ヴィッカース重機関銃
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ヴィッカース重機関銃(第一次世界大戦)
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| 概要 | |
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| 製造国 | イギリス |
| 設計・製造 | ヴィッカース社 |
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| 銃身長 | 720mm |
| 使用弾薬 | 7.7mm×56R(.303ブリティッシュ) |
| 装弾数 | 250発(布ベルト) |
| 作動方式 | ショートリコイル |
| 全長 | 1,100mm |
| 重量 | 33~50kg(全備重量) |
| 発射速度 | 450~600発/分 |
| 銃口初速 | m/秒 |
| 有効射程 | 740m |
ヴィッカース重機関銃(うぃっかーすじゅうきかんじゅう 英:Vickers machine gun または Vickers gun)は第一次世界大戦と第二次世界大戦の両大戦を通じて運用されたイギリス軍の制式重機関銃である。(ここでは便宜上重機関銃と呼ぶが、イギリス軍ではこの機関銃を中量級機関銃〔Mediam Machinegun〕に分類している。)
目次 |
[編集] 概要
この機関銃はメトロポリタン=ヴィッカース社製の水冷式重機関銃であり、弾薬はイギリス軍の制式小銃であったリー・エンフィールド小銃と同じ.303ブリティッシュ(7.7mm×56R)弾を250連発の布製リンクに装着して使用する。
この機関銃は大変頑丈で信頼性が高く、戦場においては10挺のヴィッカース重機関銃が12時間連射し続けて、10挺合計で百万発の銃弾を発射し100本の銃身が磨耗して交換を余儀なくされたが、本体が排莢不良や装弾不良などのトラブルに陥ったことは一度もないほどであった。
運用は1挺につき6~8人のチームで行い、その役割分担は射手と装填手が1名ずつ、残りの4~6名は機関銃の携行を補助すると共に予備部品や整備用品、弾薬を携行する。
重量はどの型かによって前後するものの、一般的には機関銃本体が11~13kg、三脚が18~23kg、布製リンクに装着された250発の弾薬が入った弾薬箱が1個当たり10kgである。
4.3リットルの冷却水は銃身周りのウォータージャケットに入り、射撃によって熱を持った銃身を冷却する。ウォータージャケットにはゴム製と思われるパイプが付属しており、これがウォータージャケットから放出された水蒸気を水に戻す復水器に繋がっている。この機器は水を手に入れにくい野戦、特に第二次大戦の北アフリカ戦線に代表される砂漠戦では特に重要であった。
[編集] 歴史
ヴィッカース重機関銃は1884年にハイラム・マキシムが開発したマキシム機関銃をベースとし、1896年にヴィッカース社がマキシム機関銃を基に重量軽減やマズル・ブースターを追加して完成した。
イギリス軍はこの銃を1912年11月26日付けで制式採用し、しばらくはマキシム機関銃と共に運用していたが第一次世界大戦により、中隊単位で運用され拠点防衛担当のヴィッカース重機関銃は、分隊単位での突撃支援を主な運用法とするルイス軽機関銃と対を成す形で共にイギリス軍の標準機関銃となり、1916年8月までに機関銃軍団の隷下で100個中隊が機関銃中隊として再編制され、1個歩兵大隊若しくは1個騎兵連隊につき1個機関銃中隊が配備された。
第二次世界大戦直前にはヴィッカース重機関銃の更新が試みられ、対抗馬としてチェコスロバキア製の7.92mm口径ZB53重機関銃との比較試験が行われた結果、ZB53は戦車搭載用機関銃として採用され、ヴィッカース社でBESA機関銃としてライセンス生産されたが、ヴィッカース重機関銃も歩兵用の重機関銃として運用が続けられた(同時期にルイス軽機関銃の後継として採用されたブレン軽機関銃もチェコスロバキア製のZB26軽機関銃を基に設計されている)。
第二次世界大戦後も朝鮮戦争や第二次中東戦争などで使用されていた(この時期に7.62mm NATO弾仕様への改修を行った可能性がある)ものの、1958年以降にFN MAG汎用機関銃にイギリス軍向けの改修を行ったL7 GPMGへの更新が進められ、アデン保護領(南イエメン)のラドファン地区での蜂起鎮圧を最後に、1968年5月30日付けでイギリス軍から完全に退役した。
