ロードサイド店舗

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ロードサイド店舗とは、幹線道路等の通行量の多い道路の沿線において、自家用車でのアクセスが主たる集客方法である店舗のこと。特に都市郊外の主要幹線沿いに立地するものを指す場合が多い。「ロードサイド」とは沿道のこと。

目次

[編集] 概要

ロードサイド店舗は、主に自家用車を交通手段とし、車道をアクセス動線として、店舗に付帯する大型駐車場を集客装置とする商店形態となっている。また、大規模な店舗などでは鉄道駅から無料の送迎バスを運行し、駅からの集客も行うこともある。

営業時間は比較的長く、深夜までもしくは24時間営業する店舗もある。なお、ロードサイド店舗は交通手段のメインが自家用車であることから、売り上げや客数がガソリン価格に左右されやすい傾向がある。

その業態については、小さなものではコンビニエンスストアラーメン店から、大規模なものになれば数万台収容可能な巨大駐車場を持つ複合型の大型ショッピングモールまで非常に多岐に渡る。

[編集] メリット

街の中心部に位置する商店街は、地価が高く店舗面積が狭いことから、商品価格は高止まりしてしまう。対して、ロードサイド店舗は地価が安い郊外に立地し、床面積を広くつくることができるため、薄利多売が可能で低価格が実現できるのが強みである。

また、バイパス道路の開通当初はまだ地価も比較的低いことから、広めの店舗開設がしやすい。このためフランチャイズを含む全国チェーンのロードサイド店が軒を並べる現象がみられる。

[編集] デメリット

安価な商品が大量販売できるロードサイド店舗の繁盛により、それに打ち勝つことができない中心市街地の商店街が衰退し、シャッター通りの出現や街の空洞化が起こる。そのことによりまちづくりが破綻し、交通弱者に悪影響を与えかねない。また、将来都市人口が減少しロードサイド店舗の閉店が相次いだ際、そこがゴーストタウンと化す危険性がある。

その他の問題点としては、以下のようなものが指摘されている。

  • 交通渋滞交通事故の誘発
  • いびつな土地利用の誘発
  • マイカーを持たない人々のアクセス機会の確保
  • 巨大看板による景観の阻害(光害

また、典型的なロードサイド店舗であるパチンコ店や消費者金融業者の店舗の乱立を、これに併せて問題視する者も見られる。

また、ロードサイド店舗自身も、接続道路やバイパス道路の開通などの周辺地域の交通事情の変化の影響を受けやすい一面がある。確かに交通量が増加することは利用者数の増大にも繋がり得るメリットではあるが、他方でそれ以外にロードサイド店舗自身の存在なども要因となってバイパス道路の渋滞が慢性化した結果、さらに新たなバイパス道路が建設されることがある。そちら側にさらに大規模なロードサイド店舗が出店してきた結果、皮肉にも従来のロードサイド店舗のあった通りが空洞化を起こしてしまう、などという事態も見られる。

[編集] 日本での歴史

1960年代後半、高度経済成長期と共に始まるモータリゼーションにより。主婦層にスクーター、世帯主が自家用車(マイカー)という所有形態が生まれ、自家用車を交通手段とし、車用道路を店舗へのアクセス動線とする認識が生まれ、駐車場を集客装置とするロードサイド店舗が成立し始めた。(なお、中心部商店街も「契約駐車場」制度を導入しはじめていた)

  • 郊外ではガソリンスタンドやスーパーマーケット、都市間ではドライブインモーテル、24時間経営の自動販売機を集めたオートスナックまたはコインスナックと言った形式が主で、駐車場も数台から十数台程度であった。
  • 昭和44年(1969年)に初の本格的ショッピングセンター玉川高島屋ショッピングセンターがオープン。しかし、開店後数年間は様々な趣向を凝らし、客寄せに苦労したと言われている。


1970年代になると、中規模以上の駐車場(大抵は無料)を完備したファミリーレストラン(ファミレス)やホームセンターがロードサイド戦略によって出店を開始していった。

