七夕賞
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| 七夕賞 | |
|---|---|
| 開催地 | 福島競馬場 |
| 施行日 | 2009年7月12日 |
| 施行時期 | 7月2週日曜 |
| 格付け | GIII |
| 1着賞金 | 4300万円 |
| 距離 | 芝2000m |
| 出走条件 | サラブレッド系3歳以上(国際)(特指) |
| 負担重量 | ハンデキャップ競走 |
| 第1回施行日 | 1965年8月15日 |
七夕賞(たなばたしょう)は、日本中央競馬会(JRA)が福島競馬場の芝2000mで施行する中央競馬の重賞(GIII)競走である。競走名は七夕から。正賞は福島県知事賞、福島商工会議所会頭賞。
目次 |
[編集] 概要
本競走は1965年に4歳(現3歳)以上のハンデキャップの重賞競走、七夕賞として創設、第1回は現在とは違い福島競馬場の芝1800mで施行された。
1972年と1973年のみ負担重量を別定に変更、1974年は新潟競馬場の芝1800mで施行した。
1975年からは10月の秋季開催に移動され、季節にそぐわない名称になった為、翌1976年からは東北記念と競走名が変更された。その後、1980年からは再び夏季開催に戻されたため、名称を七夕賞に戻し、施行距離を芝2000mに変更した。
1984年からはグレード制施行によりGIIIに指定、また七夕の時期である7月の1週に施行時期を移し、現在に至るまで同開催時期に施行されている。1989年は福島競馬場の改修工事により再び新潟競馬場の芝2000mで施行した。
1995年からは混合競走に指定、外国産馬が出走可能になり、1996年は福島競馬場の改修工事により中山競馬場の芝2000mで施行、2000年は新潟競馬場の改修工事による振替開催により東京競馬場の芝2000mで施行、2001年は福島県内でうつくしま未来博の開催によりうつくしま未来博開催記念の副称が付き、2002年からは特別指定競走に指定、JRAに認定を受けた地方所属の競走馬が出走可能になった。
2004年は、JRAゴールデンジュビリーキャンペーンの一環として日本中央競馬会創立50周年記念の副称が付き、2006年からは混合競走から国際競走及びサマー2000シリーズに指定された。
出走資格はサラ系3歳(旧4歳)以上で、施行日当日の1週前から過去1年前までの期間内に1回以上出走のJRA所属の競走馬、JRAに認定された地方所属の競走馬(2頭まで)及び外国調教馬(8頭まで)。
負担重量は、ハンデキャップ。
総額賞金は8,180万円で、1着賞金4,300万円、2着賞金1,700万円、3着賞金1,100万円、4着賞金650万円、5着賞金430万円と定められている。
現在の優勝レイの配色は、青色地に銀色文字となっている。
[編集] 逸話
[編集] 「単勝1番人気馬の26連敗記録」
七夕賞は夏季開催における福島競馬場の名物競走だが、26年間、「日本一単勝1番人気馬が勝てない重賞競走」で知られていた。
理由として、
- 春競馬の締めである宝塚記念から中1週となり、超一流馬は特別登録せずに休養・放牧などで秋競馬に備え、参戦しない事
- 目黒記念や金鯱賞、エプソムカップなどで成績を残せなかった競走馬やオープン特別競走や条件競走で好走した競走馬が参戦する事
- 夏季開催となり北海道・福島-新潟・阪神-小倉と各開催ごとに似た条件の重賞が短い間隔で施行され、有力馬が散らばってしまう事
- 前哨戦である福島テレビオープンから中2週(2007年までは中1週)となる事
- ハンデキャップ競走と言う事
- 福島の地形(福島盆地という特性)上、気温・湿度などで蒸し暑くなりがちで、競走馬のレース前までの体調管理が難しい事
などが挙げられ、下位人気の競走馬が好成績を収める事も少なくない。これが単勝1番人気馬の26連敗記録を生む一つの要因となった。
1978年にカミノハヤブサが優勝したのを最後に1979年から2004年までの26年連続で単勝1番人気の競走馬が勝利することができなかった。しかし2005年にダイワレイダースが優勝したことにより、この記録には終止符が打たれた。なお、単勝1番人気と2番人気の馬による決着は過去一度もない。
[編集] 「七夕当日の七夕賞」
七夕(7月7日)に「七夕賞」が施行された年が過去に3度(1985年、1991年、2002年)あった。
[編集] 歴史
- 1965年 - 福島競馬場の芝1800mの4歳(現3歳)以上のハンデキャップの重賞競走「七夕賞」として創設。
- 1971年 - 岡部幸雄が騎手として史上初の連覇。
- 1972年 - 負担重量を別定重量に変更。
- 1974年
- 新潟競馬場の芝1800mで施行。
- 負担重量をハンデキャップに戻す。
