上杉隆

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上杉 隆(うえすぎ たかし、1968年5月3日 - )は、日本ジャーナリスト

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[編集] 経歴

福岡県生まれ、東京都育ち。東京都立広尾高等学校都留文科大学文学部英文科卒業。大学在学中から富士屋ホテル(山中湖ホテル)で働き、卒業後NHK報道局勤務[1]経歴詐称問題についてを参照)。26歳から鳩山邦夫の公設第一秘書を5年間務め、退職。ニューヨーク・タイムズ東京支局取材記者になる。2000年、『石原慎太郎と五人の参謀』を執筆。その後、『文藝春秋』誌上で、外務大臣就任前の田中真紀子批判キャンペーンを行う。

退職後の2002年、フリーランスジャーナリストとして活動を開始。雑誌や書籍などで、主に政治記事を執筆。この分野に関しては議員秘書時代に築いた人脈が役に立っているという。また、日本のジャーナリズム・マスメディアのあり方に対しても批判をしている。「ジャーナリストはプレーヤーになってはいけない。」という立場を貫いている。ジャーナリズムのあり方を、ニューヨーク・タイムズ時代に学んだという。2003年には北朝鮮に入国し現地からのルポを送った。同年末イラクへの取材入国前に交通事故に遭い、退院まで約半年の重傷を負う。その後は国内の政治取材を中心に活動。また、ゴルフ専門誌にも寄稿している。愛車は、レクサスHS250h

2009年8月、民主党代表の鳩山由紀夫は、政権交代後に上杉を報道担当の首相秘書官か補佐官に起用する意向だ、と報じられた。上杉は、「打診されても受けるか分からない」と述べている[2]

[編集] 経歴詐称問題について

NHK勤務時代について、週刊現代は上杉のNHK報道局での勤務実態を「アルバイト」と指摘し、上杉の経歴詐称問題が取りざたされた[3]。一方、上杉は、平沢勝栄議員との裁判(後述)の過程で、記者職に内定し、「NHK記者見習い/NHK報道局勤務」として、NHKでの勤務実態があったことを東京地方裁判所、東京高等裁判所が認定したと自身のブログで主張し、経歴詐称について反論している。ただ、内定後NHKに正式に採用されていないこと、記者としての在籍ではなかったことは認めている [1][2]

[編集] 受賞歴


[編集] 活動・問題となった記事

2003年11月、『週刊新潮』(2003年11月27日号)の中で上杉氏が執筆を担当した「パチンコ業者から平沢勝栄代議士に渡った4000万円」で、元警察官僚の平沢が朝鮮系パチンコ業者数社から併せて4000万円のウラ献金を受け取っていたと書いた。これに対し、平沢は新潮社に対し名誉毀損による損害賠償を求めて提訴した。2005年7月10日、最高裁が上告を棄却し、300万円の支払いを命じて新潮社の敗訴が確定した。

2007年9月5日発売の『週刊朝日』で、安倍晋三首相(当時)が「麻生太郎自民党幹事長(当時)に騙された」と発言したという記事[4]を書いた。麻生太郎と与謝野馨内閣官房長官(当時)が首相を退陣に追い込む「クーデター」を起こしたという説(クーデター説)について麻生太郎、与謝野馨は公然と反論した[5] 。 また安倍首相[6]も公式の記者会見で否定している。

2008年10月2日、自身のブログの中でマスメディアが報道していた麻生内閣成立直後の「冒頭解散説」を、麻生首相周囲に解散の気配が無い事を理由に否定した[7]。その後、麻生首相が臨時国会冒頭の衆院解散を決意した可能性[8]があったが、上杉は麻生本人に解散の意向がそこまで強かったかについて、否定的な見解を示している[9]。その後、上杉は10月16日の補正予算の成立を理由に、初めて解散の可能性が出てきたことを述べたが[10]、麻生が実際に10月中旬以降の衆院解散を望んでいたという情報[11][12]が、新聞報道などで11月になって明らかにされた。

2008年10月21日発売の『週刊朝日』(2008年10月31日号)「麻生『外交』敗れたり」において、上杉は、担当記者とのオフレコ懇談会で外務省齋木昭隆アジア大洋州局長が、「いい加減な記事を書くな」と激高したこと、外務省幹部が「中曽根外相ほど無能な大臣も珍しい」と述べたことを書いた。外務省は、10月22日、「(斎木局長の)発言内容も激高したという点も、いずれも事実と異なる」、外務省幹部の大臣に関する発言も、「幹部が上杉氏の取材を受けた事実は確認されず、信憑性は疑問だ」と、朝日新聞出版に対し、記事内容についての抗議を行い、訂正を求めた[13]。これに対し上杉氏は、『週刊朝日』(2008年11月7日号)において、懇談会の様子と斎木局長の発言内容[14]、外務省幹部の発言「『無能』じゃないよ、『低能』って言ったんだよ(笑)」[15]を記述し、反論している。その後、鈴木宗男衆議院議員より、「外務省についてのマスコミ報道に対する同省の対応ぶりに関する質問主意書」が提出され、政府は、斎木局長の発言事実はなかったとする答弁書を閣議決定している[16][17]。この記事に「A記者」として登場し、取材手法への批判や、誤報であると上杉から批判された産経新聞記者の阿比留瑠比は自身のブログで反論し、伝聞に基づいて記事を書いていると上杉を批判した[18]。このブログに対して、週刊朝日の山口一臣編集長も自身のブログで再反論した[19]

