ヴィレム2世 (オランダ王)

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ヴィレム2世
Willem II
オランダ国王
在位 1840年 - 1849年
別号 ルクセンブルク大公ギヨーム2世
出生 1792年2月6日
オランダハーグ
死去 1849年3月17日
配偶者 アンナ・パヴロヴナ
子女 ヴィレム3世
アレクサンダー
ヘンドリック ほか
王家 オラニエ=ナッサウ家
王室歌 ヴィルヘルムス
父親 ヴィレム1世
母親 ヴィルヘルミナ・ファン・プロイセン
  

ヴィレム2世Willem II, 全名:Willem Frederik George Lodewijk van Oranje-Nassau, 1792年2月6日 - 1849年3月17日、在位:1840年 - 1849年) はオランダの第2代国王、ルクセンブルク大公(フランス語名でギヨーム2世 Guillaume II)。初代国王ヴィレム1世の息子。妃はロシア皇帝パーヴェル1世の娘アンナ・パヴロヴナ

1792年ハーグでオランダ(ネーデルラント連邦共和国総督ヴィレム5世の孫として生を受ける。その後フランスの侵攻で一家と共にイギリス亡命した。故国の解放後、1815年にはワーテルローの戦いにオランダ軍司令官として参戦し、負傷している。オランダが新たに王国となり、父ヴィレム1世が国王に即位すると、オラニエ公(彼以降は王太子の称号)となった。1840年、父の譲位によりヴィレム2世として即位した。1848年自由主義派の要求する議員制を認め、翌1849年逝去した。

なお、日本に対しては、アヘン戦争後の1844年、開国を勧告する内容の国書を将軍徳川家慶に送るが翌年に幕府から拒否された。


ウィキメディア・コモンズ
先代:
ヴィレム1世
オランダ国王
1840年 - 1849年
次代:
ヴィレム3世
先代:
ギヨーム1世
ルクセンブルク大公
1840年 - 1849年
次代:
ギヨーム3世

最終更新 2009年11月15日 (日) 15:09 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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