三線軌条

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三線軌条の分岐器。2006年廃止(どちらも三線で分岐)
三線軌条の乗越分岐器。2006年廃止(どちらも三線で分岐)
小田急電鉄箱根登山鉄道小田原駅の三線軌条。2006年廃止(片方だけ三線で分岐する三線軌条分岐器)
地下鉄部に入ろうとする三線軌条を走行するUバーン(ドイツ-シュトゥットガルト

三線軌条(さんせんきじょう)とは、通常1対2本の軌条(レール)を規定の間隔で敷設した線路上を車両が走行する鉄道において、その軌条の間隔(軌間)の異なる鉄道用の車両を同一区間に運転する為に、片側の軌条を共通として残り2本の軌条をそれぞれの軌間に応じて敷設したもののこと。三線軌道ともいう。英語ではDual gauge(デュアルゲージ)と呼ぶ。

欠点として、各々の線路中心が異なり、建築限界もそれにあわせて変位するため、特にプラットフォームの設置位置に注意が必要な点(車両により乗降口とホーム縁端との距離が異なってしまう)や、分岐器(ポイント)の構造が複雑になる点、降雪地帯などでは並列する軌条の間に雪が詰まるなどの問題がある。

線路中心を合わせるために、軌条を共通とせずに4本敷設する四線軌条とする場合もある。四線軌条は、軌間の差が小さすぎるため3本のレールの併設が困難なケースや、3種の軌間に対応するケース (Triple gauge) においても用いられる。

目次

[編集] 日本の三線軌条区間

日本での三線軌条および四線軌条は、1912年明治45年)に、京都市内の京都市電京都電気鉄道の共用区間に敷設されたのが最初と考えられる。翌1913年には東海道本線膳所駅(当時は馬場駅)~大津駅(後の浜大津駅)間で、東海道本線(貨物線)に大津電車軌道(現在の京阪電気鉄道石山坂本線)が乗り入れるため三線軌条となった。軌道ではない鉄道が関係するものはこれが最初である。

純粋な鉄道のみのものとしては1917年大正6年)に横浜線原町田駅橋本駅間で、標準軌化の実地試験として使用されたのが始まりである(日本の改軌論争も参照)。2006年(平成18年)現在の三線軌条区間は新幹線関連を除けば、その全てが神奈川県内に集中している。

