一眼レフカメラ
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一眼レフカメラ(いちがんレフカメラ、英:en:Single-lens reflex camera 、SLR)とはカメラの一種で、撮影に使用するレンズとフィルム等(あるいはCCDイメージセンサなどの固体撮像素子)の間に鏡を置いて光路を切り替えることで実際に撮影されるイメージをファインダーで確認することができるカメラをいう。
撮影用の光学系とファインダー用の光学系が一系統であるため(一眼)、ファインダーから見える像が撮影される写真の像とほぼ一致する。
ドイツ語のシュピーゲル・レフレックス(Spiegelreflex 、鏡の反射)という言葉通り、反射鏡を使ってファインダースクリーンに結像させる機構が特徴であり、レフの語源もここにある。
フィルムカメラ、デジタルカメラの両方に存在し、2009年現在高級カメラの主流となっている形式である。異なる構造を持つカメラに二眼レフカメラやレンジファインダー・カメラがある。
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[編集] 利点と欠点
利点としては、
- 撮影用レンズの交換をするだけでファインダーもそれに対応する。
- 視差(パララックス。ファインダーの位置とレンズの位置のずれから生ずる被写体の見え方の違い)がないので、実写像に非常に近い像を見ながら構図を決めたりピントを合わせることができる(二眼レフやレンジファインダー・カメラでは視差が生じるので正確に構図を決めることに困難が伴う。)。
欠点としては、
- 反射鏡やペンタプリズムなどの内部機構の分だけカメラ本体が大きく、かつ重くなること。
- 反射鏡が上下作動する空間が必要となり、特に広角レンズなどバックフォーカスが短いレンズに使用制限が発生すること。
- 撮影される瞬間(露光中)は、レンズから入ってくる光をファインダーに届ける反射鏡が跳ね上がってしまうので、ファインダーから像が消えてしまうこと。
- シャッターを切るときにミラー動作(鏡の跳ね上がり)が伴うため撮影時に振動が起き、また「ガシャッ」という大きな音が発生することがある。
これらの特徴のため、初期の一眼レフカメラは接写用、望遠用として使用されることが多かった。
現在ファインダーに正像を結ばせるためのペンタプリズム(廉価機種ではペンタミラー)が装着されていることが多いが必須ではなく、初期の頃にはプリズムを持たないウエストレベルファインダーが主流で、現在でもニコンFシリーズなどにオプションとして用意されている。
一眼レフカメラのうち、デジタル一眼レフカメラは「デジイチ」や「デジタル一眼」とも略称される。前者はペンタックスで公式に使用されている。
[編集] 歴史
[編集] 黎明期
一眼レフカメラの光学機構の源流は、カメラの前身であるカメラ・オブスクラの時代にさかのぼる。カメラ・オブスクラの中には光路の途中に反射鏡を設置し、レンズの光学軸に対して90度の方向に像を結ばせるようになっていたものがあるのである。
ダゲレオタイプの発明以降のカメラの歴史に限ってみると、一眼レフカメラの最初期のもののひとつは1861年にトーマス・サットンによって考案された物だと考えられる。それ以前のカメラは像面にフォーカシングスクリーン(ピントグラス)を取り付けてレンズの操作を行った後、その場所にスクリーンと交換する形で感光材料を設置するものであったが、サットンは光路上に可動式の鏡を取り付けカメラボディ上面のスクリーンに像を結ばせるという工夫をし、これにより撮影直前まで像を見つづけることができるようになった。
初の実用一眼レフカメラとされているのは1885年にカルビン・レイ・スミスが発売した「パテント・モノキュラー・デュプレックス」である。このカメラはミラーをシャッターとして使う構造である。その後1890年代にかけてさまざまな一眼レフカメラが作られた。二眼レフカメラが登場したのもこのころである。
[編集] 一眼レフカメラの確立
1890年代も終わるころになるとフォーカルプレーンシャッターの登場によって一眼レフカメラの高機能化が加速し、現代に通ずる一眼レフカメラの形式が確立してくる。
