ロッキード L-188
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ロッキード L-188 エレクトラ
Lockheed L-188 Electra
- 用途:旅客機
- 製造者:ロッキード
- 運用者:イースタン航空、ヴァリグ・ブラジル航空、アメリカン航空、キャセイパシフィック航空など
- 初飛行:1957年
- 生産数:167機
- 生産開始:1957年
- 運用開始:1959年
ロッキード L-188(Lockheed L-188 Electra)は、アメリカ合衆国のロッキード社が製造していたターボプロップ旅客機。初飛行は1957年。愛称はエレクトラ(Electra)。対潜哨戒機P-3はこの機体設計を転用したものである。
目次 |
[編集] 開発
ロッキード社がコンステレーションの後継機として開発した、アメリカ初のターボプロップ旅客機である。1954年から開発に着手し、1957年12月に初飛行、1959年早々に就航開始した。愛称の「エレクトラ」は、同社のアイデンティティだった卵形双垂直尾翼の元祖で、日本でも陸軍一式貨物輸送機としてライセンス生産された、第二次世界大戦前のベストセラー双発機「エレクトラ」(L-10~L14系)より、数えて二代目である。直線翼・低翼配置の四発機で、ラジカルな外形が目立つ同社機の中にあって、珍しくオーソドックスな出で立ちが逆に特徴的とも言える。
ターボプロップ機には運航経費が低廉、かつレシプロ機からの乗員移行が容易という利点があった。世界初のジェット旅客機コメット Mk.1 の就航(1952年)当初から「ジェット旅客機は時期尚早」という懐疑的な声が半ばしており、果してコメットが連続事故に見舞われると、最早性能向上の余地が残されていないレシプロ旅客機の代替と、ジェット旅客機が本格化するまでの繋ぎとして、10年間程ターボプロップ機の時代が訪れると考えたエアライナーも少なくなく、直前に大型ターボプロップ軍用輸送機C-130を成功させたロッキードに期待が寄せられた。ローンチカスタマーはイースタン航空とアメリカン航空で、開発は順調に進行した。
しかしボーイングの自社開発機367-80(後のKC-135, 707)が同時期に進空し、ターボプロップを含むプロペラ機では到達不可能な高性能を安定して発揮できることを実証したため、エレクトラの将来性には開発中から暗雲が立ちこめた。
[編集] 連続事故
就航時に既に陳腐化が明らかになったエレクトラは、間もなく連続空中分解事故にも苛まれる。1959年9月28日にテキサス州バッファロー上空でブラニフ機が空中分解し、乗員6名乗客28名が全員死亡。また翌年3月17日にはインディアナ州ペリー郡上空でもノースウェスト機が空中分解し、乗員6名乗客57名が全員死亡した。
アメリカ航空宇宙局とロッキード社による原因究明の結果、主翼のフラッター現象が原因であることを突き止めた。大径プロペラの後流が異常振動を招来し、共振から主翼の疲労破壊に至ったのだが、開発競争の中で十分な試験を行わず、性急に過ぎた実用化も批判の対象になった。
[編集] 販売低迷
この欠陥はエンジンの支持方法を変更し、最大巡航速度に大幅な制限を加える(324→275 kt)事で一応の解決を見たが、飛行停止処分に伴う悪評もセールスに打撃を与え、しかも前世代のレシプロ機以下に制限された劣速では、コンベア880やボーイング720など同クラスに登場した中距離用ジェット機には全く太刀打ちできず、コンステレーションで一世を風靡した名門ロッキードの看板をもってしても、144機の受注(総生産機数は167機)に留まった。一方 低速と大きな積載量を要求される対潜哨戒機としては格好とされ、P-3として米海軍等に採用され大ヒットとなった。海上自衛隊にも導入されている。
このエレクトラの大失敗によって、しばらく旅客機の製造から遠ざかることになったロッキードは、その後1970年代に先進技術を投入した三発ワイドボディ旅客機トライスター(L-1011)で起死回生を図るが、開発遅延からトライスターの販売にも失敗し、最終的に旅客機製造からの撤退を余儀なくされた。
[編集] 現在
アメリカでは1970年代にはその多くが旅客輸送を取りやめ、セミ・ワイドボディを利して貨物機として運用されたが、ブラジルのヴァリグ・ブラジル航空は、滑走路の短いサンパウロのコンゴニャス国際空港とリオ・デ・ジャネイロのサントス・デュモン空港間のシャトル便専用機として、1990年代初頭まで運用していた。
その他の国々では、1980年代にはその殆どが貨物型に改修され細々と運航されていたものの、現在は老朽化のため数機が運航されているのみで、残る多くが地上保管、もしくはスクラップとなっている。
[編集] 日本におけるL-188
日本の航空会社での採用はなかったが、キャセイ・パシフィック航空とカンタス・オーストラリア航空が1950年代末から1960年代まで使用し、羽田空港や伊丹空港などに乗り入れていた。また、中華民国のウィナー・エアウェイズやアメリカの航空会社がチャーター便で乗り入れを行っていた。
[編集] 要目
- 全長:31.80m
- 全幅:30.18m
- 全高:10.25m
- 最大速度:721km/h
- 乗客:99-127名
- エンジン:アリソン 571 ターボプロップエンジン(3,750馬力)4基
- 航続距離:3,500km
[編集] 主なユーザー
- アメリカン航空
- イースタン航空
- ナショナル航空
- カリフォルニア航空
- パシフィック・サウスウェスト航空
- リーブ・アリューシャン航空
- ヴァリグ・ブラジル航空
- LABボリビア航空
- キャセイパシフィック航空
- KLMオランダ航空
- カンタスオーストラリア航空
- アンセット・オーストラリア航空
- トランス・オーストラリア航空
- ニュージーランド航空
[編集] バリエーション
- P-3
詳細は「P-3 (航空機)」を参照
L-188を母体に開発された対潜哨戒機。旅客機としては失敗に終わったエレクトラだが、皮肉なことに、劣速と低燃費が哨戒機としての適性を満たしたため、対潜哨戒機として改設計された型がP-3 オライオンとして大きく花開くことになる。出自が旅客機のため良好な居住性や電子機器搭載能力、STOL性、長時間滞空性能、ジェット燃料使用による資材共通化なども評価された。P-3は高い商業的成功を収め、500機以上が生産されている。海上自衛隊にも100機以上が導入されている。
[編集] 関連項目
- ヴィッカース・ヴァイカウント - ターボプロップ4発旅客機の成功作
最終更新 2009年10月2日 (金) 13:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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