三遊亭楽太郎

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さんゆうてい らくたろう
三遊亭 楽太郎
三ツ組橘は、圓楽一門の定紋である。又、笑点で着用している着物の紋も同様。
三ツ組橘は、圓楽一門の定紋である。又、笑点で着用している着物の紋も同様。
本名 會 泰通[1]
別名 楽さん、黒圓楽
生年月日 1950年2月8日(59歳)
出生地 日本東京都墨田区
血液型 A型
職業 落語家
活動期間 1970年 -
活動内容 落語家
家族 長男会一太郎
受賞
放送演芸大賞最優秀ホープ賞
備考
2010年2月、6代目三遊亭圓楽を襲名予定。

三遊亭 楽太郎(さんゆうてい らくたろう、本名:會 泰通(あい やすみち)、1950年2月8日 - )は、東京都墨田区出身の落語家円楽一門会所属。2010年2月、師匠の名跡である6代目三遊亭圓楽を襲名予定。

出囃子は師匠5代目三遊亭圓楽と同じ『元禄花見踊り』(以前は『花が咲き候』を使用)。墨田区立両国中学校東京都立深川高等学校青山学院大学法学部卒業。血液型A型。長男は落語家、声優会一太郎

目次

[編集] 芸歴

  • 1970年4月 - 青山学院大学法学部在学中に5代目三遊亭圓楽の鞄持ちのアルバイトに志願、暫くの付き添いを経てスカウトされ、入門。当時落語研究部に所属、発表会で兄弟子鳳楽(当時・楽松)に会っており、入門前から面識があった。
  • 1972年3月 - 青山学院大学法学部卒業
  • 1976年7月 - 二つ目昇進。
  • 1977年8月28日 - 師匠5代目圓楽の弟弟子6代目圓窓の後任として笑点レギュラーとなる。師匠5代目圓楽卒業で欠員が出ていたため師匠5代目圓楽が着ていた薄紫の色紋付を着用する事となった。因みに圓窓が着用していた桃色の色紋付を着用したのは同じく新メンバーとして加わっていた三笑亭夢之助(2年後卒業)である。現在同色の色紋付を着用しているのは、その後任となった木久扇の弟弟子の好楽である。
  • 1978年 - 落語協会分裂騒動で師匠と共に脱退し、落語三遊協会所属となる。
  • 1979年1月 - 放送演芸大賞最優秀ホープ賞受賞。
  • 1980年 - 落語三遊協会解散。大日本すみれ会(現:円楽一門会)所属となる。
  • 1981年1月 - 若手落語家努力賞受賞。
  • 同年3月 - 真打昇進。
  • 2010年2月 - 6代目三遊亭圓楽を襲名

[編集] 6代目圓楽襲名

2008年8月、師匠・5代目三遊亭圓楽から、楽太郎が還暦を迎える2010年2月に6代目三遊亭圓楽の名跡を襲名することが明らかとなった。楽太郎は「圓楽の名跡は師匠(5代目三遊亭圓楽)が大きくしたもの。5代目・6代目はよかったねといわれるよう精進したい」と語った。襲名披露は2010年3月に定席である新宿末廣亭で開催予定。これは桂歌丸率いる落語芸術協会が楽太郎の要望に応じて協力した結果実現したもの。5代目圓楽が引退する以前から、笑点やその他公の場において「圓楽襲名」を長年ネタとしてきたが、これが現実のものとなった形になっている(このため、笑点での腹黒キャラも相まって、「黒圓楽」と称されることもある)。

