ロナルド・フィッシャー

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ロナルド・エイルマー・フィッシャー
ロナルド・エイルマー・フィッシャー
サー・ロナルド・エイルマー・フィッシャー (1890-1962)
誕生 1890年2月17日
イギリス,ロンドン
死没 1962年7月29日(満72歳没)
オーストラリア, アデレード
居住国 イギリス,オーストラリア
国籍 イギリス
研究分野 統計学
進化生物学
遺伝学
研究機関 ロザムステッド農事試験場
ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン
ケンブリッジ大学
オーストラリア連邦科学産業研究機構
母校 ケンブリッジ大学
ジェームズ・ジーンズ]
主な業績 自然選択の基本原理
最尤法
フィッシャー情報量
分散分析
フィッシャーの正確確率検定
フィッシャーの原理
ランナウェイ説
F分布
主な受賞歴 ロイヤルメダル (1938)
コプリ・メダル (1955)
信仰 イギリス国教会
  

サー・ロナルド・エイルマー・フィッシャー Sir Ronald Aylmer Fisher1890年2月17日1962年7月29日)はイギリス優生学者、進化生物学者、遺伝学者で統計学者である。現代の推計統計学の確立者であるとともに、集団遺伝学の創始者の1人であり、またネオダーウィニズムを代表する遺伝学者・進化生物学者でもあった。

目次

[編集] 生涯

[編集] 少年・青年期

少年時代から数学の才能を発揮するとともに生物学にも興味を持った。1909年ケンブリッジ大学に進み、数学を学ぶとともにジョン・メイナード・ケインズやホレース・ダーウィン(チャールズ・ダーウィンの息子)とともに優生学研究会を組織した。

卒業後まもなく第一次世界大戦が始まるが、この時期は会社の統計係やパブリックスクールの教職などをしながら、遺伝学と統計学の研究を続けた。この時期に彼は論文The Correlation to be Expected Between Relatives on the Supposition of Mendalian Inheritance(メンデル遺伝を仮定した場合に血縁者間に期待される相関)を書いたが、この論文は連続変数的遺伝がメンデルの法則と両立することを示すものであるとともに、当時すでにカール・ピアソンらによって用いられていた相関分析の方法に、分散分析という非常に重要な方法を導入するものでもあった。1917年にはアイリーン・ギネスと結婚し、その後8人もの子をもうけた(自らの家庭生活に関しても優生学的な考察を行ったといわれている)。

終戦とともに新しい職探しを始め、ピアソンに招かれたものの、ピアソンに反感を抱いてこれを断り、1919年ハートフォードシャー州のロザムステッド農事試験場(Rothamsted Experimental Station)の統計研究員に就職した。ピアソンや息子のエゴン・ピアソンらとは、のちに統計学に関して大論争を起こすことになる。

[編集] 研究生活

ここでは大量のデータに関する研究を行い、結果はStudies in Crop Variation(穀物量の変動に関する研究)という一連の報告となった。その後数年間が彼の全盛期であり、実験計画法、分散分析、小標本の統計理論といった革新的な業績を生み出す。実際的なデータの研究から始まって新しい統計学理論へと進むのが彼の仕事の特徴であった。1925年にこの仕事は彼の最初の成書Statistical Methods for Research Workers(研究者のための統計学的方法)として実を結ぶ。これはその後長きにわたり様々な分野の研究者のスタンダードとなった。1935年にはThe Design of Experiments(実験計画法)を出版しこれもスタンダードとなる。

フィッシャーは分散分析や最尤法の手法を編み出し、統計学的十分性、フィッシャーの線形判別関数、フィッシャー情報行列などの概念を産んだ。彼の1924年の論文On a distribution yielding the error functions of several well known statistics(よく知られた統計集団の誤差関数を与える分布について)では、統計学全体の枠組みの中に、ピアソンのカイ二乗分布や、スチューデントt分布を、正規分布や、彼自身の成果である分散分析やZ分布とともに位置付けた。これで20世紀の統計学の大家と呼ばれるに十分であった。

