レーニン廟

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レーニン廟
レーニン廟の入口

レーニン廟Lenin's Mausoleum)とは、ロシアモスクワ赤の広場にあるウラジーミル・レーニン霊廟の事である。

目次

[編集] 沿革

1924年にレーニンが死去した際、全国から弔問に訪れる市民にこたえるため、その遺体に保存処理(エンバーミング)が施され、赤の広場に建築家アレクセイ・シューセフの設計により、木造の遺体安置所が短期間(約3日間)で建設された[1]。その後、より恒常的な施設として現在の石造の建物が建設され、1930年に完成した。

1953年ヨシフ・スターリンが死去すると、彼の遺体も保存処理されてレーニン廟に安置されたが、1961年の「第二次スターリン批判」にともなって撤去され、埋葬された。

赤の広場で行われる国家的行事に際しては、共産党・政府の首脳はレーニン廟のひな壇から観閲し、演説を行うのが慣例となっていた。レーニン廟に並ぶ指導者の顔ぶれや序列は、西側諸国のジャーナリスト・研究者にとって、ソ連指導部の動向を知る手がかりの一つであった。

ソビエト連邦解体後、何度も廟の撤去案が持ち上がっているが、その都度反対も多く、現在にいたっている。

[編集] 構造

構造は、ジェセル王の階段ピラミッド大キュロスの墓のような古代の霊廟からのいくつかの要素を参考にしている。

内部では、「エンバーミング」という技術でレーニンの遺体が保存されている。 この保存技術は旧ソ連で開発されたもので、レーニン廟付属研究所によるものである。

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[編集] 影響

レーニン廟の影響をうけ、いくつかの社会主義国家で指導者の遺体が永久保存処理され、これを安置する廟がつくられている。エンバーミング#エンバーミングと政治も参照。

現在も設置されているもの
現在は撤去されたもの

[編集] 外部リンク

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  1. ^ 当初レーニンの遺体は、追悼行事の終了後埋葬される予定であった。

[編集] 関連項目


ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年8月30日 (日) 01:49 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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