しかし、自らが関わっている「博多・天神落語まつり」を直前にした2009年10月29日朝、師匠5代目が肺癌で死去。プロデューサーという立場上、既に現地入りしていたため、師匠の最期には立ち会えなかった(2009年9月3日に、長男の一太郎を伴って、5代目圓楽の自宅へ自分の弟子にしたと挨拶に訪問したのが直接対面した最後だったとのこと。この日は6代目圓生の誕生日と命日でもあり、墓参りもしていたとしている)。翌日の開幕式では気丈に振舞っていたものの、師匠を失い、襲名披露に立ち会ってもらえなくなったという精神的ショックは大きく、報道陣に対しては自筆のコメントペーパーを出すのが精一杯だった。その後も、仕事で地方周りがあったため、悲しみの対面は、一門による通夜が行われた11月4日となった。

[編集] 人物

  • 父は警視庁警察官。
  • アメリカンM&N大学より博士号。ただし同大学はディプロマミルであり、正規の学位ではない。噺家のネタとして取得(購入)したもの。これにより笑点メンバーは元より、お笑い界でもインテリとして通っている。
    • 『笑点の謎』(河出書房新社)でも明かされているが、「博士号」に関しては、在学中から(アルバイトの形で)5代目圓楽についてそのまま落語家となったため、大学院に入学しておらず、自分の論文(「心から笑える健康づくりのために」)を知人に英訳してもらい、アメリカルイジアナ州のアメリカンM&N大学に送って「理学博士」の認定書を得た。
    • このため、事実上在学はしておらず、自身のプロフィールでも最終学歴は青山学院大学としている。メンバーいわく、「取ったはいいものの何の役にも立っていない」模様で、楽太郎なりのファッションの一つなのだろうと書かれている。弟子伊集院光の証言によれば、「インテリキャラを箔付けするために半分しゃれで取った」とのこと。
  • 学業系以外にも、ゴルフやゲートボールなどのスポーツの会員証や資格、「アメリカ海軍後援会会員(大笑点でも出たが、本人によると軍の関連施設への立ち入り許可、酒税免除などの特典がある)」など、資格コレクターと思わせる面もある。
  • 楽太郎の名は大師匠6代目三遊亭圓生が付けたものであり、昇進の際にも改名を拒んだという。
  • 女子大生が選ぶ「イケメンらくご家グランプリ」50代以上の部で1位獲得の常連であり、その度に笑点の挨拶などで公表している。
  • 2007年より、「博多・天神落語まつり」のプロデュースを手がけており、東西の大物落語家(2008年には、笑点の司会者でもある落語芸術協会会長の桂歌丸はもちろんのこと、各落語家団体の会長のそろい踏みも実現している)なども登場する一大イベントとなっている。

[編集] 趣味・嗜好

[編集] 大喜利メンバーとして

1977年8月から「笑点」の大喜利に出演している(入門直後から5代目圓楽の付き人・裏方として「笑点」とは関わっていた)。2009年現在の大喜利メンバーの中では林家木久扇(1969年11月加入)に次ぐ古参である。しかしながら、既にベテランレベルにありながらも2004年12月に林家たい平1964年生)が加入するまでは長くメンバーの中では最年少者であった。

27歳で大喜利メンバーに加入したが20代で大喜利メンバーとなったのは楽太郎と夢之助(生まれが楽太郎より8ヶ月早い)が最後である。ちなみに、大喜利で共演したメンバーの中で楽太郎より年下なのはたい平のほかに7代目桂才賀1950年7月生)、春風亭昇太1959年生)がいるだけである。

笑点で着用している色紋付の薄紫色は、師匠5代目圓楽が大喜利メンバー時に着用していた色と同じである。

当時から愛称は「楽ちゃん(楽さん)」。また、5代目圓楽一門の直弟子(好楽等の移門組を含む)のほぼ全員が名前の頭か最後に“楽”が付く(6代目圓橘圓福などの例外はある)ため、紛らわしい場合は基本的に略さずに呼ぶことが多い。なお、代々木アニメーション学院学院長に就任した直後は、歌丸が楽太郎に対し「学院長」と言ったりする場面がよく見られた。2006年5月に学院が学費返還で公正取引委員会から排除命令を受けた直後に退任している。

