ローマの休日
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| ローマの休日 Roman Holiday |
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|---|---|
| 監督 | ウィリアム・ワイラー |
| 製作 | ウィリアム・ワイラー |
| 脚本 | イアン・マクレラン・ハンター=ダルトン・トランボ ジョン・ダイトン |
| 出演者 | オードリー・ヘプバーン グレゴリー・ペック エディ・アルバート |
| 音楽 | ジョルジュ・オーリック |
| 撮影 | アンリ・アルカン フランク・F・プラナー |
| 編集 | ロバート・スウィンク |
| 配給 | パラマウント映画 |
| 公開 | 1953年8月27日 1954年(昭和29年)4月19日 |
| 上映時間 | 118分 |
| 製作国 | アメリカ |
| 言語 | 英語 |
| 制作費 | $1,500,000 |
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| キネマ旬報 | |
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| IMDb | |
『ローマの休日』(原題:英: Roman Holiday)は1953年製作のアメリカ映画。
1953年度のアカデミー賞において、主役の新人オードリー・ヘプバーンがアカデミー最優秀主演女優賞を、脚本のイアン・マクレラン・ハンターが最優秀脚本賞を、衣装のイデス・ヘッドが最優秀衣裳デザイン賞をそれぞれ受賞した。
アカデミー賞選考委員会は1993年にドルトン・トランボへ最優秀脚本賞を贈呈しているが本人が亡くなっていたため未亡人が代わりに受賞した。
目次 |
[編集] 評価
監督のワイラーと脚本のトランボは男女の出会いと別れという月並みなテーマを、フレームに映る全ての事実の積み上げと互いの細かい感情のやり取りから普遍的なお伽話にまで昇華させた。
原題の"Roman Holiday"とは、ローマ帝国時代、一般の休日に奴隷の剣闘士を戦わせる見世物を市民たちが楽しんだことから「他人を苦しめ楽しむ」[1]「面白いスキャンダル」といった意味がある。設定そのものを表すとのダブル・ミーニングとなっているとする説がある[2]。
1987年にはアメリカでリメイク版のTV映画「新・ローマの休日」がキャサリン・オクセンバーグをヒロインにして公開された。日本でも映画製作50周年を記念した2003年にデジタル・ニューマスター版のスペシャルDVDが販売され、生命保険会社のテレビCMでも放送された。
[編集] 製作背景
1950年代初期、アメリカ本国では「赤狩り」と呼ばれる共産主義者排斥運動が行われた。映画産業はハリウッド・テンと呼ばれた人物たちがパージされ本作の脚本家であるダルトン・トランボもその一人だった。このため友人の脚本家イアン・ハンター名儀で参加をしていた(映画製作50周年を記念したデジタル・ニューマスター版(2003)ではトランボの名前がクレジットされた)。
ここから俳優や監督は国内の監視をのがれて外国での撮影を好む傾向があった。人件費が安く済む点、アメリカの観客もヨーロッパの異文化を受容し易かった点なども海外ロケの要因にある。イタリア側も映画産業に対し協力的であった。これは観光産業が目的で本作で紹介される名所はスペイン広場、パンテオン、コロッセオ、真実の口等枚挙に暇がない。またヨーロッパの産業もスクーターのベスパ、小型車のフィアットを登場させている。
何より大きな影響を持ったのはファッションモードが世界へ発信された点にある。繊維産業により外貨を稼ぎたかった欧米のメッセージは大きな反響を呼び、ヘプバーンも「ヘプバーンと言えばジバンシィ」とされるほど、映画のみならずファッション革命のヒロインに成長していく。また日本でもヘプバーン・サンダルなどの名前が残っている。
製作途中にはテロが頻繁に起こっていた。また撮影中のローマは猛暑であったため、メイクが流れ落ち、頻繁にメイクアップをしていた。
