上宮中学校・高等学校
上宮中学校・高等学校の最新ニュースをまとめて検索!
| 過去の名称 | (旧制)上宮中学校 |
|---|---|
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人上宮学園 |
| 設立年月日 | 1890年 |
| 共学・別学 | 男女別学(男子校) |
| 中高一貫教育 | 併設型 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 高校コード | 27525F |
| 所在地 | 〒543-0037 |
| 電話番号 | 06-6771-5701 |
| FAX番号 | 06-6771-4678 |
| 外部リンク | 公式サイト |
上宮中学校・高等学校(うえのみやちゅうがっこう・こうとうがっこう、英称:Uenomiya Junior/Senior High School)は、大阪市天王寺区上之宮町にある私立男子校である。学校法人上宮学園が運営する。兄弟校として上宮太子中学校・高等学校、東山中学校・高等学校、酒田南高等学校などがある。
目次 |
[編集] 概要
浄土宗知恩院派による1890年創立の浄土宗教校大阪校以来の長い歴史を持ち、旧制上宮中学以来の伝統校である。そして大阪私学の中の最も古い学校の一つである。多数の歴史的学術資料を有している。 なお 織田作之助の文学にも登場する。
戦前からの進学校であり、文武両道を目指しクラブ活動も盛ん。特に野球部は、1989年春夏連続で甲子園に出場し、春には準優勝、1993年選抜大会で優勝している。野球部のキャプテンが尊敬する人物として、野球選手ではなく文芸評論家の小林秀雄の名前を挙げたというエピソードがある。
全国大会 府大会で活躍しているクラブとして 剣道部、ソフトテニス部、フェンシング部、ハンドボール部、水泳部、柔道部、バレーボール部(全国優勝)、ラグビー部、サッカー部などあり。 日本の中学校、高等学校では 初めて教養部内であるがクリケットチームが創設され 国際大会に選出されている。(クリケットとラグビーは、イングランドのパブリックスクールでの中心科目である。)
2007年春 司馬遼太郎氏の在校時の作品が発見された。 大阪近在では 地主階級の子息が多く おっとりした雰囲気から 上宮ジェントルマンと称された。
2009年度入学生から制服が一新された。
また、かつては高安高等学校・中学校という系列校が存在した。
[編集] 沿革
- 1890年(明治23年)浄土宗大阪支校設立(天王寺区生玉)。
- 1894年(明治27年)上之宮町(現在地)に新築移転。
- 1898年(明治31年)第六教校になる。
- 1901年(明治34年)学制変更により修業年限4年を5年に変更。
- 1905年(明治38年)第六・第七聠合教校になる。
- 1906年(明治39年)文部大臣より中学校と同等の認定。
- 1912年(明治45年)財団法人上宮中学校設立。
- 1916年(大正5年) 校舎1棟(木造)6教室を新築。
- 1917年(大正6年) 上宮中学校第1回卒業式(32名)。
- 1918年(大正7年) 講堂を含む本館1棟(木造)を増築。
- 1929年(昭和4年) 鉄筋本館(現1号館)竣工。
- 1939年(昭和14年)鉄筋校舎(現2、3、4号館)竣工。
- 1945年(昭和20年)本校舎占領軍に接収される。大江国民学校(現在の大阪市立大江小学校)校舎を借用。
- 1946年(昭和21年)清堀国民学校(戦災で廃校。現在の大阪市立高津中学校の場所)へ移転。
- 1947年(昭和22年)新制上宮中学校発足。新学制6・3・3制実施。
- 1948年(昭和23年)新制上宮高等学校発足。
- 1951年(昭和26年)南校校舎(木造)竣工。学校法人上宮学園へ組織変更。
- 1952年(昭和27年)本校舎接収解除。清堀校舎より本校舎へ復帰。
- 1957年(昭和32年)水泳プール竣工。
- 1963年(昭和38年)5号館竣工。
- 1964年(昭和39年)在校生徒数3,439名に達する。
- 1965年(昭和40年)1号館玄関増改築竣工。天文台ドーム竣工。
- 1966年(昭和41年)太子町校地の造成完了。
- 1967年(昭和42年)中学校の募集休止。
- 1968年(昭和43年)太子町鉄筋校舎竣工。
- 1969年(昭和44年)南校舎解体除去。
- 1972年(昭和47年)高3二コース制実施。
- 1973年(昭和48年)高3三コース制実施。
- 1974年(昭和49年)高2二コース制実施。
- 1975年(昭和50年)高3四コース制実施。
- 1979年(昭和54年)小林学園長記念奨学基金を設定。太子町鉄筋校舎並びに合宿所竣工。