2008年10月28日、ジャーナリストの山岡俊介により、同年5月5日から翌6日に民主党主催のゴルフコンペに参加していたと報じられる。上杉はゴルフに参加していた事実を認めた上で、「費用は自腹で払った」と釈明(ただし、領収書などの物的証拠はない)し[20][21]、逆にゴルフをプレーするだけで癒着や接待とみなすことは、ゴルフ競技への無理解だと弁解した。山岡は、取材対象相手とは節度ある付き合いをするのが鉄則であり、マスコミ関係者が抵抗感もなく参加することは問題だと批判した[20]

2008年11月20日、2008年11月14日からワシントンで開かれた、IMF(国際通貨基金)の機能低下やIMFの改革について議論が集中した「世界金融サミット」において、日本がIMFへ1000億ドル(約10兆円)の融資を約束したが、金融サミットの記者会見で自主的に日本の名前を出して評価を与えたのはIMF専務理事のストロスカーンただ一人であったと指摘した。金融サミットで存在感を示したのは「ドル基軸通貨の終焉」を突きつけたフランスのサルコジ大統領や、オバマ大統領の代理人であるオルブライト元国務長官・BRICsの首脳たちであり、日本の対IMF1000億ドル融資についての海外メディアでの報道内容は、評価とは程遠いものだったと述べている[22]

2009年2月19日発売の『週刊文春』(2009年2月26日号)に「安倍、福田……ひ弱な二世をつくる「後援会」」と題する記事で、安倍元総理を批判した。これに対して安倍事務所は、「事実無根のでっち上げの捏造記事」として週刊文春編集部を通じて上杉に公開質問状を送付した[23]。 しかし上杉は、安倍側が設定した回答期限に従わず、2度の「回答延期のお願い」をした上で[24]、 「週刊文春」名義で回答したが、『当回答は、未公表の著作物ですので、そのままHPで引用、公開されることはお控えください。』と記してあったと、安倍事務所は安倍のホームページで批判した。安倍事務所は、「週刊誌という媒体を使い大々的に安倍議員を誹謗中傷しておきながら抗議されると『それは密室でやりましょう』というのは虫が良すぎる」などと指摘し、HP上に証拠写真などを掲載し、上杉に再度公開質問状を3月27日付けで提出した。さらに上杉が「二千人以上収容可能な事務所を設営」と書いた記事について、上杉は回答の中で「読売新聞」 [25] から引用したと説明したが、安倍事務所は、週刊文春の記事に引用元が示されておらず、元の読売新聞の記事事態が誤りであり、さらに上杉はその記事の内容を改竄して記事をデッチあげた、と批判した [26]。 また安倍事務所は、「当初は週刊文春編集部の影に隠れ、今度は文春の顧問弁護士に任せるという卑劣な手段に出た」「上杉隆氏のデタラメさがはっきりし、これは大変と弁護士に依頼されたのだと思います」と批判している[27]。これらに対し上杉は、「安倍晋三氏のHPの質問についての当ブログでの対応は、これから誠実に行なう予定だ」と述べ、「安倍氏からの数回にわたる通知書については、「週刊文春」編集部を通じて、正式に回答を出している」、「「逃げている」という安倍氏の筆者に対する批判は当たらない」とし、「強く抗議する」と自身のブログで主張している[28]。 ただし、安倍氏と並べて抗議の対象となった阿比留氏は「彼から抗議や撤回要求の申し入れは来ていない」としている[29]

2009年3月24日、民主党・小沢一郎代表の記者会見で「政権交代が実現したら記者クラブを開放し(続け)て首相官邸に入るのか」と質問。小沢は 「日本はもっとオープンな社会にならなくてはいけない。(略)どなたでも会見にはおいでくださいということを申し上げております。この考えは変わりません」と回答し、上杉は「政権交替時の、記者クラブ開放の言質を取った」とした[30]


[編集] 著書

  • 石原慎太郎五人の参謀(小学館)
  • 田中真紀子の恩讐(小学館)
  • 田中真紀子の正体(草思社)
  • 議員秘書という仮面 - 彼らは何でも知っている(小学館)
  • 小泉の勝利 メディアの敗北(草思社)
  • 官邸崩壊 安倍政権迷走の一年(新潮社) - 韓国語版も発売された。
  • ジャーナリズム崩壊(幻冬舎)
  • 宰相不在(ダイヤモンド社)