[編集] ストーリー
王女と新聞記者との切ない1日の恋を描いている。トレビの泉や真実の口など、永遠の都・ローマの名だたる観光スポットを登場させていることでも有名である。
- あらすじ
- ヨーロッパきっての古い歴史と伝統を持つ某国の王女アンは、ヨーロッパ各国を表敬訪問中である。最後の滞在国であるイタリアのローマで、過密なスケジュール、疲労感と自由のない生活への不満により、ついにアンはヒステリーを起こしてしまう。その夜、密かに城を抜けだした王女は、直前に打たれていた鎮静剤のせいで無防備にも路傍のベンチでうとうとしはじめる。そこに通りかかったのが、アメリカ人新聞記者のジョー・ブラッドレーだった。見かねて介抱するうち、いつの間にか王女はジョーのアパートまでついて来てしまう。
- 翌朝になって彼女の素性に気づいたジョーは、王女の秘密のローマ体験という大スクープをモノにしようと、職業を偽り、友人のカメラマンであるアーヴィングの助けを得て、どうにか王女を連れ歩くことに成功する。アンはまず美容院で髪の毛を短くし、スペイン広場でジェラートを食べ、ジョーとベスパに二人乗りしてローマ市内を廻り、真実の口を訪れ、サンタンジェロ城前のテヴェレ川でのダンスパーティーに参加して…。その様子をアーヴィングが次々にスクープ写真を撮っていくうち、永遠の都・ローマで自由と休日を活き活きと満喫するアン王女とジョーの距離は次第に近づいていくのだった。
[編集] キャスト
- アン王女(アーニャ・スミス) - オードリー・ヘプバーン
- ジョー・ブラッドレー - グレゴリー・ペック
- アーヴィング - エディ・アルバート
- 大使 - ハーコート・ウィリアムズ
- ヴィアルバーグ伯爵夫人 - マーガレット・ローリングス
- マリオ・デラーニ - パオロ・カルリーニ
- プロブノ将軍 - トゥリオ・カルミナティ
- ヘネシー支局長 - ハートリー・パワー
- 日本語吹き替え版
| 役名 | 1972年・1974年・1976年・2005年フジテレビ版 | 1979年・1996年テレビ朝日、1986年日本テレビ版 | 1992年TBS版 | 1994年・2000年フジテレビ版 | 2004年日本テレビ版 | ビデオ・DVD版 | パブリック・ドメインDVD版 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| アン | 池田昌子 | 池田昌子 | 笠原弘子 | 鈴鹿千春 | すずきまゆみ | 池田昌子 | 岡村明美 |
| ジョー | 城達也 | 城達也 | 津嘉山正種 | 小川真司 | 津嘉山正種 | 城達也 | 寺杣昌紀 |
| アーヴィング | 山内雅人 | 木村幌 | 大塚明夫 | 山野史人 | 内田直哉 | 大塚明夫 | 小形満 |
| 大使 | 千葉順二 | 槐柳二 | 北村弘一 | 松岡文雄 | 宮田光 | 北村弘一 | ? |
| 伯爵夫人 | 金子亜矢子 | 幸田弘子 | 池本小百合 | 浅井淑子 | 谷育子 | 荘司美代子 | 定岡小百合 |
| マリオ | 広川太一郎 | 広川太一郎 | 安原義人 | 江原正士 | 清水明彦 | 山寺宏一 | 楠見尚己 |
| 将軍 | 大久保正信 | 大久保正信 | 島香裕 | 大木民夫 | 石森達幸 | 丸山詠二 | ? |
| 支局長 | (登場シーンはカット) | → | → | 上田敏也 | 富田耕生 | 中庸助 | ? |
この他、アン王女:池田昌子、ジョー・ブラッドレー:城達也、アーヴィング:村越伊知郎のバージョンもある(放送年・放送局は不明確)。
[編集] オードリーの起用
最初に候補に挙がっていたのはエリザベス・テイラーであった。しかし、監督が交代し、立ち消えに。オードリー・ヘプバーンはアメリカでは無名に近い存在で、当時の女優からすれば痩せすぎな体型だったが、当時ブロードウェイで上演されていた『ジジ』の主役をつとめており、その演技を見たウィリアム・ワイラー監督がヒロイン起用を決めた。グレゴリー・ペックも彼女の才能を認め、新人であるにもかかわらず自分と同等のクレジットを与えることに同意した。
