ロバート・クビサ

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ロバート・クビサ
ロバート・クビサ
基本情報
国籍 ポーランド ポーランド
出身地 同・クラクフ
生年月日 1984年12月7日(24歳)
F1での経歴
車番 18
所属チーム ルノー '10
活動時期 2006 -
過去の所属チーム BMWザウバー '06-'09
出走回数 56
優勝回数 1
通算獲得ポイント 137
表彰台(3位以内)回数 9
ポールポジション 1
ファステストラップ 0
F1デビュー戦 2006年ハンガリーGP
初勝利 2008年カナダGP
2009年順位 14位(17ポイント)
タイトル 0
(記録は2009年終了時終了時)

ロバート・クビサRobert Kubica, 1984年12月7日 - )は、ポーランド共和国クラクフ市出身のレーシングドライバーである。

ワールド・シリーズ・バイ・ルノーの初代チャンピオンで、ポーランド人初のF1ドライバーである。

目次

[編集] 発音・表記の仕方

日本語表記については、姓は「クビカ」、「クビサ」と表記されていたが、2006年シーズン途中でBMWザウバー広報から「クビカ」表記は止めて欲しいとのリリースがあった。しかし、クビサと親しい川井一仁が本人に聞いたところ「クビカ」、「クビサ」、「クビツァ」を含めどの呼び方をされても気にはしていないようだとF1GPニュースで発言している。

F1関連のウェブサイトなどでは「ロバート・クビサ」と表記するところが最も多い一方で、本来のポーランド語では「クビツァ」(例: サッカー選手のアンジェイ・クビツァ)、ポーランドの一部地方では「クビチャ」のように発音するところもあり、2007年シーズンより、モータースポーツに手厚い東京中日スポーツを始め、朝日新聞共同通信などメディアでは「ロベルト・クビツァ」へと表記の切替が行われている。 なお、国際音声記号ではRobert Kubica.ogg 'robert ku'bitza であり、これによればロベルト・クビツァがもっとも近い。アクセントはロベルトの、クビツァのにつく。

[編集] 初期の経歴

4歳の時に両親にねだって買ってもらった4馬力のオフロードカーが自身のキャリアの出発点である。クビサはこの車でペットボトルの周りを運転して遊ぶことに日々熱中した。成長すると父親Arturはカートを与えたが、クビツァは当時幼く、10歳以上でなければポーランド・カート選手権(the Polish Karting Championship)に参戦できなかった。10歳になり参戦すると、3年で6つのタイトルを獲得した。

その後次のステップに進もうと考え、父親の勧めで単身イタリアに渡る。1998年に国際イタリア・ジュニアカート選手権の初の外国人チャンピオンとなり、ヨーロッパ・ジュニアカート選手権でシリーズ2位、ジュニア・モナコ・カートカップで勝利と、初年度から華々しい結果をあげた。翌年、イタリアでのタイトルを防衛し、ドイツ国際カート選手権に参戦。またジュニア・モナコ・カートカップで再び勝利、マルグッティ・トロフィーやエルフ・マスターズレースといった名のある大会でも勝利を収める。2000年、ヨーロッパおよび世界選手権でともに4位となり、カートでのキャリアを終える。

[編集] ジュニア・フォーミュラ

2000年フォーミュラカーレースへステップアップ。フォーミュラ・ルノーのテストドライバーとなる。2001年にユーロカップとイタリア選手権への参戦を開始した。フォーミュラ・ルノーには翌年まで留まり、2002年にユーロカップをランキング7位、イタリア選手権では10戦中4勝をあげてランキング2位という結果で終えた。

2003年F3ユーロシリーズへと参戦し、ランキング12位。2004年に同選手権でランキング7位、同年のマカオGPでは2位表彰台という結果を残した。

2005年には、この年ワールドシリーズ・バイ・ニッサンから改組されて新たな選手権の初年度として開催されたワールド・シリーズ・バイ・ルノーに参戦し、4勝を挙げて初代チャンピオンに輝いた。再びF3マカオGPにも参戦し、前年同様2位表彰台を獲得した。

同時に、この年はルノーミナルディなどからF1のテストにも参加し、ステップアップへの足がかりを築いた。

[編集] F1での経歴

[編集] 2006年・2007年

2006年BMWザウバーの第3ドライバーとして起用され、特にシーズン中盤になってチームが力をつけるにつれ、金曜日のフリー走行や、テストなどでも好タイムを記録した。レギュラードライバーのジャック・ヴィルヌーヴが第13戦ハンガリーGPを欠場したため、このレースにおいてポーランド人初のF1ドライバーとして急遽デビューを飾った。荒れたレースの中7位で初完走し入賞圏内でレースを終えたが、マシン重量が最低基準に2kg足りなかったため失格となった。その後、ヴィルヌーヴはそのままBMWザウバーから離脱したため、以降のレースも参戦することとなった。第15戦イタリアGPでは3位でフィニッシュし、デビュー3戦目にして初の表彰台に輝いた。しかし、残りのレースは入賞することは叶わず、結局この年の入賞はイタリアGPのみに留まったが、初年度にして3位表彰台を獲得する活躍を見せた。