彼の集団遺伝学理論に関する業績もまた、彼をシーウォル・ライトJ.B.S.ホールデンに並ぶこの分野の大家とした。『The Genetical Theory of Natural Selection (自然選択の遺伝学的理論 1930年)』は、対立するものと見られていた突然変異説自然選択説を初めて融合させたもので、本書の刊行をもってネオダーウィニズム総合説の成立とすることが多い。

またフィッシャーはフィッシャー情報行列の概念を1925年に導入したが、これはクロード・シャノンによる情報理論エントロピー概念に20年以上先立つものである。フィッシャーの情報理論はここ数年、人工知能におけるベイズ推計学の発展などによって再び注目されている。

[編集] 優生学

フィッシャーは熱心な優生学の推進者でもあった。『自然選択の遺伝学的理論』は集団遺伝学の基礎を築いた著作として知られるが、この本の3分の1ほどがヒトへの応用に割かれており、たとえば文明の凋落を上流階級の出産率の低下に結びつける理論を展開している。1911年のイギリスの国勢調査結果を利用して、出産率と社会階級とに逆関係があることを示した。そして子の少ない家庭への補助を撤廃する一方、子沢山の家庭に対して父親の収入に比例した補助金を出すことを提案している。

1929年から1934年にかけて優生学会はフィッシャーらを中心として、優生的観点から断種を容認する法律(結果的には否決されたが)の制定を求めるキャンペーンを行っている。

[編集] その後

1933年にロザムステッドを去りユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの優生学教授(カール・ピアソンの後任)となったが、1939年第二次世界大戦が勃発すると優生学科は解体され、フィッシャーはわずかな要員・備品とともにロザムステッドに戻された。落胆の中で結婚生活は破綻し、さらには長男が戦死する悲運に見舞われた。

1943年に母校ケンブリッジに招かれた。戦争が終わったら遺伝学科を再建するとの約束だったが、約束はあまり果たされなかった(かろうじて1948年にイタリアの遺伝学者カヴァリ=スフォルツァが招かれ1人だけで細菌遺伝学部門を作った)。彼は細々とマウス染色体のマッピングなどの仕事を続け、1949年The Theory of Inbreeding(近親交配の理論)として完成を見た。

その間に多くの賞を受け、1952年にはナイトの称号を受けた。

ケンブリッジを1957年に退官した後、オーストラリアアデレードのCSIRO(Commonwealth Scientific and Industrial Research Organisation)に客員研究員として招かれた。同地で結腸がんのため死去。

[編集] 著作

[編集] 論文

これらの本文はアデレード大学ウェブサイトから入手可能である。

  • "Frequency distribution of the values of the correlation coefficient in samples from an indefinitely large population." Biometrika, 10: 507-521. (1915年
  • "The correlation between relatives on the supposition of Mendelian inheritance" Trans. Roy. Soc. Edinb., 52: 399-433. (1918年
  • "On the mathematical foundations of theoretical statistics" Philosophical Transactions of the Royal Society, A, 222: 309-368. (1922年
  • "On the dominance ratio. Proc. Roy. Soc. Edinb., 42: 321-341. (1922年
  • "On a distribution yielding the error functions of several well known statistics" Proc. Int. Cong. Math., Toronto, 2: 805-813. (1924年
  • "Theory of statistical estimation" Proceedings of the Cambridge Philosophical Society, 22: 700-725 (1925年
  • "Applications of Student's distribution" Metron, 5: 90-104 (1925年
  • "The arrangement of field experiments" J. Min. Agric. G. Br., 33: 503-513. (1926年
  • "The general sampling distribution of the multiple correlation coefficient" Proceedings of Royal Society, A, 121: 654-673 (1928年
  • "Two new properties of mathematical likelihood" Proceedings of Royal Society, A, 144: 285-307 (1934年

[編集] 書籍

著作リストはアデレード大学ウェブサイトにある。

[編集] 伝記

最終更新 2009年12月4日 (金) 05:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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