上瀧和則
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上瀧 和則(じょうたき かずのり、1968年5月20日 - )は、大阪市阿倍野区出身で佐賀県佐賀市在住の競艇選手。佐賀支部所属。身長166cm、血液型はA。登録番号3307の60期生、同期には濱村芳宏(第26回笹川賞優勝)・烏野賢太(第36回総理杯・第6回競艇王CC優勝)・倉谷和信(第50回近畿地区選手権など記念4勝)・藤丸光一(第54回ウェイキーカップで初の記念を獲得)といった一線級のA1級・7点レーサー(競艇界で勝率7点台の選手は全選手の約5%にすぎない)がズラリと並ぶ。気合の漲るイン戦速攻を得意としており、過去のSG4勝は全て1コースからの勝利である(逃げ3回・抜き1回)。師匠は長崎出身、第21回鳳凰賞を制した「大村ゴッドファーザー」古川文雄。
徹底したイン取りや冷酷なまでのレース内容から付けられた愛称は、「非情のワイルドボーイ」、「エースのジョー」など。
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[編集] 主なSG・GIビッグタイトル
※記念優勝通算19回(SG4回、GI15回)
[編集] 人物・エピソード
- イン屋の典型で、何号艇であろうと相手が誰であろうと1コースを取りに行く。最低でも2コースには入る。余程のことがない限り、回り直しをしたとき以外は外側のコースを選ぶことは無い。理想の勝ち方は、「外枠から前付けして、80まで流れ込んでもインから逃げ切ること」。
- コース取りには妥協を許さない上瀧だが、同期の選手相手だと無理にコースを取りに行かない事も。同期(60期)では一番年下の彼なりの義理から来るものではないかと思われる。
- 強面の顔付きからは全くといっていいほど想像できないであろうが後輩の面倒見が非常によく、九州の選手から非常に慕われている。2005年11月の第8回競艇王チャレンジカップで優勝後、福岡支部の瓜生正義と抱き合った姿は記憶に新しい(上瀧の優勝で、瓜生は賞金ランキングギリギリの12位で賞金王決定戦競走の出場権を手に入れた)。
- フライング休みの後輩選手を海外旅行に連れて行った事もある。ちなみに、旅行費用や土産代まで全て上瀧自身が賄っている。
- 植木通彦とは新鋭時代からのライバルであったがフライング渦に陥る(一時期はF3を犯して最低ランクのB2にまで陥落)うちに大差をつけられた。しかし、SG初制覇となった第43回博多全日本では宿敵・植木を艇史に残る接戦の末に競り落として宿願のビッグを掴み取っている。
- 2007年、戸田競艇場で行われた第17回グランドチャンピオン決定戦競走の2日目・予選競走第11レース中に西島義則と接触して転覆。救助艇に乗っても動かない為≪死んだのでは≫と言う噂が流れた(本人は平気であったが、公傷のため帰郷)。
- 地元水面の唐津を得意にしているが、最も相性がいいのは芦屋。初1着・初優勝をはじめ、SG(先述の第8回競艇王CC)や記念レース(平成5年に周年記念・平成7年に施設改善記念を獲得)でも実績を残している。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年7月24日 (金) 13:03 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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