三浦市
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三浦市(みうらし)は、神奈川県南東部、三浦半島最南端に位置する市である。
目次 |
[編集] 地理・自然
三浦半島の先端、横須賀市の南に位置する。三方を海に囲まれ、西岸は相模湾、東岸は浦賀水道(東京湾)、南岸は太平洋に面し、南端部には城ヶ島が浮かぶ。
市域の大部分は標高40~60m の台地で、その間に小さな谷戸が入り組んでいる。平地は少ないが標高の高い山は無く、最高峰は神奈川県最低峰でもある岩堂山となっている。起伏にとみ、水田に適した低地が少ない。そのため、台地上には、野菜畑(市全体の約37%)がつくられ、低地の多くは、住宅地として利用されており、大きな河川が少ないこともあり、水田は約3%と少ない。[1]
三浦市付近の地盤は地殻変動により隆起を続けている。三崎町内陸にある「諸磯の隆起海岸」は第三紀凝灰岩の崖にある穿孔貝が作った穴が残る遺跡で、国の天然記念物に指定されている。平安時代、江戸時代、大正時代の大地震により地層のずれが4段に分かれており、古い地層を観察することができる。
海岸は岩場が多く砂浜は比較的少ないが、北東部の金田湾沿岸には三浦海岸と呼ばれる浜が続き、西部にも三戸海岸など小規模な砂浜が見られる。城ヶ島や、東部の金田漁港から東端の剱崎、南端の三崎漁港を経て西部の小網代湾に至るまでの海岸線には離水海岸に特有の海食崖や海岸段丘が多く見られる。
西部の小網代湾には干潟が残り、湾に注ぐ小川とその背景にある雑木林(休耕田跡)を合わせ一体的な自然環境を今に留めている。そのため、これらを「小網代の森」として保護しようという運動が起きている。
[編集] 歴史
古くから人の居住があり、市内から縄文時代・弥生時代の遺跡が発掘されている。平安時代後期から鎌倉時代、室町時代、戦国時代初期まで三浦氏の支配のもとにあった(三浦半島の歴史の項に譲る)。その後1590年に徳川家康が関東へ入った際に三浦半島も領地となり、すでに港として発展していた三崎は天領とされた。その後も漁港である三崎を中心に発展してきた。現在、東京近郊で、これらの古い町並みが残っていることから、映画やドラマなどの「ロケ地のコンビニ」と呼ばれている。特に県立三崎高校跡地(2004年に他校と統合して廃校、2007年に三浦市が取得)は学校を題材としたCM・ドラマ・映画のロケ地として人気がある。
[編集] 年表
- 1870年(明治3年)城ヶ島灯台が設置される。
- 1881年(明治14年)ニュージーランドの石炭船「ウェリントン号」が三戸にて難破。
- 1889年(明治22年)4月1日 町村制施行により三浦郡三崎町、南下浦村、初声村が発足。
- 1901年(明治34年)浦賀から三崎までの乗合馬車が開通。
- 1913年(大正2年)三崎町に電灯がともる。
- 1934年(昭和9年)三崎町に水道が開通。
- 1940年(昭和15年)4月1日 南下浦村が町制を施行。
- 1955年(昭和30年)1月1日 三浦郡三崎町、南下浦町、初声村の2町1村が合併、市制施行。広域地名を採用し三浦市となる。当時の人口は約5万1000人。
- 1960年(昭和35年)4月16日 城ヶ島大橋が開通。
- 1966年(昭和41年)7月7日 京急久里浜線が三浦海岸駅まで開業。
- 1974年(昭和49年)4月23日 長野県須坂市と姉妹都市提携。
- 1975年(昭和50年)4月26日 久里浜線が三崎口駅まで延伸開業。
[編集] 人口
漁業・農業が産業の中心であったことから、就業、教育面で横須賀市や京浜地区への流出が著しく、昼間人口は少ない。また、居住人口は1996年を境に減少に転じ、推定値で現在5万人を下回っている。神奈川県内では南足柄市に次いで2番目に人口の少ない市である。
| 三浦市と全国の年齢別人口分布図(比較) | 三浦市の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は三浦市
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 行政
平成13年度からスタートした「第4次三浦市総合計画(三浦ニュープラン21)」では、2025年の将来像を「人・まち・自然の鼓動を感じる都市 みうら」としている。
[編集] 歴代市長
[編集] 県の機関
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 国内
[編集] 海外
- 姉妹都市
ウォーナンブール市(オーストラリア)
[編集] 地域
市役所周辺を除き、合併前の町村名が地名の頭についている。
[編集] 教育
[編集] 小学校
- 旭小学校
- 剣崎小学校
- 三崎小学校
- 初声小学校
- 上宮田小学校
- 南下浦小学校
- 岬陽小学校
- 名向小学校
[編集] 中学校
- 三崎中学校
- 初声中学校
- 上原中学校
- 南下浦中学校
[編集] 高等学校
- 神奈川県立三浦臨海高等学校
- 神奈川県立平塚農業高等学校(初声分校)
[編集] 大学・短期大学
市内には存在しない。油壺に東京大学地震研究所油壷地殼変動観測所、東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所が立地する。
なお、上記学校の中では合併、併合したものも含まれるため現在は存在していないものも 含まれている。
[編集] 産業
[編集] 農業
就業人口は2,803人(2000年2月現在)。水田は少なく、三浦ダイコンやスイカなど、畑作が中心である。主な作物の生産量はキャベツ39,100トン、大根75,900トン、スイカ12,100トンなどとなっており、首都圏への野菜供給地となっている。[2]
[編集] 漁業
市内にある三崎漁港は遠洋漁業の拠点であり、日本有数のマグロ水揚げ港として有名である。 市内の漁船数690隻、年間漁獲金額129億2994万円(2003年11月調査)となっており、漁船の約8割が三崎漁港に属する。就業人口は764名(2005年)であり、昭和40年代と比べ4分の1にまで減少している。一方、三崎魚市場は取扱高50,742トン、取扱い金額408億720万円(2005年)と規模が大きく、三浦市の漁業は自ら漁を行う形態から市外の漁獲が集積する形態に移行してきていることが読み取れる。
[編集] 交通
[編集] 鉄道
市域の北部を通過しており、中心部には乗り入れていない。三崎口駅から油壺駅(仮)まで延伸する計画があるが、用地買収が難航し実現のめどは立っていない。
[編集] バス
[編集] 道路
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集] 名所・史跡
[編集] 天然記念物
[編集] レジャー
[編集] 海水浴場
- 和田長浜海水浴場
- 三戸海水浴場
- 横堀海水浴場
- 胴網海水浴場
- 荒井浜海水浴場
- 大浦海水浴場
- 金田海岸海水浴場
- 三浦海岸海水浴場
[編集] 観光
- 三浦七福神めぐり
[編集] 祭・イベント
- 城ヶ島水仙まつり - 1月中旬~2月上旬
- 三浦市民マラソン - 3月上旬
- 白秋まつり - 7月~12月
[編集] 伝統芸能
- チャッキラコ 1976年5月4日に国の重要無形民俗文化財に指定。
- 菊名の飴屋踊り 1976年10月19日に神奈川県無形民俗文化財に指定。
- 三戸のお精霊流し 1978年6月23日に神奈川県無形民俗文化財に指定。
- 湯花神楽(ゆばなかぐら)
- 毘沙門と大乗(おおのり)の獅子舞
[編集] 出身有名人
[編集] 注脚
[編集] 外部リンク
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