一宮町 (山梨県)
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一宮町(いちのみやちょう)は、山梨県中部に存在した町である。
2004年10月12日に一宮町を含む周辺6町村と合併して笛吹市となり消滅した。
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[編集] 歴史
町域には縄文時代からの遺跡が分布しているが、旧勝沼町域(甲州市)にかかる釈迦堂遺跡群は縄文中期の大規模集落で、100体以上の土偶が出土していることで知られる。
古代甲斐国における中核地域に属し、甲斐国分寺跡や甲斐国分尼寺跡がある。貞観6年(864年)の富士噴火に際しては山梨郡と八代郡にそれぞれ浅間神社が創建されているが、町域にある一宮浅間神社はいずれかに相当すると考えられており、以来は甲斐国一宮として守護武田氏からの庇護を受けている。
江戸時代には28か村があり、八代郡大石和筋に属する。宝永7年(1710年)に甲府藩から分知されて成立した甲府新田藩には町域の一部が属している。甲斐国は享保9年に幕府直轄領化され、石和代官支配となる。
延享3年(1746年)に御三卿田安家領が設置された際には15か村が編入されている。寛政4年(1792年)に田安家領での収奪強化に対して国中三郡の54か村が抗議した太枡騒動では町域の村々からも首謀者が出ており、騒動の鎮圧後には農民教化のため小城村に郷校としての由学館が開設され、国学者などを輩出している。
近世には米麦栽培とこの頃に普及していた養蚕や煙草栽培が主な生業であったが、昭和初期の養蚕不況を契機に果樹栽培へと転換し、現在では桃の産地として知られる。
- 1889年4月1日 - 町村制施行により、東八代郡国立村・一桜村・清野村・御代咲村・石廩村・相興村が成立。
- 1903年9月25日 - 国立村・一桜村・清野村が合併し、一宮村が発足。
- 1942年7月1日 - 御代咲村・石廩村が合併し、浅間村が発足。
- 1954年12月10日 - 一宮村・相興村・浅間村が合併し、一宮町が発足。
- 2004年10月12日 - 東八代郡4町1村と東山梨郡春日居町と合併し笛吹市となる。
[編集] 交通
[編集] 道路
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集] 出身有名人
[編集] 関連項目
最終更新 2009年11月3日 (火) 02:28 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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