  • 始めてのファミレス=すかいらーく開店:昭和45年
  • 始めてのホームセンター=ドイト開店:昭和47年


1970年代後半になると、ファミレスやホームセンターがチェーン形態で出店されつつ、その他の業態もロードサイド戦略に注目しはじめた。

  • 洋服の青山:昭和49年、ロードサイド初出店(東広島市)
  • チヨダ(東京靴流通センター):昭和52年、ロードサイド初出店(鶴ヶ島市)

これらは、大店法がまだあった時代のため、規制を逃れるため500m²未満に押さえた店舗を標準スタイルとして出店をすすめていった。


1980年代には公共交通機関が発達していない地方において、一人一台自動車を保有するパーソナルモータリゼーションの時代に入った。この頃、産業用、または、中心部の渋滞対策として造られたバイパス道路が完成し始め、その道沿いに土地が大量供給され、客単価にあわせて十台から数十台分の駐車場を併設したカー用品タイヤ専門店・カーディーラーなどの自動車関係、ファミリーレストランに代表される外食産業などの業種が一気に立地・参入し、区画の悪い安価な土地には客単価が低い業種が出店した。


1990年代に入って地価が下落し始めると、さらに様々な業種が参入し始め、コンビニエンスストアビデオレンタルショップなどの客単価が低い業種、安売りの紳士服や大きな床面積が必要な家具屋やホームセンターなどの単位床面積に対する売上が低い業種でも参入が始まった。


1990年代後半には客単価が高いが立地が限定されるアウトレットモール家電量販店(ヤマダ電機、コジマ、ケーズデンキ等が代表例)、大規模小売店舗立地法によってゼネラルマーチャンダイズストアの郊外化も行われた。駐車場の規模はさらに大きくなり、数百台から数千台の場合も見られ、数種の異なった業種の店舗が集まって大規模な駐車場を共有するタイプのロードサイドショップも現れた。


しかし、ドラッグストアがロードサイドに出店し始めるも、

  • ファミレス:閉鎖店舗が出始め、その閉鎖店舗を利用して新たなファミレスが出店(サイゼリアやびっくりドンキーなど)
  • 家電量販店:大店法廃止に伴う大規模店舗化
  • ホームセンター:大店法廃止に伴う大規模店舗化、モール化
  • ショッピングセンター:大店法廃止に伴う大規模店舗化、モール化

するなど、業態によっては浮き沈みが発生した。

[編集] 主な店鋪の種類

[編集] 代表的な地域

人口規模では、30万人程度以上の都市圏であれば郊外に一般的に見られ、都市圏人口が少ない場合でも、道路交通の結節点などで利便性に優れ、商圏が広い場合は10万人程度の都市圏でも密集地がある。都市圏人口がさほど多くなくとも密集地が成立している例は以下の通り。

北陸地方は、や山地に挟まれて多くの平野が連なっているため、都市圏規模の大小を問わずに、平野部にはロードサイド店舗が多く見られる。代表的な地域としては、上越市上越IC付近、金沢国道8号金沢バイパス沿線などがある。これらを見ると、上越市は高田平野、金沢は金沢平野というように、「平野のバイパス沿い」となっている。

関東地方でも東京都心の外延部(群馬、栃木南部の北関東など)は、平野が広いと同時に人口も多いが、人口に対して中心部(特に周辺の)商店街はあまり発達していない。また、内陸工業地域の興隆によって、通勤のために車社会が既に発達していた。そのため、商圏人口・商圏面積ともに巨大で、かつ、中心部商店街との競争があまりない土地柄との分析があり、早い段階から大規模なロードサイド店鋪が次々と進出した。結果的にこれらの地域では、従来の都市中心部のデパートが次々撤退・廃業し、ロードサイド店鋪として再出発している例が見られる。

高崎高崎環状線宇都宮宇都宮環状道路水戸国道50号水戸バイパスの沿線などが、「ロードサイド銀座」と呼ばれることがある。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月11日 (水) 03:01 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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