ロイヤル・アンド・エンシェント・ゴルフ・クラブ・オブ・セント・アンドリュース

R&Aゴルフクラブ
セント・アンドリュース
ロイヤル・アンド・エンシェント・ゴルフ・クラブ・オブ・セント・アンドリュース
所在地 スコットランド
セント・アンドリュース
概要
コース
その他
  


ロイヤル・アンド・エンシェント・ゴルフ・クラブ・オブ・セント・アンドリュース(Royal and Ancient Golf Club of St Andrews)は、ゴルフ競技の世界的な総本山として知られるイギリス連合王国・スコットランド国・セント・アンドリュースにあるゴルフクラブの名称である。

ゴルフ競技はスコットランドが伝承とされるスポーツで、15世紀にはイングランドとの権力争いからゴルフ競技を禁止する命令が発したとされる。その当時のゴルフは現在の一般的なゴルフ競技に似たリンクスゴルフと、公園などのグラウンドゴルフに似たショートゲームという2つの試合方法が採用されていたが、その後1744年にエジンバラの「ジェントルマン・ゴルファーズ・オブ・リース」という世界初の競技団体が誕生。10年後の1754年にセント・アンドリュースにも団体が設立された。それがR&Aである。

R&Aはゴルフのルールを世界基準のものにして、1ラウンド18ホールズやクラブ、ボールなどの道具にも一定の基準を作成。名実ともにゴルフの総本山となった。コースは5年に1度、全英オープン選手権大会の会場として使用されている他、一般市民にも広く開放されている。

[編集] セント・アンドリュース・リンクス オールド・コース

ロード・バンカー

オールド・コースは“あるがまま”を理念としており、“神が造りたもうたコース”と畏敬の念をもって呼ばれている。名所のホールには偉大な名選手の名前が記念され、10番ホールには「ボビー・ジョーンズ」、最終18番には「トム・モリス」(オールド・トム・モリスのこと)の名が冠されている。いくつかのコースでは、グリーンがアウト(フロント・ナイン、1~9番ホール)とイン(バック・ナイン、10~18番ホール)とで共用しているため、カップの旗の色も区分けしている。オールド・コースには全部で「112個」のバンカーがあり、その中でも14番ホール(パー5)の「ヘル・バンカー」(Hell Bunker)と17番ホール(パー4)の「ロード・バンカー」(Road Bunker)が有名である。(ヘル・バンカーとは、ここに落としたら“地獄”という意味だが、現在の選手たちのクラブ飛距離では第2打 → 第3打の距離配分を考えれば問題なく通り越せることが多くなった。)

11番ホール(パー3)は世界一難しいショートホールと言われている。距離はそう長くもなく(174y)、障害物もバンカーと奥のイーデン川のみで、風がなければ問題のないホールだが、ちょっとでも風が吹けばたちまち世界一難しいショートホールに変わってしまう。また、バンカーに入れば脱出するが難しく、大きくスコアを落としてもおかしくない。

オールド・コース最大の名物ホールは17番ホール(パー4)である。第1打はコース内にあるホテルを越えて打たなければならない。そして、第2打をグリーンに乗せること(パーオン)に失敗すると、パーを守ることが非常に難しくなる。グリーンの右方向には線路の跡があり(ここには1969年まで列車が走っていたというが、それも“あるがまま”残してある)、グリーンの手前には有名な「ロード・バンカー」が待ち受けている。多くの選手がこのバンカーで辛酸をなめてきたが、1978年の大会で日本の中島常幸選手がこのバンカーにつかまって大叩きし(9打を要した)、日本人男子選手初のメジャー大会優勝のチャンスを逃したことから、中島の愛称“トミー”をとって「トミーズ・バンカー」と呼ばれることもある。

近年にセント・アンドリュースで開催された全英オープンでは、2000年2005年タイガー・ウッズが優勝し、1995年にはジョン・デーリーアメリカ)、1990年にはニック・ファルドイギリス)が優勝している。5年ぶり2度目の全英オープン優勝により、ウッズはセント・アンドリュースにて“コース2連覇”を達成した。

2007年、セント・アンドリュースで開かれたダンヒル・リンクス・チャンピオンシップに日本代表としてタレントの石橋貴明谷原秀人プロと組んで出場した。(結果は予選落ち)

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最終更新 2009年7月21日 (火) 07:09 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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