ヴィクトリア市

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世界測地系22°16′42″N, 114°10′28″E

ヴィクトリア市

1915年の香港の地図。左下に "City of Victoria" の表記がある。
繁体字: 維多利亞城
簡体字: 维多利亚城
英語
英語: Victoria City
City of Victoria
海沿いの遊歩道プラヤ、1870年代

ヴィクトリア市(ヴィクトリアし)は、香港1842年イギリスの植民地となったのち、最初に都市化した居住地の1つである。当初はクイーンズタウン (Queenstown) と呼ばれたが、すぐにヴィクトリア・シティの名で知られるようになった。ほとんどすべての政府機関の本部が置かれているため、イギリスの植民地時代には、しばしば香港の首都とも呼ばれた。

目次

[編集] 位置

ヴィクトリア市は、現在の中環に位置し、1843年当時のイギリス女王、ヴィクトリア女王にちなんで名付けられた。ヴィクトリア市は、香港島にあって、もともとは現在の中環金鐘と上環の一部を含むものであった。

[編集] 歴史

1857年、イギリス政府は、ヴィクトリア市の範囲を拡大し、4つの地区「四環」に分割した。四環は、西環(今日の西環で、ケネディ・タウン(堅尼地城)、石塘咀、西営盤が含まれる。)、上環(今日の上環)、中環(今日の中環)、下環(今日の湾仔)である。下環を除いた、西環、上環、中環は、今日でも同じ名称が使われている。

四環は、さらに「九約」(約は地区または街区と似た概念)に分割された。その範囲には、東角や跑馬地の一部(競馬場東側の黄泥涌道より西側部分)も含む。1903年、ヴィクトリア市の境界を明示するため境界石が設置され、現在も6つの境界石が残っている。

1890年代には、4マイル(6キロメートル以上)にわたって広がる主要都市となった。建物には、花崗岩とレンガが用いられた。バスと新たに現れたトラムが、この地域の主要な交通手段となった。

[編集] 九約

  • ケネディ・タウン(堅尼地城)から石塘咀
  • 石塘咀から西営盤
  • 西営盤
  • 干諾道西東半
  • 西港城から中環街市
  • 中環街市から軍器廠街
  • 軍器廠街から湾仔道
  • 灣仔道から鵝頸橋
  • 鵝頸橋から銅鑼湾

[編集] 参考

[編集] 参照

最終更新 2009年3月21日 (土) 00:59 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ヴィクトリア市】変更履歴

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