三崎和雄

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三崎 和雄
基本情報
本名 三崎 和雄
通称 GRABAKAのヒットマン
国籍 日本
誕生日 1976年4月25日(33歳)
出身地 日本
千葉県小見川町(現香取市
所属 GRABAKA
→フリーランス
身長 178cm
体重 82kg
階級 ミドル級
ウェルター級PRIDE
スタイル 柔道キックボクシング
テーマ曲 INTRODUCTION 010
(THE MAD CAPSULE MARKETS)

三崎 和雄(みさき かずお、男性、1976年4月25日 - )は、日本総合格闘家千葉県小見川町(現香取市)出身。東京学館高等学校卒業。PRIDEウェルター級グランプリ2006優勝。

柔道をバックボーンとし、身体の中心線を軸にして体位を入れ替える独特のフットワークから繰り出される回転の速い打撃と菊田早苗仕込の寝技、折れない精神で闘うファイター。ニックネームは「GRABAKAのヒットマン」。

目次

[編集] 来歴

中学、高校と柔道を学び、高校卒業後、総合格闘家を目指し香取道場にてキックボクシングを習う。その後菊田早苗と出会い、彼の率いる「GRABAKA」に入団。

2000年11月26日、茨城県土浦市で開催された全日本異種格闘技選手権の75kg以下の部に出場、決勝で石田光洋に勝利し、優勝を果たした。

2001年5月5日、『ネオブラッドトーナメント』予選でパンクラスデビュー。第2回タイタンファイト3位の芹沢健一に判定勝ち。7月29日の本戦では1回戦でパンクラスismの佐藤光留にチョークスリーパーで一本勝ちすると、そのまま準決勝の梁正基戦、決勝の長岡弘樹戦と勝ち上がり優勝を果たした。10月30日、「東京・横浜対抗戦」と銘打たれ行われたismとの5対5の対抗戦では先鋒出場。経験に勝る冨宅飛駈と対戦し、開始8秒右ストレートでKO勝ち。

2002年3月25日、ネイサン・マーコートと対戦。しかし試合開始直後にスープレックスで投げられた際、左肘を脱臼してしまい、ドクターストップ負け。

2004年5月23日、『PRIDE 武士道 -其の参-』でPRIDE初参戦。シュートボクセ・アカデミーの豪腕ジョルジ・パチーユ・マカコに打撃戦を挑み、判定勝ち。

2005年7月17日、『PRIDE 武士道 -其の八-』で、マカコの同門ダニエル・アカーシオに判定負け。同年開催のウェルター級グランプリ出場を逃した。

2006年4月2日の『PRIDE 武士道 -其の拾-』で、前年のウェルター級GP王者ダン・ヘンダーソンに判定負け。

2006年6月4日、ウェルター級グランプリ1回戦となる『PRIDE 武士道 -其の十一-』のメインイベントでフィル・バローニと対戦。打撃戦を制し、判定勝ち。8月26日、2回戦の『PRIDE 武士道 -其の十二-』ではダン・ヘンダーソンと再戦。王者相手に攻め続け、日本人として初めてヘンダーソンに勝利した。

2006年11月5日、『PRIDE 武士道 -其の十三-』の準決勝で、パウロ・フィリォと対戦するも、テイクダウンからマウントポジションをとられ、脱出できずに1R終了間際に腕ひしぎ十字固めで一本負けを喫した。この試合で右肘の靭帯を痛めた。しかし、フィリォが三崎との試合で負った膝靭帯損傷のため決勝を辞退し、三崎が急遽決勝でデニス・カーンと対戦し、2-1で判定勝ち。優勝を果たした。

2007年2月24日、PRIDE.33フランク・トリッグと対戦。トーナメント王者として初めての試合であったが、再三テイクダウンを奪われ、判定負けを喫した。

2007年12月31日、「やれんのか! 大晦日! 2007」で秋山成勲と対戦し、1RKO勝ちとなった(後にノーコンテストへ裁定が変更された)。詳しくは後述。

2008年3月5日、戦極旗揚げ戦戦極 〜第一陣〜シアー・バハドゥルザダと対戦し、フロントチョークで一本勝ち。

2008年6月8日、戦極 〜第三陣〜ローガン・クラークと対戦し、判定勝ち。

2008年9月20日、初参戦となるStrikeforceジョー・リッグスと対戦。2Rに左ストレートでダウンするも、直後に右ストレートでダウンさせパウンド連打でTKO勝ち。

2009年1月4日、戦極の乱2009の戦極ミドル級チャンピオンシップでジョルジ・サンチアゴと対戦し、チョークスリーパーで一本負けを喫し、王座獲得に失敗した。

2009年3月19日、乗用車で走行中に携帯電話を使用しているところを警察官に見つかり、停止を求められたが無視して逃走した。5月になって公務執行妨害で逮捕され、6月4日の起訴後に保釈された。6月25日に東京地裁で、懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を受けた[1]

