三菱・スタリオン

スタリオンStarion)は、三菱自動車工業1982年から1990年まで生産していたフロントエンジン・リアドライブ方式の2ドアクーペである。

目次

[編集] 概要

三菱・スタリオン
写真はワイドボディ仕様
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メーカー 三菱自動車工業
親会社 {{{親会社}}}
製造国 {{{製造国}}}
製造期間 1982年1990年
設計統括 {{{設計統括}}}
デザイナー {{{デザイナー}}}
乗車定員 5人
ボディタイプ 3ドアハッチバック
ハイブリッド
エンジン G63B型 2.0L 直4 SOHC
G54B型 2.6L 直4 SOHC
モーター
最高出力/トルク {{{最高出力/トルク}}}
最高出力 {{{最高出力}}}
最大トルク {{{最大トルク}}}
変速機 5MT/OD付4AT
駆動方式 FR
サスペンション マクファーソンストラット
全長x全幅x全高 {{{全長x全幅x全高}}}
全長 4,400mm
全幅 1,695mm (ナロー)
1,745mm (ワイド)
全高 1,320mm
最低地上高 {{{最低地上高}}}
ホイールベース 2,435mm
車両重量 1,260kg (ナロー)
1,340kg (ワイド)
乾燥重量 {{{乾燥重量}}}
総重量 {{{総重量}}}
最大積載量 {{{最大積載量}}}
燃料タンク容量 {{{燃料タンク容量}}}
燃費 {{{燃費}}}
別名 {{{別名}}}
先代 ギャランΛ/エテルナΛ
後継 三菱・GTO
姉妹車/OEM {{{姉妹車}}}
車台共有車
同クラスの車 {{{同クラス}}}
-自動車のスペック表-
スタリオン(画像は北米仕様車・日本国内の2600GSR-VRに当たるモデル

1982年、スタリオン発表。独自のスタイルを持つスペシャリティーカーとして名を馳せたギャランΛエテルナΛの後継車種にあたる。

角張ったボディデザインはアメリカ市場を意識したものであるが、ランサーセレステを開発した二村正孝の著書によると、セレステの後継車として計画されていた「セレステII」のプロトデザインがスタリオンのデザインに直接的な影響を与えたとされている。「セレステII」のプロトデザインはノッチバックであり、後に自動車雑誌のインタビューに登場した当時の三菱の技術者達もギャランΛ/エテルナΛと同じノッチバックデザインのスタリオンを登場させたい意向があったと語っているが、実際に市場に投入されたのはハッチバックのみであった。

当初はG63B型直列4気筒SOHC2バルブ、サイレントシャフト付き2000ccターボ(タービンは三菱TC05-12Aを採用)、同自然吸気エンジンの2本立てでスタートした(グレードは下記を参照)。Λ同様、ギャランΣエテルナΣのフロアパンを流用しているため、フロントに縦置きされたエンジンで後輪を駆動するFR車である。北米市場での競合車種はポルシェ・924ターボが想定され、発売当初、自動車専門誌にサーキットでの924ターボとの比較テストの模様を掲載する広報活動も行われた。

後に、日本車の市販車で初の空冷式インタークーラーターボを装備するモデル、可変バルブ機構式3バルブエンジン+インタークーラーターボシリウスDASH3×2エンジンを積んだ2000GSR-V、3ナンバーサイズとなるブリスターフェンダーを採用した2000GSR-VR、そのボディにギャランΛエテルナΛや初代デボネアに搭載されていたサイレントシャフト付き2600ccのG54B型にインタークーラーターボを装着した2バルブエンジン(シリウスDASH3×2ではない)を積む2600GSR-VRが加わった。

