ロゼッタ・ストーン

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大英博物館で展示されているロゼッタ・ストーン

ロゼッタ・ストーンロゼッタ石Rosetta Stone)は、エジプトロゼッタ1799年に発見された石碑である。

3種類の紀元前の文字で書かれており、最後の文字は古代ギリシャ語であった。3種類の文字で同じ内容が書かれていると推測され、何人もの学者が解読を試みた。最初にトマス・ヤングがファラオ名など固有名詞の解読に成功し、ヤングのアプローチをヒントに、最終的にジャン=フランソワ・シャンポリオンによって解読される。

現在は、イギリス大英博物館で展示されている。

目次

[編集] 概要

ロゼッタ・ストーン 上から順に、古代エジプトのヒエログリフ、古代エジプトのデモティック(草書体)、ギリシア語を用いて同じ内容の文章が記されている

ロゼッタ・ストーンは1799年7月15日ナポレオン・ボナパルトエジプト遠征を行った際、フランス軍のピエール=フランソワ・ブシャール大尉によってエジプトの港湾都市ロゼッタで発見された。1801年、イギリス軍がエジプトに上陸してフランス軍を降伏させ、それ以降イギリスの手に渡った。

縦114.4cm、横72.3cm、厚さ27.9cm、重量760kg。当初、花崗岩または玄武岩と考えられたが、実際には暗色の花崗閃緑岩からできている。

岩には文字が刻まれており、エジプト語とギリシャ語(コイネー)の2種類の言語で書かれており、3種類の文字で記されていた。エジプト語の神聖文字(ヒエログリフ)と民衆文字(デモティック)、そしてギリシャ文字である。ギリシャ語部分は読むことが出来た。残りの言語の部分も、恐らくギリシャ語と同じことが書かれていると推測された。これは、1822年、ジャン=フランソワ・シャンポリオンによって解読され、この結果を手がかりに、エジプト語の文書も続々と解読されるきっかけとなった。

ロゼッタ・ストーンは1802年以降、イギリスのロンドンにある大英博物館で展示されている。現在、大英博物館に正面入り口から入ると広間のGreat Courtに出るが、それより左の展示室群は古代ギリシア古代エジプトコーナーとなっている。ロゼッタストーンは、Great Courtから入ってすぐの展示室を左に30メートルほど進んだところに、右側の壁際におよそ2メートル立方のガラスケースに入れて展示されている。この展示の傍にはいつもたくさんの人がいるので遠くからでも見つけやすい。ガラスケースの横にはロゼッタストーンの説明やヒエログリフの簡単な解説などが書かれている。

1972年10月にはシャンポリオンによる解読150周年を記念して、フランスのルーブル美術館で1ヶ月間展示された。

[編集] 碑文の内容

ヘレニズム期のエジプト・プトレマイオス王朝プトレマイオス5世エピファネス施政下の紀元前196年に開かれたメンフィスの宗教会議の布告を書き写したものである。同一の内容が、エジプト語は神聖文字(ヒエログリフ)と民衆文字(デモティック)、ギリシア語はギリシア文字で刻まれている。ギリシャ語部分はこのように書き出されている。: Basileuontos tou neou kai paralabontos tén basileian para tou patros... (新しい王は、王の父から王位を継承した....)

その内容は、プトレマイオス5世を称え、プトレマイオス5世などに対する皇帝礼拝の実施方法を記したものである。

[編集] 隠喩

英語では、ロゼッタ・ストーンを隠喩として使う。解読することや翻訳、難問などを表す。「免疫学のロゼッタ・ストーン」など。重大な鍵であるものの隠喩としてもまた使われる。

[編集] 参考書

  • クリスティアン=ジョルジュ・シュエンツエル(北野徹訳)『クレオパトラ』白水社,2007年

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年8月19日 (水) 17:58 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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