2009年8月2日、戦極 〜第九陣〜中村和裕と対戦し、フロントチョークで一本勝ちを喫した。この試合は戦極ミドル級チャンピオンシップ挑戦者決定戦として当初発表されていたが、有罪判決を受けたことで8月3日以降の無期限出場停止および当試合のファイトマネーを全額没収という処分が下されたため[2]、勝利を収めたものの王座挑戦権は与えられなかった。

2009年11月8日付けでGRABAKAから独立した[3]

[編集] 人物

  • 妥協を許さない性格で、日本人であるということに誇りを持っており、試合で勝った時は「日本人は強いんです」という決め台詞が有名。一般的に84kg級で日本人が弱いと思われていることに対するアンチテーゼとして三崎は以前からこの台詞を繰り返しており、お決まりのフレーズとなっている。最近では、ダン・ヘンダーソンフィル・バローニ秋山成勲などに勝利した時この決め台詞を使っている。
  • 格闘技を始めた理由は「最強のファイターになるため」だという。究極、そして極限の闘いとは「殺し合い」であると言い、「夢中になっていること(試合)で死ねたら本望」と発言している。
  • 趣味はサーフィン
  • パンクラス時代、またPRIDE参戦当初は突出したネームバリューのある選手ではなかったが、2006年に行われたPRIDEウェルター級GPで優勝したことにより以降徐々にその名を知られ始める。そして2007年大晦日に秋山成勲をKOしたことによりその知名度は一気に上がった。現在では総合格闘技団体戦極の看板選手の一人であり、三崎への挑戦権を賭けたトーナメントも開催された。

[編集] やれんのか! 大晦日! 2007

[編集] 概要

2007年12月31日、「やれんのか! 大晦日! 2007」で、対戦を熱望していた秋山成勲と対戦する。秋山が2006年大晦日にK-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!での桜庭和志との対戦で反則行為を行い無期限出場停止の処分を受ける(詳細は秋山成勲#身体へのオイル(ワセリン)の塗布を参照)も、2007年10月28日に復帰試合を行ったことについて、「あの時に彼はたくさんの子供達と一緒に入場した。その試合で反則を犯し、子供達の心を傷つけたにもかかわらず、それに対して何の責任もとらずに再びリングに上がったことを見て、スポーツマンシップや武道精神のかけらもない人物なんだな、と感じた」と発言。さらにその復帰戦でデニス・カーンがKOで敗れたことに対し、「彼はまったく自分と違う人物であり、自分と彼が交わることはないと思っている」と発言しつつも「デニスが負けてしまい、このまま彼を泳がせておくわけにはいかないと思った」と、秋山との対戦を熱望し、大晦日の大舞台で対戦が決定する。

試合は打撃戦となり、一度はダウンを奪われるピンチを迎えながらも、左フックでダウンを奪い返し、立ち上がろうとする秋山へのキックで1RKO勝ちとなった。試合後秋山に対し上記の内容を厳しく問い質すと共に、「これからは子供たちやファンへの謝罪の心を持って戦い続けてほしい」とエールを送った。

[編集] ノーコンテストについて

試合後に秋山陣営が『やれんのか!実行委員会』に、三崎の蹴りはルールで禁止されている4点ポジションへの蹴りであると抗議文を提出。

2008年1月22日、秋山の両手両足がマットについている状態(4点ポジション)でフィニッシュとなったキックが行われたと判断され、ルールに抵触する禁止行為のためノーコンテストに裁定変更することを発表した。島田裕二ルールディレクターの「非常に判断が難しいが試合前のルール会議で『疑わしきは罰します』と通達していたことを考慮してノーコンテストにするべき」という意見を元に裁定されたもの。反則負けにはならなかった[4]

[編集] 契約について

1月23日の記者会見の際、谷川貞治は『やれんのか!』サイドと三崎対秋山戦が二試合行われる約束があったと主張し、実行委員会に無断で他の団体のイベントに出ることを選手のモラル上遺憾であるとし、戦極参戦を決めた三崎を非難した[5]

これに対して、沈黙を守る三崎の代わりに、同チーム代表の菊田早苗が、『やれんのか!』への三崎の出場は1試合契約という合意の上であること、三崎はどこにも契約していないフリーの立場であること、戦極と契約をする前の段階で実行委員会へ連絡済みであることを主張した[6]

