上田晋也

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 上田 晋也
本名 同じ
ニックネーム 亀、ピョんす[1]、上ぴょん[2]
生年月日 1970年5月7日(39歳)
出身地 日本熊本県熊本市
血液型 O型
身長 172cm
方言 標準語
最終学歴 早稲田大学教育学部中退
師匠 コント山口君と竹田君
コンビ名 くりぃむしちゅー
相方 有田哲平
芸風 漫才コントツッコミ
立ち位置
事務所 プライム→株式会社ナチュラルエイト
活動時期 1991年 - 現在
同期 ナインティナインよゐこキャイ〜ンなど
現在の代表番組 おしゃれイズム
おとなの学力検定
過去の代表番組 誰も知らない泣ける歌
他の活動 俳優
配偶者 既婚
親族 上田啓介(実兄・タレント)
  

上田 晋也(うえだ しんや、1970年5月7日 - )は、日本お笑いタレント司会者。所属事務所は株式会社ナチュラルエイト。くりぃむしちゅーツッコミ担当。相方は有田哲平。身長172cm、体重63kg。

目次

[編集] 来歴

熊本県熊本市出身、熊本市立城南中学校熊本県立済々黌高等学校卒業。高校在学中にラグビー部で有田哲平と出会う。当時の上田はいわゆる学校番長的存在で、有田はその上田に付いていくような感じであった。高校を卒業して熊本予備校に通う。一浪を経て、早稲田大学教育学部国語国文学科に入学するも中退。たまたま芸能事務所に履歴書を送る日に久しぶりに会っていた有田哲平を誘い、お笑いコンビを結成してデビュー。上田本人がネタを見て1度も笑ったことが無いというコント山口君と竹田君の付き人としてスタートする。当時のコンビ名は、海砂利水魚 (かいじゃり すいぎょ)。当初は海砂利水魚というのが落語の「寿限無」から出てきた言葉だということを知らなかった。

数々のライブ経験をこなす。TBSウンナンの気分は上々。』で、さまぁ〜ずとのグループ名の改名を賭けた対決に敗れる。内村光良によりくりぃむしちゅーに余儀なく改名を命じられる。以降は、コント重視の作家志向な芸風から一転し、バラエティ中心にタレント業で活躍するようになる。

2004年12月14日に同郷・熊本県出身の一般人女性と結婚。2006年6月7日に第1子となる女児が誕生していた事を、同月11日放送の日本テレビ系列『おしゃれイズム』内で発表。

2006年8月からCS放送テレ朝チャンネルにて、単独の冠番組『上田ちゃんネル』がスタート。上田と仲が良い古坂大魔王やプライムの後輩芸人浜ロンなどが出演。CS放送ということもあり上田のノリ次第で自由に放送内容が決まるスタンスが一般視聴者はもちろん、業界視聴者にも好評を得ている。

[編集] 人物

[編集] 芸風

  • 現在はツッコミを担当しているが、デビュー当時はボケ担当であった。現在もたまにボケ役にまわることがある。
  • 芸能界きっての「うんちく王」として有名。テレビ朝日系列『虎の門』のコーナー「うんちく王決定戦」で三代目うんちく王となった。以来トークの巧みさを買われ、執筆、教育番組にも出演。彼の雰囲気を模倣しているであろう芸人も少なくない。『天才ビットくん』(NHK)で子供にも人気が集まり、単独でも活躍中。例えツッコミ(例:番組の収録に子供がたくさんついてきたときに「ぞろぞろついてきてっけどロッキーの撮影じゃないんだから!」や、「アントニオ猪木キングコング・バンディボディスラム・マッチみたいになってけどよぉ!」や、「ベーコンレタスエッグつくねライスバーガーか!」や、しゃべくり007で我が家の谷田部が全くしゃべらなかったときは「雪国の軽自動車か!」など)を得意とし、とっさの切り替えしの速さと巧さ、ボキャブラリーと知識の豊富さには定評がある。またうんちくブームが去る前に、うんちくを披露する機会を減らしネタを従来の「ボケ・ツッコミ」に戻すなど、戦略的な面も持っている。うんちくなどに詳しい反面最近の雑学をテーマとするクイズ番組などには一貫して参加していない。
  • 話術にも優れ、バラエティ慣れしていない俳優やスポーツ選手などから話を引き出すのが上手い。『ダウンタウンDX』で貴乃花親方が出演した際、浜田雅功が「親方は(上田が司会の)おしゃれイズムの時はよく喋っていたのになあ」とぼやいたことがある。
  • 島田紳助は『しゃべくり007』出演時に「最も人数の多い30代の芸人の中で上田は一番」「上田や名倉は(将来)大丈夫だと思う。この二人が難なく生き残れるほど芸能界は甘くないが、お前ら(堀内健有田哲平原田泰造)が出し抜くことはない」「自分を謙虚に評価している上田は脅威。そういう奴は失敗しない」と非常に高い評価を与えている[3]。また2009年7月26日放送の行列のできる法律相談所では「10年後は上田が日本中を仕切っている。有田は見失っても上田だけは見失うな」「人として優れている」「上田は男気がある」と絶賛していた。