これらの一眼レフカメラは写真乾板を用いる木製箱型大型カメラでイギリス、アメリカなどで作られている。このころの代表的機種としては1898年登場の「グラフレックス」などがある。また、ドイツを中心としてボディーを折畳式としたフォールディングタイプの一眼レフカメラも多く作られた。
[編集] ロールフィルムを用いた一眼レフカメラ
旧ドイツ・ドレスデンのイハゲーが1933年に開発し1934年に発売した「スタンダード・エキザクタ」がロールフィルムを用いた一眼レフカメラの最初である。このカメラはフォーカルプレンシャッターを装備し、127フィルムを使用し4×6.5cm判で8枚撮影できた。
35mmフィルムを使用した世界最初の一眼レフカメラはソビエト連邦・レニングラードのGOMZ社(国立光学器械工場、後のロモ)が1936年に発売した「スポルト」である。板状の2枚の金属板を使い、ミラーアップ時に先幕が閉じ、続いて後幕が縦走行するという、縦走り方式のフォーカルプレーンシャッターを搭載、シャッタースピードも最高1/500秒から最低1/25秒まで変えることができ、フィルム送りとシャッターチャージは上部の縦方向のダイヤルにより同時に行われる。バヨネット式の交換レンズ機能を有し、フィルム装填は普通の35mmフィルムを専用カートリッジに移し変えて装填、50枚まで連続して撮影できた。専用カートリッジは自作することもでき、ダークバッグ等で映画用35mmフィルムを最大50駒分切断し、リールに差し込めば容易に撮影できた。反射ミラーによる上部からの一眼レフ式ファインダーのほか標準レンズ用の透視式ファインダーも装備し、約16,000台販売された。
同年「スポルト」に続いてイハゲーもスタンダード・エキザクタの基本性能をそのままに小型化し35mmフィルムを使用するウエストレベルファインダーの一眼レフカメラ「キネ・エキザクタ」を発売した。この「(バヨネットマウントの)エキザクタ」シリーズは1950年にファインダー交換式としてペンタプリズム式をもラインナップし1960年代末まで連綿と製造販売され、多数の交換レンズ群をも提供し数多くのバリエーション機種を供した。
[編集] 正立正像のアイレベルファインダーを持つ一眼レフカメラ
[編集] デュフレックス
最初の「正立正像アイレベルファインダーを持つ最初の一眼レフカメラ」「クイックリターンミラーを備える一眼レフカメラ」は1947年か1948年にハンガリーのガンマ[1]から発売されたデュフレックスである。どちらも画期的な機構ではあったが、生産数が非常に少数であったことと東西冷戦のため市場には全く影響を与えず、このカメラの存在が日本で認知されたのは1970年になってからである。このカメラは現在一般的であるペンタプリズムを使わずポロミラー式であった。
[編集] コンタックスS
最初の「ペンタプリズム式一眼レフカメラ」は1948年の東ドイツ・ドレスデンのツァイス・イコンによるコンタックスSであり、デュフレックスより企画段階では先行していた。「コンタックスS」は現在においても最も普及しているスクリューマウント形式であるM42マウントを採用、フランジバック・内寸口径の国際規格を有する卓越したシステムカメラで、無数の世界中の各種交換レンズと互換性を有し、ロールフィルムを用いたペンタプリズム式一眼レフカメラの規範となった。
[編集] 戦後日本における一眼レフカメラの発展と隆盛
[編集] 欠点の克服、クイックリターンと自動絞り
日本では一眼レフカメラが早くから開発されてきた。これはレンジファインダー・カメラの分野ではライカM3など極めて完成度が高いものがすでに存在しており、日本のメーカーがその土俵での勝負を避けて別の方面からのアプローチをしたためだと言われている。
黎明期の一眼レフカメラは「撮影の際にブラックアウトする」「絞り込むとファインダーが暗い」ということが欠点として言われていたが、前者に関しては旭光学工業(後のペンタックス)が1954年にクイックリターンミラーを装備したアサヒフレックスIIbを、後者に関してはズノー光学工業が1958年に自動絞り機構を装備したズノーペンタフレックスを発売して解決した。1957年には、旭光学工業から世界初のクイックリターンミラーとペンタプリズムを両方搭載したアサヒペンタックス[2]が開発され、特に一眼レフカメラに大きな欠点を感じずに使えるようになった。ズノーペンタフレックスは歴史に名を残したものの故障が多く返品が相次いだと言われるが、1959年ニコンから発売されたニコンFは非常に頑強で、報道の世界からスピードグラフィックとローライフレックスを駆逐する等、業務用としても非常に広く使われた。以後クイックリターンミラー・自動絞りの双方を装備するのが当然となっていった。