大喜利では歌丸と罵倒合戦を繰り広げているが、普段は二人会を頻繁に行い(メキシコで二人会を行ったこともある)、また楽太郎が歌丸の元を訪れて一緒に落語の研究をするなど基本的には仲が良い。逆にいえば大喜利の罵倒合戦は仲が良いからできることでもある。実際に互いに言葉では罵倒しつつも笑みを浮かべながらやり取りしていることも多い。

大喜利でのキャラクターについては「大喜利 (笑点)#三遊亭楽太郎」を参照

[編集] 映画やドラマ等

[編集] CM

  • 松下電器産業(ナショナル パナスプレー 園芸用殺虫剤噴霧器。1980年代後半)
  • 祐徳薬品工業(パスタイム 『きもちんよか~♪』のCMで薬局薬剤師の役で出演)
  • 太洋技建(ポリマーライト)
  • 野村證券(株券電子化篇、桂歌丸・林家木久蔵と共演、8月からは三遊亭好楽が加わった)
  • 日本香堂 (毎日ローソク ※低煙線香「青雲」のCMで師匠5代目圓楽と共演(※ 但し、5代目圓楽は声のみ)していた事がある)
  • 代々木アニメーション学院
  • サンコー」(※山形県限定)
  • サントリー(「笑点」とのコラボ企画、「福T(笑点オリジナルTシャツ)」プレゼント 2007年春)
  • 日清オイリオTOKIO城島茂山口達也と共演)
  • サントリー(「笑点」とのコラボ企画、「福バッグ(笑点オリジナルバッグ)」プレゼント 2008年春)
  • サントリー(「笑点」とのコラボ企画、「福ジャン(笑点オリジナルジャンパー)」プレゼント 2008年秋)
  • サントリー(「笑点」とのコラボ企画、「帰ってきた福T(笑点オリジナルTシャツ)」プレゼント 2009年春)

[編集] 主な著書

  • 失敗しない司会進行実例百科 (池田書店 刊)
  • 失敗しないスピーチ・あいさつ実例百科 (池田書店 刊)

[編集] その他

  • 1980年 - 、税務大学校講師
  • 1991年9月、アメリカンM&N大学より哲学・理学博士号(ディプロマ・ミル)授与(購入)
  • 1992年11月、国税庁長官より表彰を受ける
  • 1994年4月 - 、栃木・中央福祉医療専門学校客員教授
  • 1996年9月 - 、ハワイ・オアフパークゴルフ協会名誉顧問
  • 2006年4月 - 、代々木アニメーション学院学院長に就任

[編集] 一門弟子

[編集] 元弟子

  • 石田章洋(高座名:三遊亭花楽京、現在は放送作家
    • 廃業した弟子を含めれば、楽太郎の師匠である圓楽にとっては初の孫弟子となっている(カウントしない場合および真打昇進者として5代目圓楽の初の孫弟子は、好楽の惣領弟子の三遊亭好太郎となる)。伊集院をラジオに誘った張本人でもある。
  • 伊集院光(高座名:三遊亭楽大(一人目)、現在はタレント
    • 既に自主廃業をしたが、2003年の一門会には参加。楽太郎は今も身内として扱っている。伊集院自身も時折、落語家時代の話題を話すこともある。「伊集院光」は、落語家時代に上記の石田からラジオに誘われた際、ラジオでの活動を楽太郎に知られないようにするため考えられた芸名。1995年には伊集院のラジオ番組に楽太郎がゲスト出演し、思い出話に花を咲かせた後、伊集院を叱咤激励し「師弟共演」が実現した。なお、伊集院と上記現在の楽太郎の弟子である楽大は直接関係ないが、現在の楽大にその名を与える際には楽太郎から伊集院に話があったという。

[編集] 関連項目

[編集] 出典・脚注

  1. ^ (星企画の公式ホームページでは「泰通」となっている。DVD"炎の落語"内の「會 泰道」は間違い)

最終更新 2009年12月2日 (水) 06:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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