーレーンの旗
MAL
マラヤ連邦の旗
AUS
オーストラリアの旗
SMR
サンマリノの旗
EUR
欧州連合の旗
ESP
スペインの旗
MON
モナコの旗
GBR
イギリスの旗
CAN
カナダの旗
USA
アメリカ合衆国の旗
FRA
フランスの旗
GER
ドイツの旗
HUN
ハンガリーの旗
TUR
トルコの旗
ITA
イタリアの旗
CHN
中華人民共和国の旗
JPN
日本の旗
BRA
ブラジルの旗
16 7位
デビッド・クルサード 10 Ret 8 Ret Ret 14 3 12 8 7 9 11 5 15 12 9 Ret Ret
クリスチャン・クリエン 8 Ret Ret Ret Ret 13 Ret 14 11 Ret 12 8 Ret 11 11
ロバート・ドーンボス 12 13 12
2007 RB3
ルノーRS27 V8
B AUS
オーストラリアの旗
MAL
マラヤ連邦の旗
BHR
バーレーンの旗
ESP
スペインの旗
MON
モナコの旗
CAN
カナダの旗
USA
アメリカ合衆国の旗
FRA
フランスの旗
GBR
イギリスの旗
EUR
欧州連合の旗
HUN
ハンガリーの旗
TUR
トルコの旗
ITA
イタリアの旗
BEL
ベルギーの旗
JPN
日本の旗
CHN
中華人民共和国の旗
BRA
ブラジルの旗
24 5位
デビッド・クルサード Ret Ret Ret 5 14 Ret Ret 13 11 5 11 10 Ret Ret 4 8 9
マーク・ウェバー 13 10 Ret Ret Ret 9 7 12 Ret 3 9 Ret 9 7 Ret 10 Ret
2008 RB4
ルノーRS27-2008 V8
B AUS
オーストラリアの旗
MAL
マラヤ連邦の旗
BHR
バーレーンの旗
ESP
スペインの旗
TUR
トルコの旗
MON
モナコの旗
CAN
カナダの旗
FRA
フランスの旗
GBR
イギリスの旗
GER
ドイツの旗
HUN
ハンガリーの旗
EUR
欧州連合の旗
BEL
ベルギーの旗
ITA
イタリアの旗
SIN
シンガポールの旗
JPN
日本の旗
CHN
中華人民共和国の旗
BRA
ブラジルの旗
29 7位
デビッド・クルサード Ret 9 18 12 9 Ret 3 9 Ret 13 9 17 11 16 7 Ret 10 Ret
マーク・ウェバー Ret 7 7 5 7 4 12 6 10 Ret 11 12 8 8 Ret 8 14 10
2009 RB5
ルノーRS27 V8
B AUS
オーストラリアの旗
MAL
マラヤ連邦の旗
CHN
中華人民共和国の旗
BHR
バーレーンの旗
ESP
スペインの旗
MON
モナコの旗
TUR
トルコの旗
GBR
イギリスの旗
GER
ドイツの旗
HUN
ハンガリーの旗
EUR
欧州連合の旗
BEL
ベルギーの旗
ITA
イタリアの旗
SIN
シンガポールの旗
JPN
日本の旗
BRA
ブラジルの旗
ABU
アラブ首長国連邦の旗
153.5 2位
マーク・ウェバー 12 6 2 11 3 5 2 2 1 3 9 9 Ret Ret 17 1 2
セバスチャン・ベッテル 13 15 1 2 4 Ret 3 1 2 Ret Ret 3 8 4 1 4 1