ペックとワイラーは新人ヘプバーンの女優としての力量を引き出すために腐心した。真実の口のシーンにおいて、ヘプバーンの自然な演技を期待し、ヘプバーンに黙ってあたかも本当に手が挟まれ取られてしまうように図った。そのようなことが起こることを知らなかったヘプバーンの演技は自然で、2人を十分満足させるものであり、1テイクだけでOKがでた。
[編集] 映画に登場した名所
- フォルム・ロマヌム(セプティミウス凱旋門)
- トレヴィの泉
- スペイン広場
- パンテオン(G.ロッカ)
- コロッセオ
- 真実の口(劇中で、グレゴリー・ペックが手を差し入れた一連の演技はアドリブである)
- サンタンジェロ城
- テヴェレ川
- コロンナ宮殿(2階:勝利の柱の部屋)
- バルベリーニ宮殿(国立絵画館、クアットロ・ファンターネ通りに面した門)
- ヌオーヴァ教会修道院時計塔
- トラヤヌスの記念柱
- ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂
- ヴェネツィア広場
- ボッカ・ディ・レオーネ通り(青空市場)
- ポポロ広場
- サンタ・マリア・イン・モンテサント教会
- サンタ・マリア・イン・ミラーコリ教会
- ポポロ門(フラミニオ門)
- 共和国広場
- サンタ・マリア・イン・コスメディン教会
- フォルトゥーナの神殿
- サン・ピエトロ大聖堂
[編集] 著作権問題
本作は作品中(オープニングタイトル、エンドロール等)に著作権表記が無かったため、公開当時のアメリカ合衆国の法律(方式主義)により権利放棄とみなされ、パブリックドメインとなった(シャレードと同じ理由。このため、コモンズに高解像度のスクリーンショットが収録されている)。また日本においては、1953年の作品は2003年(平成15年)をもって著作権の保護期間が終了したものと考えられたことから、2004年(平成16年)以降、幾つかの会社から格安DVDとしてリリースされた。パラマウント社は日本では著作権が存続しているとして販売差し止めと損害賠償を求めて争っていたが、2007年(平成19年)12月18日、最高裁により著作権は消滅しているとの確定判決が下された。この判決により、今後日本でもこの映画はパブリックドメインとして扱われることになる。詳細は1953年問題を参照。
[編集] 関連項目
- エコー8 - 映画で使用された日本製のライター型カメラ。
- 1953年問題
- 宋美齢-蒋介石の妻。グレゴリー・ペック演じる新聞記者と支局長とのやりとりの中で、特ダネの代名詞としてその名が出てくる。
- マーガレット王女-エリザベス2世の妹。王女と民間人との恋の主人公として「ローマの休日」公開前に話題となったが、この恋は成就しなかった。そのため「ローマの休日」はこのことをモデルにしたのではと思われているところもあるが、この映画のプロデューサであったパラマウント社のライルズは明確に否定している。ただし、映画のプロモーションとしてこの事件が功を奏したことは否定していない。
- キーツとシェリー - (2人がある詩句の作者について論争するシーンがある)
[編集] 関連映像他
- ドラマ
- 漫画
- 戯曲
- レディ・アンをさがして(1989年(平成元年))
- 歌
[編集] 脚注
- ^ "千葉大学言語教育センター公開講座「生徒がこんな質問をしてきたら」PDF". 千葉大学 (2006年(平成18年)-08-26). 2009年(平成21年)-07-23 閲覧。
- ^ 呉智英 『ロゴスの名はロゴス』 双葉社、2001年(平成13年)。ISBN 4-575-71199-3。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月10日 (火) 04:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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