コルディアに引き続き、発売当初のカタログやポスターには長岡秀星によるイラストレーションが多用され、長岡による馬頭をあしらったスタリオンマークがデザインされた。

アメリカ市場を意識していたため、低~中回転域を重視したトルク重視のエンジンセッティングとなっているのが特徴である(2600ccエンジンの最高出力は175psであったが、最大トルクは32.0kg-mを発揮していた)。クライスラーにもOEM供給され、ダッジプリムスからコンクエスト(Conquest)の名称で販売されていた。

[編集] 各モデル一覧

  • GX - 1982–1983 (A182A、2000ccNA、4リンクリジットサス)- ごく短期間のみの製造。燃料装置はキャブレターで、現存数は極めて少ない。
  • GSR-I - 1982–1984(A183A、2000ccターボ、4輪独立懸架)- ベースモデル。TC-05タービン、ECI電子制御燃料噴射を装備。
  • GSR-II - 1982–1987 -(A183A、2000ccターボ、4輪独立懸架)- パワーステアリング、電動式ウインドウを装備。84年式から国産車で初めて空冷式インタークーラーを装備した。
  • GSR-III - 1982–1987 -(A183A、2000ccターボ、4輪独立懸架)- 改良されたオーディオシステム、コンピュータ式走行距離表示、 デジタルパネル、デジタルエアコン。84年式からインタークーラーを装備した。
  • GSR-X - 1982–1987 -(A183A、2000ccターボ、4輪独立懸架)- レザーシート、クルーズコントロール標準装備。84年式から空冷インタークーラーを装備。
  • GSR-V - 1984–1987 -(A183A、2000ccシリウスDASH3×2ターボ、4輪独立懸架)- GSR-III,Xをベースに、シリウスDASH3×2エンジンを搭載。84年式から空冷インタークーラーを装備した。
  • GSR-VR - 1987 (A184A、2000ccシリウスDASH3×2ターボ、ワイドボディ、50台限定販売)- GSR-Vをベースにワイドボディ化。タイヤは205/55R16を装着。国内初の55タイヤ標準装着車となった。
  • GSR-VR - 1988–1990 - (A187A、2600ccターボ、ワイドボディ)- 2600ccエンジンと1速にダブルコーンシンクロを採用した改良型KM132ミッションを搭載。ATはOD付4ATのJM600ミッションを搭載。ステアリングコントローラ付きオーディオ、クルーズコントロール、最終減速比が変更されたデフと機械式LSD、デジタルエアコンを標準装備。オプションにレザーシート及び8段可変式ショックアブソーバー。タイヤは前205/55R16、後225/50R16を装備。(国内初の225/50タイヤ標準装着車)

[編集] 輸出モデル

北米には当初から国内の88年式GSR-VRに相当するG54Bターボエンジン、ワイドボディのモデルが販売された。 国内仕様とはシートベルトの仕様が異なり電動式のオートシートベルトとなっている他、最上級グレードのStarion ESI-Rには国内仕様ではオプションであった8段可変ショックに加え、ホイールも国内仕様と同デザインながらも前後1サイズずつ拡幅[1]された物を装備した「ESI-R スポーツハンドリングパッケージ(SHP)」が存在した。

ヨーロッパ仕様には標準モデルのStarion TURBOの他に、国内仕様のTC05-12Aタービンよりも大型化されたTC06-11Aを装備したStarion EX/EX2が存在した。ヨーロッパ仕様は旧EC圏のヘッドライト常時点灯規則に対応する為、国内仕様では35Wであったフォグランプが、65Wのドライビングランプに変更されている。

スピードメーターは北米、ヨーロッパ仕様共に国内仕様の180km/hメーターに代わり、260/240km/hメーターが採用されている。

スタリオンは特にアメリカにおいて人気があり、StarionとConquestを掛け合わせた造語である「StarQuest」という徒名が付いている他、現在でも2.6L車向けの豊富なアフターパーツが販売され続けている。

