上浮穴郡
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上浮穴郡(かみうけなぐん)は、愛媛県の郡。人口9,842人、面積583.66km²、人口密度16.9人/km²。(2009年11月1日、推計人口)
以下の1町を含む。
- 久万高原町(くまこうげんちょう)
[編集] 歴史
- 1878年(明治11年) - 郡区町村編制法により浮穴郡が分割し誕生。(44村)
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行。(15村)
- 上野尻村(かみのじりむら)、下野尻村(しものじりむら)、久万町村(くままちむら)が合併し、久万町村となる。
- 菅生村(すごうむら)がそのまま菅生村として存続。
- 東明神村(ひがしみょうじんむら)、西明神村(にしみょうじんむら)、入野村(いりのむら)が合併し、明神村(みょうじんむら)となる。
- 上畑野川村(かみはたのかわむら)、下畑野川村(しもはたのかわむら)、直瀬村(なおせむら)が合併し、川瀬村(かわせむら)となる。
- 露峯村(つゆのみねむら)、父野川村(ちちのかわむら)、二名村(にみょうむら)が合併し、父二峰村(ふじみねむら)となる。
- 日野浦村(ひのうらむら)、中黒岩村(なかくろいわむら)、上黒岩村(かみくろいわむら)、大川村(おおがわむら)、有枝村(ありえだむら)が合併し、弘形村(ひろかたむら)となる。
- 仕出村(しでむら)、七鳥村(ななとりむら)、東川村(ひがしがわむら)が合併し、仕七川村(しながわむら)となる。
- 沢渡村(さわたりむら)、黒藤川村(つづらがわむら)、久住村(くずむら)が合併し、中津村(なかつむら)となる。
- 上川村(かみがわむら)、中川村(なかがわむら)、本川村(ほんがわむら)が合併し、参川村(さんがわむら)となる。
- 大平村(おおひらむら)、日野川村(ひのかわむら)、町村(まちむら)、寺村(てらむら)が合併し、小田町村(おだまちむら)となる。
- 立石村(たていしむら)、南山村(なんざんむら)が合併し、石山村(いしやまむら)となる。
- 吉野川村(よしのかわむら)、中田渡村(なかたどむら)、上田渡村(かみたどむら)、臼杵村(うすきむら)が合併し、田渡村(たどむら)となる。
- 西谷村(にしたにむら)、柳井川村(やないがわむら)が合併し、柳谷村(やなだにむら)となる。
- 杣野村(そまのむら)、大味川村(おおみかわむら)が合併し、杣川村(そまがわむら)となる。
- 小屋村(こやむら)、川上村(かわかみむら)、北平村(きたひらむら)が合併し、浮穴村(うけなむら)となる。
- 1900年(明治33年)8月20日 - 久万町村が町制施行し、久万町(くまちょう)となる。(1町14村)
- 1924年(大正13年)2月11日 - 菅生村を久万町に編入。(1町13村)
- 1934年(昭和9年)1月1日 - 杣川村を面河村(おもごむら)に改称。
- 1943年(昭和18年)4月1日
- 1943年(昭和18年)9月1日、明神村を久万町に編入。(1町10村)
- 1955年(昭和30年)3月31日
- 1959年(昭和34年)3月31日、川瀬村、久万町、父二峰村、美川村の一部(槇谷)が合併し、久万町となる。(2町3村)
- 2004年(平成16年)8月1日、久万町、美川村、面河村、柳谷村が合併し、久万高原町(くまこうげんちょう)となる。(2町)
- 2005年(平成17年)1月1日、小田町が喜多郡内子町、五十崎町と合併し、新しい喜多郡 内子町(うちこちょう)が発足。郡より離脱。(1町)
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最終更新 2008年10月15日 (水) 15:31 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【上浮穴郡】変更履歴


