一撃離脱戦法

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一撃離脱戦法(いちげきりだつせんぽう、: Hit and away)は、主に第二次世界大戦中(現在でも僅かではあるが制空戦闘機などに戦法が用いられている)に用いられた航空戦の戦法の一つであり、一般的に目標となる機体より高空から侵入して一回銃撃し、そこからすぐに敵機の下をくぐるようにして離脱・上昇するというものである。

[編集] 概要

第二次世界大戦の開戦当時、一撃離脱戦法を主体にしていたのは、ドイツ空軍だけであった。それまでの三機で一個小隊を組み、空戦が開始されるとバラバラになって格闘戦に入ってしまう傾向のある他国の空軍と違い、二機一組の「ロッテ」を組み、長機が敵を攻撃・後ろについた列機が援護する戦法がとられた。1940年のバトル・オブ・ブリテン当時のイギリス空軍はまだ旧来の三機編隊であったが、敵のロッテ戦法による一撃離脱戦法を見習い、後に同じく二機を基本とする編隊を組むようになった。またそれ以前の1930年代前半に、アメリカ陸軍航空隊クレア・リー・シェンノートは、二機一組での一撃離脱戦法の有効性をただ一人主張していたが、当時のアメリカ軍パイロットたちには受け入れられなかった。後に彼は1940年のフライング・タイガースの設立時に、一撃離脱戦法を徹底した訓練を実施、格闘戦性能に優れる日本機を相手に効果を挙げている。後にアメリカ海軍航空隊でも、日本の零式艦上戦闘機対策としてロッテ戦法同様のサッチ・ウィーブ戦法を採用している。

一撃離脱戦法を最も徹底して用いたパイロットとして、世界最高撃墜数を記録しているエーリヒ・ハルトマンが挙げられる。東部戦線において、比較的低空を大編隊で飛ぶソ連戦闘機に対し、雲や太陽の逆光に隠れながら死角から急接近、一航過で最後尾や編隊から離れている敵機を撃墜、離脱・上昇する。そして敵が自分の位置を把握していない様子であれば、再び同じように死角から接近し、同じように繰り返して一方的に撃墜を重ね、敵が気づいたら無理をせず離脱するものである。この間、もう一つのロッテが上空に待機、援護や敵の監視を行い、ハルトマンの攻撃後に入れ替わりで攻撃に入った。一撃離脱戦法は通常、速度を出すために敵機より高空から仕掛けるものであるが、冬の曇天の東部戦線では敵の発見が困難であるため、雪原に紛れる白色迷彩を施した機体で低空から接近、上昇をかけて撃墜するという戦法も行われている。

初のジェット戦闘機であるメッサーシュミットMe262は、低速域からの加速性と運動性でレシプロ機に劣るため、急旋回による格闘戦は禁忌とされ、一撃離脱戦法に徹した。速度性能において圧倒的に優れるため、後方から緩やかに旋回して接近しての攻撃が可能であった。

太平洋戦争開戦当初の日本陸海軍航空隊の戦闘機は、主に巴戦(ともえせん、ドッグファイト)という戦法をとっていたが、零戦の誕生などにより、その軽さ・小ささを利用して一撃離脱戦法もとりいれる動きがあった。基本的に前述のハルトマンの行った戦法と同じであるが、日本海軍の撃墜王である坂井三郎も、敵機を先に発見、死角である後下方から上昇しながらの奇襲攻撃による撃墜戦果が多く、これを刀で固定された物を一撃で切断する「据物斬り」に例えている。もっとも日本軍で二機編隊による一撃離脱戦法を取り入れたのは、ドイツからの影響の大きい陸軍航空隊の方がずっと早く、海軍では大戦末期になり、紫電改の部隊などでようやく取り入れられている(海軍航空隊は1943年の時点でも単機巴戦を推奨しているに反し、陸軍航空隊はノモンハン事件の教訓から編隊空戦を早い段階から重視している。(単座戦闘機)無線装備ハ其ノ服スベキ任務ノ特性上特ニ必要ナリ・各機ノ連鎖アル行動ヲ以テ戦闘ヲ終始セシメ個々ノ戦闘行動(格闘戦)ヲ禁ジ)。垂直降下と一撃離脱戦法を編隊戦闘として取り入れたパイロットの例として岩本徹三があげられる。しかし、無線の性能で劣る日本軍の場合、空戦中の連携がとりにくく、また格闘戦に慣れた搭乗員や機体性能が戦法に対し不向きで、編隊空戦を徹底できるケースは少なかったことが対戦したアメリカ軍の報告でも確認できる。

しかし現在は一撃離脱戦法がなくなりつつある傾向にある。あくまで一撃離脱戦法は目視による索敵・高度差を生かした加速・銃撃による先制攻撃のためものである。現代戦闘機の全てがレーダーを搭載するため、目視を前提にした死角をついての攻撃は不可能となっている。またレシプロ機の場合は高空からの急降下により最高速度以上に加速する事が可能であったが、ジェット戦闘機の場合はそれができない(機体の耐用限界を超える。あるいはインテークからの空気流入に悪影響をもたらし、エンジンに障害が出る)。現代戦においての先制攻撃は、レーダーによる敵の早期発見と長射程の空対空ミサイルの発射によってなされる。

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

  • 太平洋戦争研究会『武器・兵器でわかる太平洋戦争』日本文芸社〈学校で教えない教科書〉、2005年、130‐131頁。

最終更新 2009年9月16日 (水) 12:22 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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