広角レンズに関しては当初ミラーアップして装着する[3]対称型レンズのみのラインナップであったが、アンジェニューが発明した逆望遠方式で設計されるようになってからは非常に充実したラインナップを持つようになった。
日本製カメラの攻勢に西ドイツのメーカーもようやく一眼レフカメラの重要性に目覚め、ツァイス・イコンは外部測光式ながら世界初の露出計連動型一眼レフカメラであるコンタレックスを、エルンスト・ライツ(現ライカ)はライカフレックスをやや遅れて登場させたが、登場直後から市場での競争力は不十分であった。結果としてエルンスト・ライツは倒産し、ツァイス・イコンはカメラ事業から撤退した。
[編集] プロ用一眼レフカメラ、ニコンとキヤノン
ニコンFが業務用として非常に高い地位を得た一方、キヤノンはキヤノンフレックスを発売したもののあまり評価を受けなかったが、1971年にプロ用一眼レフカメラキヤノンF-1を発表した。交換レンズの色再現を揃えたスーパースペクトラコーティングを施し特にグラフィックの分野で高く評価され、以後ニコンF3とキヤノンニューF-1、ニコンF4とEOS-1等ライバルとしてしのぎを削りつつ発展して行くこととなる。
[編集] 電子化、TTL露出計と自動露出とオートフォーカス
1960年代から技術革新が進み、TTL露出計、自動露出、オートフォーカスなどの電子技術が一眼レフカメラに矢継ぎ早に搭載され、さらには低価格化した。これによりアマチュアにも扱いやすいカメラが多く発売され、一眼レフカメラユーザーの裾野を広げる一因となった。
1960年のフォトキナにおいて世界初のTTL露出計搭載一眼レフカメラ、アサヒペンタックスSP(発売は1964年)が発表されたのを皮切りに、1963年には東京光学(現トプコン)が最初のTTL露出計搭載一眼レフカメラトプコンREスーパーを発売、ニコンFも1965年にフォトミックファインダーTを発売するなどTTL露出計が浸透した。1975年にはオリンパスOM-2がフラッシュ光でもTTL露出が可能なTTLダイレクト測光を搭載して発売された。
自動露出自体は以前からあったが、キヤノンが1976年に発売したキヤノンAE-1は世界で初めてCPUを積む等徹底した電子化により低価格で発売、世界中で爆発的な売れ行きを記録しカメラ業界に地殻変動を起こした。
1985年にはミノルタ(現コニカミノルタホールディングス)が世界初の実用的なシステムを持つオートフォーカス一眼レフカメラα-7000を発売してカメラ業界全体へ大きな衝撃を与え、αショックと呼ばれるほどであった。ニコンは1986年従前のシステムと互換性のあるオートフォーカス一眼レフカメラニコンF-501を、キヤノンは1987年従前のシステムとは互換性がないもののレンズ内モーターで迅速なピント合わせが可能なEOS650を発売してこれに対抗、さらに同年、ペンタックスが世界初の内蔵TTLフラッシュを搭載したSFXを発売した。国内で販売される一眼レフカメラのうちオートフォーカスの割合は既に1986年4月末には50%を超えた。
[編集] 小型軽量化
機能を追い求めるうちいつしか「一眼レフカメラは重厚長大で当然」になってしまっていた1973年、ビスを真鍮から鉄製にする等徹底した小型軽量化をしたオリンパスOM-1が発売され、以後一眼レフカメラの世界でも小型軽量化が進んだ。前述した電子化や、合成樹脂製造技術の進歩もカメラの小型軽量化に寄与した。
1993年にキヤノンが発売したEOS Kissは低価格かつボディの小型軽量化を実現し、主婦などこれまで一眼レフカメラを使ったことのない初心者層の開拓に成功している。他社もこれに追随し、普及版のオートフォーカス一眼レフカメラの小型軽量化が進んだ。
[編集] デジタル一眼レフカメラの時代
