ロイ・O・ディズニー

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ロイ・O・ディズニー英語: Roy Oliver Disney1893年6月24日 - 1971年12月20日)は、アメリカ合衆国実業家。弟のウォルト・ディズニーとともに、現在のウォルト・ディズニー・カンパニーを設立した。同社の最高経営責任者(CEO)1929年から1971年まで務めたほか、社長や会長も兼任した。

1893年、イリノイ州シカゴで父イライアスと母フローラとの間に生まれた。1925年にはエドナ・フランシスと結婚した。1930年に生まれた息子のロイ・E・ディズニーは後にディズニーの映画監督などを務めている。

弟のウォルトは創造的な人物であったが、ロイは会社を財政的安定させた人物であった。ロイとウォルトは共同で会社を立ち上げたが、1929年にウォルトはロイの持分の大部分を買い取ろうとした。また、ライバル会社であったフライシャー・スタジオ社のマックス・フライシャー、デイブ・フライシャー兄弟のようにプロデューサーとなることもなかった。

ウォルトが1966年に亡くなると、ロイは引退を延期してディズニー・ワールドと呼ばれていたテーマパークの建設を監督した。後に、ロイはウォルトの死を悼み、名前を冠してウォルト・ディズニー・ワールドと改名している。その後、ウォルト・ディズニー・ワールドがオープンした1971年10月にロイは引退した。

1971年、ロイは脳梗塞により78年の生涯を閉じた。亡くなったのは、ロイが孫と一緒にディズニーランドに行こうとしていたまさにその日のことだった。遺体はハリウッドのフォレスト・ローン記念公園に埋葬された。

フロリダ州にあるマジック・キングダムのうち、メインストリートUSAのタウンスクエアには、ミニーマウスの横に座っているロイの像がある。また、カリフォルニア州バーバンクのディズニー本部ビルの外や、東京ディズニーランドワールドバザールにも同じものがある。

[編集] 参考文献

  • ボブ・トーマス 『ディズニー伝説 天才と賢兄の企業創造物語』 山岡洋一・田中志ほり 訳、日経BP社、1998年。

最終更新 2009年7月19日 (日) 09:10 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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