[編集] スタリオン4WDラリー

スタリオン4WDラリー

1983年10月東京モーターショーにてスタリオン4WDラリーが展示された。当時グループB規定車両で競われていたWRCに、翌年からの参戦とホモロゲーション用車両の市販を視野に入れたこのマシンは、最高出力360ps、最大トルク32.0kg-mを発生するSOHC2091cc・インタークーラーターボ付きシリウスDASH3×2エンジンを搭載し、ビスカスカップリング4WDを介して路面に伝える、開発中のラリー競技専用車両だった。

スタリオン4WDラリーはフロントのオーバーハングが切り詰められ、丸型ヘッドランプと大型フォグランプを装着[2]。FRP製のボンネットフードにはエアインテークが設けられていた。フロント・リア共にオーバーフェンダーを装着。リアスポイラーに内蔵されたオイルクーラーなどが外観上の特徴だった。

実際の開発マシンには、ランサーEX2000ターボに搭載されていた2バルブのG63Bをベースに2140ccまで排気量をアップし、更なるチューニングが施されたG63B'が搭載されていた。1983年2月に試作1号車のT1が、4月に2号車のT2が完成し精力的なテストが行われ、仮想敵とされた当時のWRC最強マシンのアウディ・クワトロを上回るコーナーリングスピードを比較実験でマークするなど、ポテンシャルの一角を見せた。マシンの開発ドライバーは、のちのグループAランサーでトミ・マキネンの活躍を支えたラッセ・ランピだった。

1984年、市販車生産計画中止が決定するも、その後も各種ラリーのプロトタイプクラス出場と将来の後継車のための技術開発のため、開発は続行され、同年8月のミルピステ・ラリーのホモロゲーション無しでも参戦できるエクスペリメンタルクラスに出場し、クラス優勝を飾った。11月のRACラリーには特別枠のプロトタイプクラスに参戦し、完走した。

1985年はマレーシア・ラリーのプロトタイプクラスに出場。1986年1987年には香港-北京ラリーにイエローの555カラーを纏ったスタリオン4WDラリーが参戦したが、いずれもマシントラブルでリタイアしている。

生産台数は前述のT1 / T2に加えS1 / S2の4台であり、市販車のために揃えられた各種部品は廃棄されたといわれているが、市販車仕様のレプリカが1台作られ、岡崎工場に展示されている(このほか、英国には東京モーターショー仕様が展示されていると言われている)。スタリオン4WDラリーで培われたハイスピード4WDマシンの技術は、後に登場するギャランVR-4GTOランサーエボリューションに活かされた。

ちなみに市販車仕様はラリー会場などに展示されてあることもある。また、映画『SS エスエス』にも工場に置いてあるものとして登場し、このことから2008年度の東京オートサロンに展示されたことがある。

なお、この岡崎工場仕様とは別にオーナーにより市販版のスタリオンを4WDラリーの外観にしているものも存在[3]する。

[編集] 歴史

[編集] 車名の由来

車名の由来は「スター(星)」と「アリオン(ギリシャ神話ヘラクレスの愛馬の名)」を組み合わせた造語。

  • 一部で、種牡馬の意味と誤解されているが、種馬自体の英訳は「Stallion」であって全くの誤解である。

(これに関し、日本人はLとRの区別がつかないことからスペルミスではないかと物議を醸したことがある。http://www.snopes.com/business/misxlate/starion.asp

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 脚注

  1. ^ 国内仕様は前7J/後8Jに対し、ESI-R SHPは前8J後/9Jを装着。
  2. ^ フォグランプを除いて037ラリーと似ている。尚、給油口の動きからベース車両は5ナンバーと思われる。
  3. ^ ちなみにスタリオン4WDラリーの大きさのスペックは市販車(5ナンバー)のものが使われているが、ブリスターフェンダーなので本当は3ナンバーであり、現に詳細に採寸して製作された市販車改バージョンのスタリオン4WDラリーはナンバープレートが3ナンバーになっている。この車両は『SS エスエス』に於いて走行シーンで使用された。

最終更新 2009年6月17日 (水) 13:36 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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