なお、鉄道車両工場の構内において三線軌条となっているケースも多いが、ここでは営業線上以外のものは割愛する。

[編集] 現存するもの


[編集] 予定されているもの

海峡線の知内駅付近に敷設された三線軌条


[編集] かつて存在したもの

奥羽本線(山形線)の山形駅-蔵王駅間に敷設されていた三線軌条の跡。現在は地上の固定子のみが残る
  • 東日本旅客鉄道 山形線山形新幹線蔵王駅 - 山形駅(下り線のみ)
    • 新幹線直通を含む旅客車両=標準軌
    • 在来線貨物車両=狭軌(1067mm軌間・三六軌間)
    • 山形新幹線開業時から下り線を三線軌条化し貨物輸送を行っていた。1998年9月29日で貨物列車の発着は終了し狭軌は数年のうちに撤去され標準軌のみとなった。
  • 京都市電:四条西洞院~四条堀川など
    • 京都市敷設路線=標準軌
    • 京都電気鉄道敷設路線(N電)=狭軌(1067mm軌間・三六軌間)
    • 最も多いときには上記の他に烏丸通・丸太町通・七条通に合計4箇所存在したが、徐々に標準軌に統合され、戦後まで残ったのは上記四条通の区間のみ。1961年8月1日、狭軌路線廃止。残った標準軌線(四条線)も1972年廃止された。
  • 京阪石山坂本線東海道本線江若鉄道膳所駅 - 浜大津駅(片側線のみ)
    • 京阪電気鉄道車両=標準軌
    • その他の車両=狭軌(1067mm軌間・三六軌間)
    • 上記3社の共用(二重戸籍)区間。国鉄は貨物のみの運行だった(戦後、米軍の輸送を行った時期あり)。江若鉄道は1947年から1965年まで旅客列車を運行した。1969年11月1日狭軌車両の運行廃止。廃止後も1976年まで三本目の線路は残されていた。
  • 十勝鉄道 帯広部線:新帯広駅 - 工場前駅
    • 国鉄直通用貨車 =1067mm軌間・三六軌間
    • 十勝鉄道内列車 =762mm軌間・二六軌間
    • 日本の営業路線では唯一の四線軌条。元は国鉄帯広駅から製糖工場(工場前駅に隣接)までの三六軌間の専用線であったが、地方鉄道化にあたり工場以南に建設されていた二六軌道が旅客営業を担うこととなったため、これを帯広に乗り入れさせるために併設された。1959年11月15日に二六軌間の路線が廃止されて消滅。
  • 大阪電気軌道(現・近畿日本鉄道吉野線:久米寺駅 - (旧)橿原神宮前駅
    • 久米寺駅は現・橿原神宮前駅付近。
    • 大阪電気軌道畝傍線(現・近鉄橿原線)車両=標準軌
    • 大阪電気軌道吉野線車両=狭軌(1067mm軌間・三六軌間)
    • もともと狭軌であった吉野線に、上本町方面からの車両を大阪鉄道(現・近鉄南大阪線)との接続駅であった久米寺まで乗り入れるためのもの。1930年に三線軌条となったが、1939年に畝傍線・吉野線の線路を移設して新たに大阪鉄道との結節点に現在の橿原神宮前駅を設置し、畝傍線が直接乗り入れる形に変更したため姿を消した。
  • 阪神電気鉄道 武庫川線武庫大橋駅 - 洲先駅
    • 阪神電気鉄道車両=標準軌
    • 国鉄車両=(1067mm軌間・三六軌間)
    • 太平洋戦争中に洲先にあった川西航空機の工場への軍需輸送として、国鉄西ノ宮駅から引かれた貨物線につながる形で貨物列車が乗り入れた。戦争終結とともに軍需輸送は終了したが、戦後は駐留軍関連の貨物列車として1953年頃まで貨物列車の運行があった模様。三本目の線路は1983年武庫川団地前駅への延伸工事が始まるまで残されていた。
  • 川崎市電・京浜急行電鉄大師線:日本鋼管前駅~塩浜駅~小島新田駅鈴木町駅(片側線のみ)
    • 川崎市・京浜急行線車両=標準軌
    • その他の車両=狭軌(1067mm軌間・三六軌間)
    • 日本鋼管構内の専用線に代えて川崎市電と京急線(当時線路がつながっていた)を利用し、1949年から日本鋼管(現JFEスチール)と味の素の貨物列車を運行したもの。当初は日本鋼管前駅~桜本駅間が川崎市電、桜本駅~鈴木町駅が京急だった。1952年に桜本駅~塩浜駅が京急から川崎市に移管される。
    • 国鉄の塩浜操車場(現川崎貨物駅)建設のため、1964年に京急の小島新田駅~塩浜駅が廃止され、三線軌条区間は二つに分かれた。さらに1967年、市電の池上新田駅~塩浜駅が廃止され、日本鋼管前駅~池上新田駅は三線軌条となっていた側の線路を国鉄に譲って、この区間の三線軌条は廃止される。
    • 以後は分岐駅を川崎貨物駅に変更して、京急(味の素)のみに三線軌条が残存した。1997年の貨物列車の運行廃止まで大師線の終電~初電の深夜に川崎貨物駅~小島新田駅~味の素工場へ貨物列車が運行されていた。貨物廃止後は標準軌化。参照:[1],[2]
  • 箱根登山鉄道 鉄道線小田原駅 - 入生田駅
    • 箱根登山鉄道線車両=標準軌
    • 小田急線車両=狭軌(1067mm軌間・三六軌間)
    • かつて小田原駅から箱根湯本駅間は1950年8月1日に小田急線の電車が乗り入れを開始した後も箱根登山鉄道車両は頻繁に走っていたが、2000年12月2日に朝と夕方以降のみの運転に縮小され、2006年3月18日この区間の運転は廃止された。
  • 名古屋市電下之一色線:下之一色駅 - 中郷駅
    • 名古屋市電車両=狭軌(1067mm軌間・三六軌間)
    • 名古屋市営地下鉄車両=標準軌
    • 名古屋市営地下鉄東山線の開業に先立ち、車両のテストを行うために1956年に一時的に実施されたもの。地下鉄車両用の第三軌条も敷設されており、これは日本の三線軌条区間の中で唯一のものである。試験終了後に地下鉄用の施設は撤去された。


また営業運行ではないが、太平洋戦争中の1945年4月に京成電鉄本線京成上野駅日暮里駅間の地下線が国(運輸省)に接収され、国鉄日暮里駅構内の側線につながる三線軌条を敷設した上で、空襲から守るために国電車両や寝台車を疎開させた事がある[1]

なお、後の1959年に京成電鉄と新京成電鉄が1372mm(馬車軌間)から1435mm(標準軌)に改軌した工事期間中、駅や車両基地の構内に四線軌条に似たものが敷設されていたが、この2種類の軌間は差が小さすぎるために通常の三線(あるいは四線)軌条は物理的に成立困難である。外側のレールは標準軌であったが、内側のレールは馬車軌間より狭く、馬車軌間の車両が入線した際の脱線防止用ガードレールとして作用していた。この他、同社の津田沼第二工場とその出入庫ルートには、1372mm軌間と1435mm軌間の軌道中心を大きくずらした四線軌条(4本のレールに左端から1~4番の番号を付けると、1番と3番の間が1372mm軌間、2番と4番の間が1435mm軌間、というような敷設法)が存在した(石本祐吉「京成改軌の際に使用された4線軌道について」『鉄道ピクトリアル』635号、38-39頁、1997年、参考)。参考までに英語版Wikipediaの記事w:Dual gauge#Configuration for Africaでは、同様に軌間の差が小さく、複条化が困難とされる1000mm軌間と1067mm軌間を実現するためにそれぞれの軌道中心をずらして敷設する事が出来ると想定した四線軌条の模式図が見られる。

国鉄時代の東静岡駅(現在の静岡貨物駅で旅客駅の東静岡駅とは別の駅)にも存在した。保線機材やレールを積み込む施設に採用され、国鉄分割民営化後も暫く存置されていた。

[編集] 脚注

  1. ^ 種村直樹『地下鉄物語』日本交通公社、1977年、P75

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ
  • 単複線(ガントレット) - 同じ軌間の線路を重ねて敷設するもの。
  • 軌間可変電車(フリーゲージトレイン)

最終更新 2009年10月31日 (土) 10:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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