- 1976年 - 名称を「東北記念」に変更。
- 1978年 - 鈴木清が調教師として史上初の連覇。
- 1980年
- 名称を「七夕賞」に戻す。
- 施行距離を現在の芝2000mに変更。
- 1983年 - 岡部幸雄が騎手として2度目の連覇。
- 1984年 - グレード制施行によりGIIIに格付け。
- 1989年 - 福島競馬場の改修工事により新潟競馬場の芝2000mで施行。
- 1995年 - 混合競走に指定。
- 1996年 - 福島競馬場の改修工事により中山競馬場の芝2000mで施行。
- 2000年 - 新潟競馬場の改修工事による振替開催により東京競馬場の芝2000mで施行。
- 2001年
- 馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「4歳以上」から「3歳以上」に変更。
- うつくしま未来博開催記念の副称が本年のみ付く。
- 2002年 - 特別指定交流競走に指定され、地方所属馬は2頭まで出走可能となる。
- 2003年 - 田中勝春が騎手として2人目、3回目の連覇。
- 2004年 - 日本中央競馬創立50周年記念の副称が本年のみ付く。
- 2006年
- 混合競走から国際競走に変更され、外国調教馬は4頭まで出走可能となる。
- サマー2000シリーズに指定。
- 2007年 - 日本のパートI国昇格に伴い、外国調教馬の出走枠が8頭に拡大。
- 2009年
[編集] 歴代優勝馬
| 回数 | 施行日 | 優勝馬 | 性齢 | 斤量 | 勝時計 | 優勝騎手 | 管理調教師 | 馬主 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 第1回 | 1965年8月15日 | パナソニツク | 牝5 | 58 | 1:51.0 | 嶋田功 | 稲葉幸夫 | 那須野牧場 |
| 第2回 | 1966年8月7日 | ハイアデス | 牡3 | 54 | 1:50.0 | 稲部和久 | 小西喜蔵 | 椎野浅五郎 |
| 第3回 | 1967年8月6日 | ヒシヤクシン | 牡4 | 58 | 1:51.4 | 小野定夫 | 稗田敏男 | 阿部雅信 |
| 第4回 | 1968年7月28日 | ダーリングヒメ | 牝4 | 54 | 1:50.5 | 古山良司 | 山岡寿恵次 | 諏訪忠兵衛 |
| 第5回 | 1969年10月5日 | マツセダン | 牡3 | 50 | 1:49.6 | 星野信幸 | 橋本輝雄 | 松岡冨治 |
| 第6回 | 1970年7月5日 | ハクセツ | 牝5 | 53 | 1:49.3 | 岡部幸雄 | 高橋英夫 | 中村勝五郎 |
| 第7回 | 1971年10月3日 | ジョセツ | 牝4 | 53 | 1:49.2 | 岡部幸雄 | 鈴木清 | 中村勝五郎 |
| 第8回 | 1972年8月13日 | スイジン | 牡7 | 58 | 1:50.3 | 町田精生 | 田中和夫 | 渡辺君江 |
| 第9回 | 1973年8月12日 | サンヨウコウ | 牡4 | 55 | 1:51.0 | 堀井雅広 | 宮沢今朝太郎 | 山口幸保 |
| 第10回 | 1974年8月4日 | ムツミバロン | 牡6 | 53 | 1:48.0 | 蛯沢誠治 | 佐藤勝美 | 関口睦雄 |
| 第11回 | 1975年10月19日 | ノボルトウコウ | 牡6 | 57 | 1:51.8 | 安田富男 | 加藤朝治郎 | 渡辺喜八郎 |
| 第12回 | 1976年10月24日 | ニッショウ | 牡7 | 54 | 1:50.0 | 堀井雅広 | 田中朋次郎 | 宮崎昌則 |
| 第13回 | 1977年10月23日 | ニッショウダイヤ | 牝4 | 53 | 1:47.7 | 柴崎勇 | 鈴木清 | 勝又豊次郎 |
| 第14回 | 1978年10月22日 | カミノハヤブサ | 牡5 | 55 | 1:48.3 | 増沢末夫 | 鈴木清 | 保手浜弘規 |
| 第15回 | 1979年10月21日 | タケノテンジン | 牡3 | 51 | 1:50.1 | 坂井千明 | 山崎彰義 | (株)サラブレッド・レーシング・クラブ |
| 第16回 | 1980年7月6日 | サクラエイリュウ | 牡4 | 56 | 2:02.5 | 森安重勝 | 尾形盛次 | (株)さくらコマース |
| 第17回 | 1981年7月5日 | ビゼンセイリュウ | 牡4 | 53 | 2:05.4 | 蛯沢誠治 | 成宮明光 | 藤田正蔵 |
| 第18回 | 1982年7月11日 | スイートネイティブ | 牝5 | 56 | 2:00.7 | 岡部幸雄 | 野平祐二 | 和田共弘 |