[編集] 家族

[編集] 趣味・趣向

  • 松田優作の大ファンで無名時代に墓参りに行った事があるという。松田の声真似が非常に上手く、木村拓哉から教えを請われたこともある。
  • 大の長渕剛ファンとしても有名。18歳の時、熊本市民会館で行われた長渕剛のコンサートで、長渕の投げたハーモニカをキャッチすることに成功した。今でも大事に保管している(後年長渕本人にその思い出話をしている)。長渕本人とはライブでステージに上がって一緒に歌ってくれと頼まれたり、メールを交換しあったりなど親交が深い。テレビ朝日『くりぃむナントカ』の番組企画「第2回長渕剛ファン王決定戦」で、事前に知らされていなかった長渕本人の乱入ライブに感涙し「芸能界に入って今日が一番嬉しかった」と話した。現在もコンサートへ行っている。
  • 他には仲間由紀恵の大ファンである。
  • 好きなスポーツは野球ボクシング。ボクシングジムに通っている。ボクシングに詳しい人間だと自負しているが、テレビ局で見かけた亀田興毅そっくりさんを本人と勘違いして、1人で大喜びしたことがある。また、中日ドラゴンズファンであると公言している。浪人生時代にはウォーレン・クロマティ巨人)が、投手・宮下昌己(中日)から背中に死球を受け、クロマティが帽子を取って謝るようジェスチャーを交えて要求したものの、宮下が応じなかったためクロマティが宮下を殴打し、両軍入り乱れた大乱闘にまで発展した試合(開催地は熊本藤崎台球場)をレフトスタンドから観戦していた[5]
  • ボクシング生中継の国内タイトルマッチでは年数回で観客席で観戦している場面が映されている。
  • 辛い食べ物が苦手[6]
  • 高校時代はプロレスにかなり熱中しており、熱狂ぶりは相方の有田以上だったという。試合開始直前にアントニオ猪木が観客席に投げたタオルを受け取ったことがあり(アントニオ猪木のセコンドだった橋本真也が、他のファンに取られないように手に巻きつけてくれた)、それを大事に自宅の壁に飾っており、「アントニオ猪木さんのタオル(本物)」と書かれた紙も張っていた。所謂プロレスの「暴露本」を読みショックを受け、プロレスから興味が離れていった。
  • 海砂利水魚時代からゴルフを始め、2009年3月にレッスンを受け始めた。
  • 小学校の頃から水谷豊のファンで、『相棒』を観たり服装を真似している。
  • 競馬予想・馬券購入を爆笑問題田中裕二としている。
  • 映画鑑賞が趣味で、『ダイハード』や『ターミネーター』が好きである。

[編集] 容姿

  • トレードマークは天然パーマの髪型。番組内で「どうも天然パーマです」と自己紹介することもある程だが、『世界一受けたい授業』(2009年2月28日放送)で、癖毛でない事が判明。1998年は金髪、坊主頭にしていたこともある。
  • ロンドンハーツ』の企画で騙されてストレートパーマをかけられ髪型をストレートにさせられたことがある。しかし彼のくせの強い天然パーマは1時間で元に戻ってしまった。
  • ファッションセンスが悪く、よく他人に笑われるが開き直ることにしている。結婚後は、家を出る前に妻にファッションチェックをしてもらうようになったが、3回に1度は服を変えるよう言われる。

[編集] 学生時代

  • 学生時代は番長であった。
  • 早稲田大学を受験したのは、大学といえば早稲田だからという理由と、兄よりもいい大学に受かりたいという理由から。早稲田大学の様々な学部を受験した結果合格したのが教育学部だった。入学後、各種サークルの新歓コンパに参加するも、大抵の場合、一次会終了時に先輩から遠慮するように言われていた。その理由は、トイレから帰って来るときに下半身を露出しているなど、周りをまったく考えずに一人で騒ぎすぎたからである。その後も、どのサークルにおいても馴染むことができず、大学生活もつまらないものとなってしまい、最終的には中退に至ることとなった。

