三宅裕司

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みやけ ゆうじ
三宅 裕司
本名 三宅 裕司
生年月日 1951年5月3日(58歳)
出生地 日本の旗日本東京都千代田区
民族 日本人
血液型 B
ジャンル 俳優タレント

三宅 裕司(みやけ ゆうじ、1951年5月3日 - )は、日本の俳優タレント所属事務所アミューズ東京都千代田区神田神保町出身。

目次

[編集] 略歴

千代田区立一橋中学校明治大学付属明治高等学校明治大学経営学部卒業。同期に日テレ元アナウンサーの松永二三男。後輩にNHKアナウンサーの石澤典夫、そして、落語研究会でも後輩だった落語家立川志の輔立川談幸、タレントの渡辺正行がいた。

大学時代、四代目「紫紺亭志い朝」を襲名。卒業と同時に立川志の輔に譲り、その志の輔も卒業と同時に渡辺正行に譲った。落語を諦めたのは志の輔の天才ぶりに脱帽したからであるという。

大学卒業後は喜劇役者を目指して日本テレビタレント学院に入ったがなじめずに3ヶ月でやめ、コントグループで活動した後、斉藤洋介らと共に1979年に劇団大江戸新喜劇の旗揚げに参加するが、「台本などに不満があって」(三宅談)1度も舞台に立たないまま脱退した。

その時行動を共にした小倉久寛・八木橋修らと共に、1980年、劇団スーパー・エキセントリック・シアターSET)を旗揚げ、現在にいたるまで座長を務めている。元劇団員に岸谷五朗寺脇康文水木薫小粥よう子らがいる。

1984年より、ニッポン放送のラジオ番組『三宅裕司のヤングパラダイス』のパーソナリティを務めたことで一気に知名度を得る。平成名物TVいかすバンド天国の司会を務めた事をきっかけに明朗快活な雰囲気に加え、キレの良い会話と、相手の話に対する反応の良さ、切り返しの巧さで、数々のバラエティ番組の司会を手がけている。

2004年・2005年・2008年には、伊東四朗小倉久寛らと共に「伊東四朗一座」(伊東が不参加の時は「熱海五郞一座」(「伊東」の手前で「熱海」、「四朗」の次で「五郎」と名づけた))を組み、軽演劇舞台を作り上げたが、そこでも舞台を引っ張っていく手腕が遺憾なく発揮された。

[編集] 逸話

  • 家業は印刷業。実父は8ミリ趣味があり、実母は日本舞踊の名人、伯母はSKD団員であった。
  • 乳児期に近所に住んでいた画家いわさきちひろは彼の「乳母」。当時、ちひろは乳飲み子だった息子・松本猛(安曇野ちひろ美術館館長)をやむなく安曇野の両親に預けていたため、母乳が途切れぬようにと三宅に乳を与えていた。
  • 生まれも育ちも神田神保町という江戸っ子だが、在阪局にも人気がある(=在阪局制作のテレビ番組への出演が多い)。
  • マヤ占いに詳しい。
  • 長年、ニッポン放送聴取率に貢献している人気パーソナリティであることから、1990年2000年ニッポン放送年末特別番組ラジオ・チャリティー・ミュージックソンのメインパーソナリティを10年おきに担当している。三宅自身も普段レギュラー担当している番組の『ガバッといただき!!ベスト30』『ザ・ベスト30"スゲェ!"』『みんなのヒット!ベスト20+10』ではほぼ毎年必ず年末の放送で "ミュージックソン" に近づくと「10年おきにやってるんだ」と言っており、このまま順調にニッポン放送にレギュラー出演していれば2010年にはちょうど前回の2000年の担当以来10年経つため再び声がかかるかが注目されている。
  • 現在でもゴールデンタイムのレギュラー番組を持っているが、かつてテレビ朝日系21時枠で3本のレギュラー番組の司会を務めていたが、3本とも一定の人気を得ていたにも拘らず編成の都合により打ち切り・枠移動に失敗し終了する不遇な終焉を迎えた(同時期に他局でもゴールデンタイムのレギュラー番組を持っていたため、露出が減っていたわけではない)。

[編集] 妻は天然ボケ

  • 妻は小学校の同級生。かなりの天然ボケは有名で、トーク番組で披露されるエピソードは鉄板ネタとなっている。例として
    • 「(ガソリンスタンドで)マソリンガンタン(○ガソリン満タン)」
    • 「食べ食べしゃぶ放題(○しゃぶしゃぶ食べ放題)」
    • 「あそこ(○に)立っているのがうちの主人」
    • 「ベッドイン(○チェックイン)は何時ですか?」
    • 「源泉たれ流し(○かけ流し)ですよね?」
    • ゴルフのめった打ち(○打ちっ放し)」
    • 「(病院で)CIA(○ICU)はどこですか?」
    • 「(電気屋でエアコンを探していて)霞ヶ関(○霧ヶ峰)はどこにありますか?」
    • 「(子供に対して)誰の為に(○誰のおかげで)ご飯食べられているの!」
    • 「(税関で)サイトシーイングを太田布団店(○斉藤寝具と覚えさせられたのに、商店街の店を思い出した)」
    • 「(夫婦喧嘩の最中に)それはそっちの(○こっちの)台詞よ!」
    • 「(夫婦喧嘩の最中に)抱いてよ(○どいてよ)!」
    • 「(十中八九と言おうとして)四十八手」
    • 「困った時はおあいにく様(○お互い様)」
    • 「(熱帯夜明けの朝に)夕べはムラムラして(○ムシムシして)眠れなかったわ」
    • 「(三宅裕司が犬を飼いたいと言ったところ)誰が始末するのよ(○世話するのよ)」
    • 「ダッチ裕三(○グッチ裕三)」
    • 「(子供に対して)人と言う字を見てごらんなさい。…猫の口に似ているでしょう?」
    • 「(小学校で先生から子供とのふれあいが大事と言われ)スキンヘッド(○スキンシップ)ですね!」
    • 「(就職試験で家業は何かと聞かれ)かきくけこ(か行)」
    • 「どこ(○どこに)出しても恥ずかしくない娘」
    • 「(衣替えをして)ノーブリーフ(○ノースリーブ)出しといたわよ」
    • 「ビリだった人はじゅっきんふっかい(○腹筋十回)」
    • 「(人間、顔じゃないぞと言おうとして)人間の顔じゃないぞ」
    • 「(ダメで元々なんだからと言おうとして)元々ダメなんだから」
    • 歯科医に口紅を拭くように言われ、一生懸命口笛を吹く。
    • 「一筋縄(○一青窈)」
    • 外食の際、伝票を取るように合図を送ったら、目の前にあったコーラを飲み干した。
等の迷語録やエピソードがある。
  • それらをモチーフに、三宅が出演しているラジオ番組では聴取者からの天然ボケ談を募ったコーナーが設けられている。タイトルは「奥さまはマコ」(「ガバっといただき」時代)→「うちのマコさま」(「スゲェ!」)→「世界のマコさま」(「ハッピーパラダイス」)

[編集] 現在出演中の番組

[編集] 過去の番組

[編集] テレビ

[編集] ラジオ

特記のない限り、すべてニッポン放送

[編集] テレビドラマ

[編集] テレビコマーシャル

[編集] 映画

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月17日 (火) 16:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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