| 第19回 | 1983年7月10日 | スピーデイタイガー | 牡5 | 55 | 2:04.3 | 岡部幸雄 | 前田禎 | 穴澤正 |
| 第20回 | 1984年7月8日 | ホクトキンパイ | 牡5 | 53 | 2:04.8 | 蛯名信広 | 久保田金造 | 佐藤フジエ |
| 第21回 | 1985年7月7日 | ロシアンブルー | 牡6 | 52 | 2:05.0 | 柴崎勇 | 畠山重則 | 栗林英雄 |
| 第22回 | 1986年7月6日 | サクラトウコウ | 牡5 | 56 | 2:03.7 | 東信二 | 境勝太郎 | (株)さくらコマース |
| 第23回 | 1987年7月12日 | ダイナシュート | 牝5 | 55 | 2:00.3 | 柴崎勇 | 矢野進 | (有)社台レースホース |
| 第24回 | 1988年7月10日 | コーセイ | 牝4 | 56 | 2:04.0 | 増沢末夫 | 尾形盛次 | (株)アイ・ケイ・テイ・オーナーズ |
| 第25回 | 1989年7月9日 | バレロッソ | 牡4 | 54 | 2:00.6 | 柴田善臣 | 中野隆良 | 一柳博志 |
| 第26回 | 1990年7月8日 | イダテンターボ | 牡4 | 50 | 2:00.7 | 牧之瀬幸夫 | 鈴木勝美 | 加藤裕朗 |
| 第27回 | 1991年7月7日 | シーキャリアー | 牡7 | 54 | 2:00.9 | 小島太 | 高橋直 | 藤田宗平 |
| 第28回 | 1992年7月12日 | リーゼンシュラーク | 牡5 | 54 | 2:02.0 | 坂井千明 | 新関力 | 三島武 |
| 第29回 | 1993年7月11日 | ツインターボ | 牡5 | 55 | 1:59.5 | 中舘英二 | 笹倉武久 | 黒岩晴男 |
| 第30回 | 1994年7月10日 | ニフティダンサー | 牡6 | 55 | 2:01.2 | 竹原啓二 | 松山康久 | (有)社台レースホース |
| 第31回 | 1995年7月9日 | フジヤマケンザン | 牡7 | 58.5 | 2:02.2 | 蛯名正義 | 森秀行 | 藤本龍也 |
| 第32回 | 1996年7月6日 | サクラエイコウオー | 牡5 | 55 | 1:59.0 | 西田雄一郎 | 境勝太郎 | (株)さくらコマース |
| 第33回 | 1997年7月5日 | マイネルブリッジ | 牡5 | 58 | 2:00.3 | 武豊 | 伊藤正徳 | (株)サラブレッドクラブ・ラフィアン |
| 第34回 | 1998年7月11日 | オフサイドトラップ | 牡7 | 57 | 1:59.2 | 蛯名正義 | 加藤修甫 | 渡邊隆 |
| 第35回 | 1999年7月10日 | サンデーセイラ | 牡4 | 53 | 2:00.3 | 菅谷正巳 | 菅谷禎高 | 加藤守 |
| 第36回 | 2000年7月9日 | ロングカイウン | 牡7 | 52 | 2:01.1 | 菊沢隆徳 | 長浜博之 | 中井敏雄 |
| 第37回 | 2001年7月8日 | ゲイリートマホーク | 騸5 | 55 | 2:01.2 | 郷原洋司 | 秋山雅一 | (株)東京サラブレッドビューロー |
| 第38回 | 2002年7月7日 | イーグルカフェ | 牡5 | 57 | 1:59.2 | 田中勝春 | 小島太 | 西川清 |
| 第39回 | 2003年7月13日 | ミデオンビット | 牡6 | 56 | 2:00.7 | 田中勝春 | 河野通文 | ミデオン興業(有) |
| 第40回 | 2004年7月11日 | チアズブライトリー | 牡6 | 57 | 2:01.7 | 柴田善臣 | 山内研二 | 北村キヨ子 |
| 第41回 | 2005年7月10日 | ダイワレイダース | 牡6 | 56 | 2:00.4 | 後藤浩輝 | 松山康久 | 大城敬三 |
| 第42回 | 2006年7月9日 | メイショウカイドウ | 牡7 | 59 | 1:59.3 | 武豊 | 坂口正大 | 松本好雄 |
| 第43回 | 2007年7月8日 | サンバレンティン | 牡6 | 57 | 2:00.3 | 後藤浩輝 | 佐々木晶三 | 吉田勝己 |
| 第44回 | 2008年7月13日 | ミヤビランベリ | 牡5 | 53 | 1:59.8 | 吉田豊 | 加藤敬二 | 村上義勝 |
| 第45回 | 2009年7月12日 | ミヤビランベリ | 牡6 | 57 | 2:00.2 | 北村友一 | 加藤敬二 | 村上義勝 |
[編集] 関連項目
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