[編集] その他

  • 高所恐怖症かつ閉所恐怖症であり、観覧車に乗っただけでも身動きが出来なくなり、2009年5月31日放送「おしゃれイズム」ではジェットコースターに乗る事を渋り「本当にすいませんでした!」と言い土下座して結局乗らなかった。
  • 催眠術に全くかからない為、催眠術そのものを信じていない[7]
  • 初体験は21歳[8]とされていたが、後に20歳に訂正[9]
  • 相方とは対照的に、家電に全く興味が無い。テレビもつい最近まで14型のブラウン管テレビを使用。画面の映りが非常に悪く、常時ザラっとした映像が流れていて、アンタッチャッブル柴田英嗣と「タイタニック」を見たときはレオナルド・ディカプリオが2人いるように映り、TRFが出演しているときはTRFが何人いるか把握できないぐらいの映りの悪さ(ゴースト)でテレビを見ていたという[10]
  • 番組で有田の強烈なプッシュにより、PioneerプラズマテレビKUROの50インチを購入するも、ブルーレイの画像の美しさはその際の視聴を同番組のコーナーの放映に利用される等の事が相俟って理解出来ず、地上波デジタル非対応のHDD&DVDレコーダーを使い続けると言うことでブルーレイレコーダーの購入は固辞した。[11]
  • 記憶力が優れており暗記する企画では活躍する事が多い。
  • 夜の男性ホルモン量は51.4であり、朝と夜のホルモン量の差は17.5である[12]

[編集] エピソード

  • お笑いタレントになっていなければテレビ朝日アナウンサー(あるいはフリーアナウンサー)を目指していたらしい。
  • 過去にアンジャッシュ児嶋一哉を居候させていた。その時の児嶋は勝手に冷蔵庫を開け食べ物を食べていたり、上田のベッドを占領していたりしたが、上田は一切怒らず寝ている児嶋に毛布をかけてやっていたという。
  • ラジオ番組で駒大苫小牧第86回夏の高校野球を優勝すると半分冗談で予想するが的中した。この他にも冗談混じりで言ったことが実現することが少なくなく、自分には予知能力があるのかも知れないと語ったことがある。
  • 髭男爵は上田に「お前ら髭でも男爵でもないな」と言われたことがきっかけで現在の貴族キャラクターを作った。
  • 2008年の24時間テレビ内のドッキリ企画にて、「有田はどうかは分からないが、俺はコンビの解散を考えたことは一度もない」、「相方は一番死んで欲しく無い人間」などと発言しており、コンビ愛は非常に強い様子。
  • ロンドンハーツ』で行われた第1回女性芸能人が選んだ抱かれたい芸人GPでは2票入っており42位だった。第2回では4票で20位だった。
  • 木山裕策の妻とは高校時代の同級生である。木山が一家で商店街を散歩していたら当時海砂利水魚だった2人が営業に来ており、上田は木山の妻に気づいたが、「やりづらいから、さっさと帰れ!」と言った。
  • テレビ視聴時間は1週間に30分以下である。
  • 『ロンドンハーツ』のコーナー“スタートリック”に上田は仕掛け人として出たが、過激すぎてお蔵入りになってしまった事が田村淳により明らかになった[13]
  • 1991年頃に渡辺謙の大河ドラマでの付き人をしていた[14]

[編集] 単独の出演

コンビでの出演については、くりぃむしちゅーの項目を参照

[編集] 出演番組

[編集] 過去の出演番組

[編集] ドラマ出演

[編集]

  • 竹中平蔵・上田晋也のニッポンの作り方(2008年、朝日新聞出版

[編集] 舞台

[編集] ものまねレパートリー

[編集] 主な友人

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注・出典

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  1. ^しゃべくり007』など
  2. ^ 2009年4月17日放送回『爆笑問題の検索ちゃん
  3. ^ 2008日12月1日放送回より
  4. ^ 2004年フジテレビ「広告大賞」より。
  5. ^ 2007年6月19日放送回「くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン」より
  6. ^くりぃむナントカ』のコーナー「からいやつら」で本人が発言
  7. ^くりぃむしちゅーのたりらリでイキます!!』のコーナー「催眠術 上田晋也にかけたら○○万円」で発言。
  8. ^めちゃ×2イケてるッ!』出演時に有田が暴露した。
  9. ^ 『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』第158回の放送にて。相手は大学での新歓コンパで出会った女性であったため、大学1年時の4月、5月の出来事であると有田・上田両者が主張した。
  10. ^くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』内での発言
  11. ^シルシルミシル』「家電原始人上田に最新家電を」の回
  12. ^世界一受けたい授業』より
  13. ^ 2009年3月24日放送回『ロンドンハーツ』より
  14. ^ 2006年10月24日放送の『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』第64回より

最終更新 2009年11月22日 (日) 06:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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