三菱自動車岡崎硬式野球部
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| チーム名(通称) | 三菱岡崎、三菱自動車岡崎 |
|---|---|
| 加盟団体 | 日本野球連盟 (社会人野球) |
| 加盟区分 | 企業チーム |
| 創部 | 1993年 |
| チーム名の遍歴 | 三菱自動車岡崎硬式野球部(1993年 - ) |
| 本拠地自治体 | 愛知県岡崎市 |
| 練習グラウンド | 三菱大府グランド(愛知県大府市横根町蓑手) |
| チームカラー | |
| 監督 | 川口朋保 |
| 都市対抗出場回数 | 8回 |
| 都市対抗最近の出場 | 2009年 |
| 都市対抗最高成績 | 準優勝 |
| 日本選手権出場回数 | 5回 |
| 日本選手権最近の出場 | 2002年 |
| 日本選手権最高成績 | 4強 |
| クラブ選手権出場回数 | ※出場資格なし |
| クラブ選手権最近の出場 | |
| クラブ選手権最高成績 |
三菱自動車岡崎硬式野球部(みつびしじどうしゃおかざきこうしきやきゅうぶ)は、三菱自動車工業を母体とし、愛知県岡崎市に本拠地を置き、日本野球連盟に所属する社会人野球チームである(合宿所・練習グラウンドは愛知県大府市に所在し、グラウンドは三菱重工名古屋と同じ三菱大府グランドである)。
1993年、三菱名古屋から分離独立する形で創部。同年秋に三菱自動車川崎、京都、水島チームや休部した熊谷組・スリーボンドから選手が移籍し、翌春の18名の新人を合わせ、 1994年から都市対抗予選に参戦した。東海地区の中でもかなり新しいチームであるが、谷佳知らプロ野球選手やアマ日本代表選手を輩出している。
2004年、本社の不祥事に伴いシーズン途中で活動停止。同社岡崎工場の行く末も不透明な中、当時の堀井哲也監督(現JR東日本監督)及び13人の選手が移籍するなどチームの存続が危ぶまれたが、2005年シーズンから活動を再開し、同年は戦力面でのハンデを乗り越えて都市対抗出場を決めた。現在は岡崎工場の業績の回復などもあって、活動水準は以前のレベルに戻っている。
目次 |
[編集] 設立・沿革
- 1993年 - 三菱名古屋(現・三菱重工名古屋)から分離して創部
- 1995年 - 日本選手権初出場(4強)
- 1998年 - 都市対抗野球大会初出場(初戦敗退)
- 2002年オフ - 京都チーム、水島チームの本社支援が打ち切られ、本社唯一の野球チームとなる
- 2004年 - 本社不祥事に伴いシーズン途中から活動自粛
[編集] 練習場
大府グランドでの練習は三菱岡崎は午前中、三菱名古屋が午後という場合が多い。
[編集] 主要大会の出場歴・最高成績
[編集] 主な出身プロ野球選手
- 谷佳知外野手(1996年 オリックスドラフト2位→読売)
- 山口和男投手(1999年 オリックスドラフト1位)
- 岩下修一投手(1999年 オリックスドラフト4位→北海道日本ハム)
- 福川将和捕手(2001年 ヤクルトドラフト5巡)
- 竹原直隆外野手(2004年 千葉ロッテドラフト4巡)
- 斉藤俊雄捕手(2004年 横浜ドラフト10巡)
- 菊地正法投手(2006年 中日大学生・社会人ドラフト4巡;東邦ガス移籍後の指名)
- 榊原諒投手(2008年 北海道日本ハムドラフト2位;関西国際大学入学後の指名)
- 森田丈武内野手(2008年 東北楽天育成選手ドラフト1位;香川オリーブガイナーズ移籍後の指名)
- 高堀和也投手(2009年 東北楽天ドラフト4位)
[編集] 主な在籍選手
- 座喜味大河コーチ兼内野手
[編集] かつて在籍していた主な選手・コーチ・監督
[編集] 元プロ野球選手の競技者登録
[編集] 関連項目
- 三菱自動車工業
- 三菱重工名古屋硬式野球部
- 九州三菱自動車硬式野球部
- 三菱自動車倉敷オーシャンズ(旧・三菱自動車水島硬式野球部)
- 三菱自動車京都ダイヤフェニックス(旧・三菱自動車京都硬式野球部)
- 三菱ふそう川崎硬式野球部(休部)
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年10月29日 (木) 11:19 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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