- 1981年(昭和56年)総合体育館竣工。創立90周年記念式挙行。
- 1983年(昭和58年)昭和59年度より英数コースを設置。
- 1985年(昭和60年)中学校復活・開校。中学校体育館竣工。
- 1988年(昭和63年)上宮高等学校太子町学舎開校。
- 1989年(平成元年)上宮高等学校太子町学舎外部募集開始。上宮高等学校太子町学舎新校舎竣工。
- 1991年(平成3年) 上宮太子高等学校として独立。
- 1993年(平成5年) 上宮中学校開校(於天王寺)
- 2002年(平成14年)上宮中学校に特進コースを設置。
- 2007年(平成19年)高大連携の推進強化策として、近畿大学・奈良育英学園との3学校法人間で、「21世紀教育連携パートナーシップ協定」を締結。龍谷大学との間で、高大連携に関する協定を締結。
[編集] 校訓・学順
- 校訓は「正思明行」(せいしめいこう)で、「正しく考え、明るく行動する」という意味である。
- 学順とは、上宮独自の教訓のことである。
「一に掃除、二に勤行、三に学問」であり、身の回りを学習に専念できる環境に整えてから、学問に励む、という意味である。
[編集] 校歌
浄土宗宗歌と同じく法然上人の詠んだ歌で、「月影」と呼ばれている。
「月影の いたらぬ里は なけれども 眺むる人の 心にぞすむ」
ちなみに校内では毎朝、月影が流れている。
[編集] 設置学科・コース
- 普通科
- 六ヵ年一貫コース(外部募集はしない)
- 特進コース
- 標準コース(高校に進学すると名称が「一貫プレップ」に変わる)
[編集] 修学旅行
現在、英数コース、総合(プレップ)コースはドイツ4~5泊6日、六カ年一貫コースはドイツ5~6泊7日、パワーコースは研究旅行としてボストン、中学校は東北・北海道4泊5日であるが以前には中国やイギリス・フランス、沖縄(中学校)だった時代もある
[編集] 著名な卒業生
[編集] 政治・文化
- 壺井繁治(壺井栄の夫。ジャーナリスト、詩人。)
- 司馬遼太郎(小説家)
- 和田博(大阪大学名誉教授、元関西棋院理事長)
- 向江璋悦(弁護士、中央大学真法会理事長)
- 吉野伊佐男(吉本興業社長)
- 奥正孝(吉本興業よしもとクリエイテブカレッジ設立委員)
- 宮崎楢義(牛乳石鹸共進社前社長)
- 平岡英信(学校法人清風学園理事長)
- 西村公朝(仏師、元美術院国宝修理所所長、元東京芸術大学教授)
- 大西健丞(ピースウィンズ・ジャパン代表)
- 南川雅男(北海道大学環境科学院教授・地球環境科学)
- 有栖川有栖(推理作家)
- 千坂恭二(評論家、思想家)
- 古本伸一郎(衆議院議員)
- 横倉廉幸(大阪府議会議員)
- 三宅史明(大阪府議会議員)
- 森和臣(大阪府議会議員)
- 西尾正也(元大阪市長)
- 馬場好弘(寝屋川市長)
[編集] プロ野球
- 辻本泰直(元プロ野球選手)
- 山中雅博(元プロ野球選手)
- 一枝修平(元プロ野球選手)
- 片平晋作(元プロ野球選手)
- 中田宗男(元プロ野球選手)
- 柳沢高雄(元プロ野球選手)
- 笘篠誠治(元プロ野球選手)
- 光山英和(元プロ野球選手)
- 笘篠賢治(元プロ野球選手)
- 岡田耕司(元プロ野球選手)
- 西山秀二(元プロ野球選手)
- 小森哲也(元プロ野球選手)
- 元木大介(元プロ野球選手)
- 種田仁(元プロ野球選手)
- 小野寺在二郎(元プロ野球選手)
- 宮田正直(元プロ野球選手)
- 中村豊(元プロ野球選手)
- 薮田安彦(プロ野球選手)
- 市原圭(元プロ野球選手)
- 久保孝之(元プロ野球選手)
- 西浦克拓(元プロ野球選手)
- 黒田博樹(プロ野球選手)
- 筒井壮(元プロ野球選手)
- 三木肇(元プロ野球選手)
- 的場直樹(プロ野球選手)
- 大場豊千(元プロ野球選手)
- 三木仁(元プロ野球選手)
- 山田真介(元プロ野球選手)
- 渡辺正人(プロ野球選手)
- 国木剛太(元プロ野球選手)
- 金村大裕(プロ野球選手)
- 下敷領悠太(プロ野球選手)
[編集] 芸能
- 北上弥太郎(東映俳優)
- 二井原実(ミュージシャン「LOUDNESS」)
- 石原慎一郎(ミュージシャン「EARTHSHAKER」)
- 桜木健一(テレビタレント)
- ほっしゃん。(お笑い芸人)
- 井下昌城(お笑い芸人「井下好井」)
- 海部剛史(俳優)
[編集] 交通
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
|
|||||||||||||||||||||||||||||
最終更新 2009年12月1日 (火) 03:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【上宮中学校・高等学校】変更履歴