デジタルカメラの時代になってからは、これまで培ってきた一眼レフカメラ開発のノウハウとイメージセンサーや画像処理技術などデジタル技術の融合が行われデジタル一眼レフカメラが開発された。これにより、老舗カメラメーカーが電子機器大手に買収されたり、独自のイメージセンサー技術を持つメーカーがクローズアップされるなど、戦国時代の様相を呈してきた。
そのなかで、オリンパスとコダックがデジタル一眼レフカメラの統一規格フォーサーズ・システムを策定・公開し、オリンパスと共同開発を行なって新たに参入したパナソニックなどのように賛同会社を増やしている。またソニーは、コニカミノルタと共同開発を行って新たにデジタル一眼レフカメラのレンズを使用したソニーブランドのαシリーズを発売[4]、さらに韓国サムスン電子グループのサムスンテックウィンがペンタックスとデジタル一眼レフカメラを共同開発すると発表した。今後、これまで一眼レフカメラを作ってきたカメラメーカーと、デジタル技術のノウハウを持つ電機メーカーとの間で、合従連衡が増えていく可能性がある。
また一眼レフカメラという、途中に反射鏡を組み込む構造上、コンパクトデジタルカメラのように背面の液晶モニターを使ったフルタイムライブビュー撮影は不可能とされてきたが、2004年にオリンパスから発売されたE-330がデジタル一眼レフカメラとして初めてフルタイムライブビュー機能を実現した[5]。以後各メーカーがフルタイムライブビュー機能を搭載するようになり、さらに2008年9月にはニコンがデジタル一眼レフカメラとして初めて動画撮影に対応したD90を発表している。キヤノンからもEOS KissシリーズおよびEOS Digitalなどで対応機種が発売された。
[編集] デジタル一眼「レフ」カメラでないデジタル一眼カメラ
新しい展開として、機械的機構を主軸とした時代から電子的機構を重視する時代への移行に伴い、「ファインダーを電子化する」という発想に基づき、レフレックス(ミラー反射とそれによるファインダー像の生成)機構を取り去った「新しいかたちの、ひとつの系列のレンズによるカメラ」のシステムが提案されるに至った。その最初の具現化は2008年8月5日に発表されたマイクロフォーサーズシステムである。
[編集] 一眼レフカメラを製造している、または製造したことのある主なメーカー
アルファベット順に挙げる。
- アルパ
- キヤノン - キヤノンのカメラ製品一覧
- コシナ
- 富士フイルム
- ガンマ - デュフレックス
- ハッセルブラッド - ハッセルブラッドのカメラ製品一覧
- イハゲー - エキザクタ
- コニカ - コニカのカメラ製品一覧
- 興和 - 興和のカメラ製品一覧
- ライカ
- マミヤ・デジタル・イメージング
- マミヤ・オーピー - マミヤ・オーピーのカメラ製品一覧
- パナソニック - LUMIX
- ミランダカメラ - ミランダのカメラ製品一覧
- オリンパス - オリンパスOMシステム、オリンパス・ペンF、オリンパスE-システム
- 京セラ - コンタックス
- ミノルタ - ミノルタのカメラ製品一覧
- ニコン - ニコンの銀塩一眼レフカメラ製品一覧、ニコンのデジタル一眼レフカメラ製品一覧
- ペンタックス - 旧・旭光学工業、現在はHOYAのブランド。ペンタックスのカメラ製品一覧、ペンタックスのデジタルカメラ製品一覧
- レクタフレックス
- リコー
- ローライ
- シグマ
- ソニー - α
- タムロン - ブロニカ(旧ゼンザブロニカ)
- トプコン
- フォクトレンダー
- ヤシカ - ヤシカのカメラ製品一覧、コンタックス
- ツァイス・イコン - コンタックス、コンタフレックス、コンタレックス
[編集] 外部リンク
- ビデオ
- 「一眼レフカメラのできるまで」 - 一眼レフカメラができるまでの流れを説明した動画。取材先は宮城県名取市の仙台ニコン(全15分、リンク先ページ右側の「Play」をクリックで再生) 1998年 サイエンスチャンネル
[編集] 脚注
最終更新 2009年11月12日 (木) 05:15 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【一眼レフカメラ】変更履歴