2007年マクラーレンフェラーリが圧倒的な速さでシーズンを支配した。第3戦バーレーンGPからは3戦連続で入賞するも表彰台には手が届かず、BMWザウバーは苦戦が続いた。そんな中迎えた、第6戦カナダGPでは、270km/hからコンクリート壁に激突する大クラッシュに見舞われた。車体は跳ね返って数十メートルに渡り回転しながら移動し、横倒しになりようやく停止。安否が気遣われたが、幸いにも軽い脳震盪と右足首捻挫のみと診断された。しかし、FIAの医師団の判断により第7戦アメリカGPは欠場した。第8戦フランスGPで復帰すると、残り10戦中8戦で入賞する安定感を見せたが、表彰台獲得には至らなかった。

この年は最高位は4位に留まり、ランキング6位に終わった。

[編集] 2008年

2008年開幕戦オーストラリアGPで予選での自己最高位である2位を記録。決勝ではレース中盤で中嶋一貴に追突されリタイアに追い込まれる。しかし、第2戦マレーシアGPでは自己最高位である2位を獲得し、約1年半年ぶりに表彰台へと上った。さらに第3戦バーレーンGPでは自身とチームにとって初のポールポジションを記録。決勝でもフェラーリの2台に続く3位でフィニッシュし、2戦連続表彰台に上った。また、第6戦モナコGPでもミスの無い走りで2位表彰台を獲得。市街地コースでの強さをアピールした。前年に大クラッシュに見舞われた第7戦カナダGPでは、完走が13台という荒れたレースを制し、ポーランド人として初優勝を飾ると共に、BMWザウバーにも初優勝をもたらした。この結果、ドライバーズランキングで初めてトップに立った。この飛躍の裏にはオフシーズンの大幅な減量で可能になったバラストの追加配分があったとされる[1]。しかし、シーズンが進むに従って調子を落としていった。

この年は、優勝1回を含め7回の表彰台獲得、ポールポジション1回獲得などの活躍を見せ、シーズン終盤までタイトル争いに絡んだ。最終的に3位のキミ・ライコネンと同ポイントのランキング4位でシーズンを終えた。

[編集] 2009年

2009年BMWザウバーから参戦。この年投入されたマシンF1.09には前年ほどの競争力はなく、開幕戦オーストラリアGPで終盤に一時3位を走行する活躍は見せたものの、第10戦ハンガリーGPまでにポイントを獲得したレースは1回のみで、それ以外はポイント圏内はおろか、トップ10にすら入れないレースが続いた。 ベルギーGPでは予選5位を獲得し、決勝でも4位でチェッカーを受けた。第16戦ブラジルGPで雨で混乱が起きた予選では8位を獲得し、決勝では久しぶりの表彰台となる2位になった。

10月7日にはルノーへの移籍を決め、来期のシートを獲得している。

[編集] エピソード

[編集] F1での年度別成績

(2009年終了時)

所属チーム 車番 ランキング 獲得ポイント 決勝最高位・回数 表彰台回数 予選最高位・回数 FL記録回数
2006年 BMWザウバー 17 16位 6 3位・1回 1回 6位・1回 0回
2007年 10 6位 39 4位・3回 0回 4位・1回 0回
2008年 4 4位 75 1位・1回 7回 1位・1回 0回
2009年 5 14位 17 2位・1回 1回 4位・1回 0回
2010年 ルノー 11 -位 0 -位・-回 -回 -位・-回 -回
所属チーム シャシー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 WDC ポイント
2006 BMWザウバー F1.06











HUN
DSQ
TUR
12
ITA
3
CHN
13
JPN
9
BRA
9
16位 6
2007 F1.07 AUS
Ret
MAL
18
BHR
6
ESP
4
MON
5
CAN
Ret
USA
inj
FRA
4
GBR
4
EUR
7
HUN
5
TUR
8
ITA
5
BEL
9
JPN
7
CHN
Ret
BRA
5
6位 39
2008 F1.08 AUS
Ret
MAL
2
BHR
3
ESP
4
TUR
4
MON
2
CAN
1
FRA
5
GBR
Ret
GER
7
HUN
8
EUR
3
BEL
6
ITA
3
SIN
11
JPN
2
CHN
6
BRA
11
4位 75
2009 F1.09 AUS
14
MAL
Ret
CHN
13
BHR
18
ESP
11
MON
Ret
TUR
7
GBR
13
GER
14
HUN
13
EUR
8
BEL
4
ITA
Ret
SIN
8
JPN
9
BRA
2
ABU
10

14位 17

太字ポールポジション 斜字ファステストラップ

[編集] 脚注

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[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年11月13日 (金) 14:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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