[編集] メディアプロモーション

レッドブルは豊富な資金力とユニークな発想で、広報活動においても注目を集めている。

  • ジャガー時代からの継続で、2005年と2006年のモナコGPには映画とのタイアップでスペシャルペイントを施したマシンが出走した。
  • 2005年スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐とのタイアップ。ゲストとしてジョージ・ルーカスが招かれたのはもちろん、ダース・ベイダーC-3POらキャラクター達もパドックに全員集合した。さらに、ピットクルーは全員帝国軍兵士のコスプレをする念の入れようだった。レースの方は序盤クルサードがフェラーリのミハエル・シューマッハを従え上位を快走していたが、ギアトラブルでリタイア。残ったリウッツィもトラブルでリタイヤしたが、注目度はどこよりも高く、ライバルチーム達の度肝を抜くことに成功した。
  • 2006年スーパーマン リターンズとのタイアップ。前年ほど派手な展開ではなかったが(とはいえドライバーのレーシングスーツのデザインがスーパーマンのスーツと同じになるなど、それなりに念の入ったものだった)、上位陣が次々と脱落する中でクルサードが3位表彰台を勝ち取り(自身2003年日本グランプリ以来の表彰台で、フジテレビ竹下陽平アナウンサーをして「クルサード・リターンズ」と言わしめた)、スーパーマンの赤いマントを翻して登壇した。
  • パドックで招待客をもてなすモーターホームは、レッドブルとトロ・ロッソの駐車スペースに総3階立ての巨大な建造物を設営して他チームを圧倒した(すでに「モーターホーム」ではないという声もある)。2006年のモナコGPでは、ヨットハーバーのの上に設営する特別仕様まで用意した。
  • 参戦当初、毎レースパドックに印刷機材を持ち込み、「The RED BULLETIN」(レッドブリティン—Red Bull+Bulletin(速報)の造語)という日刊紙を発行して、F1関係者にパドックで無料配布していた。実際には有料(1部1ドル程度[要出典])なのだが、ディートリッヒ・マテシッツ会長が全数買い取った上で配布するという形が取られているため、結果無料である。結果速報や独自の切り口の記事で、おおむね好評を得ている。日本グランプリでは、各日レッドブルのブースでレッドブル購入者に先着順でプレゼントされる。なお、Web上でもPDF形式で公開している。なお「The RED BULLETIN」は、2009年からレッドブルがスポンサードするスポーツ活動全般をカバーする広報誌としてリニューアルされており、F1のパドックでの発行は2008年シーズンで終了した[2]
  • F1においては「女性蔑視に当たる」との理由から他チームがレースクイーン等の起用に及び腰な中、毎レース「フォーミュラ・ウナ(Formula Una)」と題して開催国の美女を集め、自チームのモーターホームにおいてコンテストを実施していた。ただし経費節減策の一環として、「フォーミュラ・ウナ」も2008年一杯で終了した[2]
  • F1マシンのデモ走行や、イベント「Red Bull Showrun」が日本でも行われている。2007年には東京都台東区浅草寺で、2009年は9月20日に大阪府大阪城公園[3]、同月22日に埼玉県越谷市のイオンレイクタウンmoriで、同月30日は三重県鈴鹿スポーツガーデンで開催された。同月29日には、明治神宮野球場で行われていたプロ野球の阪神タイガース東京ヤクルトスワローズの試合で走行を披露した[4]

[編集] 2009年チーム体制

  • スポーティングディレクター: クリスチャン・ホーナー
  • レーシングディレクター: ダニー・ベイハー、ヘルムート・マルコ
  • ゼネラルディレクター: ジェイ・フライ
  • オペレーションズディレクター: キース・サン
  • チーフテクニカルオフィサー: エイドリアン・ニューウェイ
  • テクニカルオペレーションディレクター: ギュンター・シュタイナー
  • チーフデザイナー: ロブ・マーシャル
  • チーフエアロダイナミスト: ピーター・プロドロモウ
  • レース&テストチーフエンジニア: ポール・モナハン
  • ルノープリンシパルエンジニア: ファブリス・ロム(ルノーより派遣)
  • チーフストラテジスト: ニール・マーティン
  • チーフメカニック: ケニー・ハンドカマー
  • レースチームマネージャー: ジョナサン・ウィートリー
  • テストチームマネージャー: トニー・バロウズ
  • プレスオフィサー: トーマス・ホフマン
  • レースドライバー: マーク・ウェバー、セバスチャン・ベッテル
  • リザーブ&テストドライバー: デビッド・クルサード(リザーブドライバー)
  • マシン: レッドブルRB5
  • エンジン: ルノーRS27

[編集] レッドブル&トロ・ロッソ共通

[編集] 脚注

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[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年12月3日 (木) 07:08 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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