[編集] 戦績

総合格闘技 戦績
34 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
22 4 9 9 0 2 1
9 1 2 6 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
中村和裕 1R 3:03 フロントチョーク 戦極 〜第九陣〜
【戦極ミドル級チャンピオンシップ挑戦者決定戦】
2009年8月2日
× ジョルジ・サンチアゴ 5R 3:26 チョークスリーパー 戦極の乱2009
【戦極ミドル級チャンピオンシップ】
2009年1月4日
ジョー・リッグス 2R 2:29 TKO(パウンド Strikeforce: Playboy Mansion II 2008年9月20日
ローガン・クラーク 5分3R終了 判定3-0 戦極 〜第三陣〜 2008年6月8日
シアー・バハドゥルザダ 2R 2:02 フロントチョーク 戦極 〜第一陣〜 2008年3月5日
秋山成勲 1R 8:12 無効試合(反則攻撃) やれんのか! 大晦日! 2007 2007年12月31日
× フランク・トリッグ 5分3R終了 判定0-3 PRIDE.33 "THE SECOND COMING" 2007年2月25日
デニス・カーン 2R(10分/5分)終了 判定2-1 PRIDE 武士道 -其の十三-
【ウェルター級GP 決勝】
2006年11月5日
× パウロ・フィリォ 1R 9:43 腕ひしぎ十字固め PRIDE 武士道 -其の十三-
【ウェルター級GP 準決勝】
2006年11月5日
ダン・ヘンダーソン 2R(10分/5分)終了 判定3-0 PRIDE 武士道 -其の十二-
【ウェルター級GP 2回戦】
2006年8月26日
フィル・バローニ 2R(10分/5分)終了 判定3-0 PRIDE 武士道 -其の十一-
【ウェルター級GP 1回戦】
2006年6月4日
× ダン・ヘンダーソン 2R(10分/5分)終了 判定0-3 PRIDE 武士道 -其の拾- 2006年4月2日
小路晃 1R 2:32 フロントチョーク DEEP 23 IMPACT 2006年2月5日
× ダニエル・アカーシオ 2R(10分/5分)終了 判定0-3 PRIDE 武士道 -其の八- 2005年7月17日
フラービオ・モウラ 2R 2:13 変形チョークスリーパー パンクラス PANCRASE 2005 SPIRAL TOUR 2005年3月6日
× ネイサン・マーコート 5分3R終了 判定0-3 パンクラス PANCRASE 2004 BRAVE TOUR
【ミドル級キング・オブ・パンクラス 王者決定戦】
2004年11月7日
エド・ハーマン 2R 3:31 肩固め パンクラス PANCRASE 2004 BRAVE TOUR 2004年7月25日
ジョルジ・パチーユ・マカコ 2R(10分/5分)終了 判定3-0 PRIDE 武士道 -其の参- 2004年5月23日
國奥麒樹真 2R 1:31 TKO(ドクターストップ:左目尻カット) パンクラス PANCRASE 2004 BRAVE TOUR 2004年2月6日
ジェイク・シールズ 5分3R終了 判定1-0 パンクラス PANCRASE 2003 HYBRID TOUR 2003年11月30日
× ヒカルド・アルメイダ 5分3R終了 判定0-2 パンクラス PANCRASE 2003 HYBRID TOUR 2003年8月31日
久松勇二 3R 2:34 チョークスリーパー パンクラス PANCRASE 2003 HYBRID TOUR 2003年5月18日
久松勇二 5分2R終了 判定0-0 パンクラス PANCRASE 2003 HYBRID TOUR 2003年3月8日
ジョー・ダース 2R 4:51 TKO(パウンド パンクラス PANCRASE 2003 HYBRID TOUR 2003年1月26日
小島正也 1R 4:40 腕ひしぎ十字固め パンクラス PANCRASE 2002 SPIRIT TOUR 2002年11月30日
窪田幸生 5分3R終了 判定3-0 パンクラス PANCRASE 2002 SPIRIT TOUR 2002年9月29日
× ネイサン・マーコート 1R 0:29 TKO(ドクターストップ:左肘脱臼) パンクラス PANCRASE 2002 SPIRIT TOUR 2002年3月25日
上山龍紀 5分3R終了 判定3-0 パンクラス PANCRASE 2002 SPIRIT TOUR 2002年2月17日
× クリス・ライトル 3R終了 判定0-3 パンクラス PANCRASE 2001 PROOF TOUR 2001年12月1日
冨宅飛駈 1R 0:08 KO(右ストレート) パンクラス PANCRASE 2001 PROOF TOUR 2001年10月30日
長岡弘樹 2R 1:21 フロントチョーク パンクラス PANCRASE 2001 PROOF TOUR
【ネオブラッドトーナメント 決勝】
2001年7月29日
梁正基 5分2R+延長5分終了 判定2-1 パンクラス PANCRASE 2001 PROOF TOUR
【ネオブラッドトーナメント 準決勝】
2001年7月29日
佐藤光留 1R 4:08 チョークスリーパー パンクラス PANCRASE 2001 PROOF TOUR
【ネオブラッドトーナメント 1回戦】
2001年7月29日
芹沢健一 5分3R終了 判定3-0 パンクラス PANCRASE 2001 PROOF TOUR
【ネオブラッドトーナメント 予選】
2001年5月5日

[編集] 獲得タイトル

  • PRIDE GP 2006 ウェルター級トーナメント 優勝
  • パンクラス ネオブラッドトーナメント2001 優勝
  • 第1回全日本異種格闘技選手権-75kg級 優勝(2000年)

[編集] 脚注

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

前優勝者
ダン・ヘンダーソン
PRIDE GP 2006ウェルター級トーナメント優勝

2006年11月5日

次優勝者
N/A

最終更新 2009年11月20日 (金) 00:10 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【三崎和雄】変更履歴

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