[編集] 参考文献

  • 「上杉隆インタビュー」『ダカーポ』No618、マガジンハウス社。

[編集] 脚注

  1. ^ 『官邸崩壊』『ジャーナリズム崩壊』の経歴欄
  2. ^ 【09衆院選】鳩山氏、上杉、寺島両氏を首相秘書官などに産経ニュース 2009.8.28 01:17
  3. ^ 『週刊現代』2007年10月13日号「ペストセラー『官邸崩壊』著書・上杉隆氏の“経歴崩壊”」
  4. ^ 「筆者〔上杉〕は官邸周辺から、安倍が「麻生に騙された」と苦い言葉を漏らす場面を聞いている。そもそも、身内だけに漏らした不満の言葉だ」(『週刊文春』2007年9月27日)。
  5. ^ 読売新聞2007年9月24日
  6. ^ 読売新聞2007年9月24日
  7. ^麻生首相に解散の気配なし - 解散日程を勝手に捏造したマスコミの困惑」『ダイヤモンド・オンライン』2008年10月2日
  8. ^ 「『文藝春秋』2008年10月10日、「10月上旬解散」念頭にあった?=麻生首相が月刊誌に手記」『時事通信』2008年10月28日。
  9. ^ 『週刊新潮』2008年10月30日号。「文春「麻生論文」の筆者は朝日編集委員の噂」
  10. ^ 『東京脱力新聞2.0』2008年10月17日。「やっと正式な解散風が吹いてきた」
  11. ^麻生首相:先月13日解散明言 心変わりで公明と亀裂」『毎日新聞』2008年11月1日。
  12. ^解散「やろうやろう」=先月10日、首相が細田氏に」『時事通信』2008年11月1日。
  13. ^外務省が週刊朝日に異例の抗議、訂正求める」『産経ニュース』2008年10月22日。
  14. ^ 『「情報公開もしないくせに、われわれの紙面を批判する。到底容認できない-」 毎日新聞の記者がこう詰問した直後、斎木局長は顔を紅潮させて反論した。「だから、私は自分の非を認めたじゃないか。ミスリードしたって認めたじゃないか」』「「外務省が本誌に抗議」に反論する!」『週刊朝日』2008年11月7日号。
  15. ^ 上杉は反論記事で、その匿名の外務省幹部に再び確認、「『無能』じゃないよ、『低能』って言ったんだよ(笑)」と、中曽根大臣を批判したことは認めたと主張した。「「外務省が本誌に抗議」に反論する!」『週刊朝日』2008年11月7日号。
  16. ^政府答弁書で「週刊朝日」上杉記事を否定」『産経ニュース』2008年11月11日
  17. ^外務省についてのマスコミ報道に対する同省の対応ぶりに関する質問主意書」衆議院 質問答弁経過情報
  18. ^週刊朝日・上杉隆氏の記事に反論します。」2008年10月30日 。
  19. ^産経新聞から「訂正文掲載の申し入れ」(爆)!」2008年10月30日
  20. ^ 軽井沢1泊ゴルフコンペ付き 民主党のマスコミ接待リスト出回る」『ストレイ・ドッグ(山岡俊介取材メモ)』2008年10月28日。
  21. ^民主党のマスコミ接待リスト 上杉隆氏の釈明」『ストレイ・ドッグ(山岡俊介取材メモ)』2008年11月3日
  22. ^ 「10兆円拠出してもコケにされ続ける、日本外交のいつもの敗北」週刊上杉隆 第54回 2008年11月20日
  23. ^ <相次ぐ週刊誌の事実無根の中傷・捏造記事><週刊文春>上杉隆氏に抗議・通知書送付 (安倍晋三のホームページ)
  24. ^ 上杉隆氏 公開質問状に対する回答期限守らず(安倍晋三のホームページ)
  25. ^ 読売新聞1993年7月11日号「二千人以上を庭に集めることができる巨大事務所を設営、名簿の再チェック、ローラー作戦を展開」
  26. ^ 「実はこの記事(読売新聞)自体、誤りがあります。選挙戦の実態を理解していれば分かるはずです。庭があるような選挙事務所を設けることは考えられません。大勢の支持者が集まるためには、庭があれば邪魔になるからです。実際、事務所の前は駐車場とそれに続く歩道がありました。上杉氏は「庭」(前述したように事実とは違うが)を削り、あたかも二千人収容可能な巨大事務所を設営したというウソを読者に信じ込ませようとしているのです。その上「名簿」だけなのに「父の後援会」と書き加え、「安倍派秘書を山口に送り込んで、ローラー作戦」となっています。読売新聞を引用したと説明しながら、こうした手口で「ウソ」に「ウソ」を重ね、記事をデッチあげているのです。」『上杉隆さん!答えて下さい』<追記>
  27. ^ 《上杉隆氏の嘘 動かぬ証拠》 (安倍晋三のホームページ)
  28. ^ 東京脱力SPORTS & RESORTS(試作版) ~ゴルフとスパと、時々、永田町2009.3.27【謝罪要求】 自称「保守政治家」を嗤う 万国の「自称ジャーナリスト」(JJ)よ、分裂せよ! 【反撃開始】
  29. ^ 上杉隆氏の低次元なレッテル貼り癖について(コメント欄)
  30. ^ 小沢代表から記者クラブ開放の言質をとった記者会見での質問

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月25日 (水) 13:03 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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