ヴィッカース重機関銃は現在でも、インドやパキスタン、ネパールにおいて予備兵器として保管されている。
[編集] 航空機関銃として
ヴィッカース重機関銃は、ソッピース キャメルやスパッドXIIIなどに代表される1916年以降のイギリス及びフランスの戦闘機の標準兵装となった。この機関銃は戦闘機の機首上部にプロペラ同調装置と共に装備され、銃身周りのウォータージャケットには冷却用の空気を取り入れるために多数の穴があけてある。
第二次世界大戦前に戦闘機の機関銃が機首から主翼内部に移され、ヴィッカース機関銃はより連射速度の速いブローニングM1919重機関銃に交替された。
なお、第二次大戦で使用されたイギリスの数種類の爆撃機や攻撃機にはヴィッカース“K”機関銃が旋回機銃として装備されていた。ただし、駆動方式がガス圧利用であり給弾方式もルイス軽機関銃やDP28軽機関銃と同じ円盤型弾倉を利用するなど、全くの別物である。
[編集] 派生型
ヴィッカース機関銃の派生型としては、0.5"/62ヴィッカース機関銃Mk.IIIが挙げられる。この機関銃はイギリス海軍艦船の対空機関銃として設計された大口径(.50口径)弾薬を使用する機関銃で、一般的には全周囲旋回と+80°~-10°までの仰俯角をとることの出来る銃架に4挺単位で搭載される。1920年代に開発されたが、海軍では殆ど使用されず、陸軍で一部の戦車が搭載する程度であった。
[編集] 海外での運用
ヴィッカース機関銃は第一次及び第二次世界大戦で使用されていたため、英連邦のみならずドイツとオーストリアを除くいろいろな国で歩兵用、車載用、あるいは航空機関銃として、アメリカのブローニングM1919重機関銃と同等かそれ以上にそれぞれの国の制式弾薬に合わせて製造され、輸出・供与された。
弾薬の具体的種類としては以下の種類が挙げられる:
- 6.5mm×52(イタリア:6.5mm Italian)
- 6.5mm×50SR(日本:6.5mm Arisaka)
- 6.5mm×54R(オランダ:6.5mm Dutch)
- 7mm×57 Mauser(スペイン)
- 7mm×55(スイス:7mm Swiss)
- 7.62mm×54R(ロシア帝国/ソビエト連邦)
- 7.65mm×54 Mauser(ベルギー)
- 8mm×50R(フランス:8mm Lebel)
- 7.62mm×63(アメリカ:.30-06 Springfield)
- 7.62mm×51(7.62mm NATO弾)
[編集] エピソード
1916年8月24日に、ヴィッカース重機関銃の堅牢性を証明する作戦が、フランス・ソンム県で行われた(ソンムの戦い)。当時、イギリス軍はヴィッカースMk.1を専門的に扱う機関銃軍団が存在した。同軍団が編成していた第100中隊が受領した作戦は、特定の地域を12時間にわたってマシンガンを撃ち続けることだった。これにより敵の通行を阻止し、地歩を確保することが目的であった。そこで第100中隊は制圧地域まで約1400~1800mに、機関銃座を一定距離はなし置いて、各銃座には1挺ずつ計10挺ものヴィッカース機関銃を配備、銃座内には多量の冷却水と弾、給弾ベルトも用意した。
射撃が始まると、各銃は1時間に平均8000~9000発、場合によっては10000発も発射した。当然だが、冷却水も弾薬も数が足りず、中隊員と特別に派遣された兵士とともにそれらが底をつかないよう、運び続けた。また、銃身も命数に達すると交換された。ちなみに、適切な運用をしたヴィッカースの銃身命数は8500~10000発であり、単純計算で1時間に1本の銃身×10で、12時間に約120本の交換用銃身が必要となった。
ついに12時間にわたる制圧射撃を終えると、各銃座の隣には大量の空薬莢の山が築かれ、10挺で合計約100万発にも達する303ブリティッシュ弾を発砲したという。しかも、長時間射撃中に重大な故障を起こした銃はなく、各銃とも、まだ十分に射撃できる状態を保っていたという。また、この命令で指定された地域は完全に確保され続けた。
[編集] 参考文献
- 広田厚司「大英帝国のロンクセラー機関銃“ヴィッカース”」
- 潮書房『丸』2002年8月号 No.676 p154~p157
[編集] 関連項目
最終更新 2009年11月19日 (木) 10:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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