上陸戦

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第一次世界大戦においてクライド川から上陸を行う様子
史上最大の上陸戦であるノルマンディー上陸作戦
上陸訓練を行うLCACK1戦車

上陸戦(じょうりくせん、:landing warfare)は、近代戦争における戦闘形態の一つである。この戦闘を計画として作戦に起こしたものを水陸両用作戦(すいりくりょうようさくせん 、:amphibious warfare)という。一般的には、敵の支配下にある陸地へ海などの水域を越えて侵攻を試みる作戦の実行に伴って発生した戦闘を主にさす。

目次

[編集] 概要

基本的に上陸戦は、野戦のように偶発的な遭遇により発生することがある戦闘形式とは違い、交戦者のいずれかの陣営が意図的に実行しない限り、発生しないものである。

発生の経緯は、敵の支配下にある陸地へ、何らかの理由により水域を越えて侵攻する必要が生じ、海岸線、岸などの支配権を奪取することを目的に味方の陸上戦力を送り込むことから始まる。

その規模や方法は、目的に応じて様々なであるが、主に次のようなものが挙げられる。

[編集] 敵前強行上陸

これは、海岸や川岸を守備する敵の正面に味方の陸上部隊を送り込み、敵の沿岸防衛網を殲滅して強引に自軍の支配下に納め、その地における支配権を確立しようとするものである。

通常は、大規模な陸上戦力を投入し、支配下においた海岸を足がかりにして、さらに内陸へ攻め込む計画や小さな島嶼であればその島嶼の奪取及び、それに引き続く次の侵攻計画が準備されている場合がほとんどであり、戦争の行方を左右するような大規模なものが実行されることもある。

よって、上陸地点の選定にあっては、次の計画に向けて迅速に橋頭堡などの兵站機能を持つ拠点の確保が必要となることから、敵が強力な防御網を敷いていることがわかっていても後続部隊の活動の利便並びに引き続く侵攻に必要となる大量の武器弾薬食料などといった物資の陸揚げ等の事情を考慮して決定しなければならなくなる。

そして、その性格上、攻める側は敵の支配下へ最も不利な条件で乗り込む形になり、さらに守備側が、上陸可能な地域に強固な戦闘陣地を築城している場合は、上陸の時点において激烈な戦闘が発生し、多数の死傷者が生じることが明らかであるため、十分な数の地上部隊が確保され、十分な支援(艦砲射撃爆撃等)が行える体制でない場合は、沿岸の拠点の確保はおろか、海に追い落とされる可能性すら出てくる。

戦史に刻まれる著名な上陸戦のほとんどは、この敵前強行上陸であり、特に戦史に残るような上陸地点における激烈な戦闘が発生するのは、この敵前強行上陸に対して守備側が一歩も引かない防御を行った場合である。

また、近代戦ではないが、元寇における弘安の役で元軍が、日本側が築いた防塁を避けて志賀島に上陸する際、これを予想して迎え撃つために待機していた日本側の大軍との間で発生した戦闘もこれに該当する。

[編集] 隠密上陸

これは、事前の調査によって敵がいない場所に陸上部隊を送り込むものである。

偵察破壊活動などを目的として小規模な特殊部隊によって遂行されるコマンド作戦など、少数の兵士が闇夜にまぎれて海岸線まで小さなゴムボートで進入を試みる場合などで採用されることが多い。

この場合は、特に艦砲射撃などの支援が行われることはなく、上陸地点付近まで潜水艦など隠密性の高い艦船で輸送され、目的を果たした後は、速やかに引き上げてしまうのが常である。また、北朝鮮の拉致作戦やイスラエルの要人暗殺作戦のように、テロとの区別があいまいな作戦が行なわれる事もある。

しかし、敵の巧妙な兵力の隠蔽により敵の守備戦力を見誤ったり、調査後に敵の兵力が作戦予定地点に移動して来たりなどの理由により、強力な敵の抵抗に遭遇してしまうこともあり、実施直前まで敵の配置に関する情報を正確に収集する必要がある。

作戦の性格上、公に発表される事は多くない(発表される場合には大規模な作戦に付随する事が多い)が、北朝鮮イスラエルロシアなどはこうした任務の特殊部隊を多数保有している。

[編集] その他

敵前強行上陸と隠密上陸の双方の要素を持つもので、ベトナム戦争メコン川デルタ地帯において、南ベトナム解放民族戦線の拠点もしくはシンパとなっている村落を急襲する作戦がアメリカ海軍によって行なわれた。内容は、火炎放射器を搭載した河川警備艇(強襲支援哨戒艇-実質的には砲艦に近い)による水上からと、武装ヘリコプターCOIN機(時として戦闘攻撃機も投入)による空からの援護のもと、SEALSによる小規模・散発的な上陸攻撃であった。

河川やデルタ地帯の性格上、陸地と水上が接近しているため、陸上に陣取る敵からの迫撃砲RPG-7機関銃などによる反撃も激しく、航空機による援護は必須であった。なお、作戦の性格から、舟艇・航空機・SEALSともにアメリカ海軍の所属である。

[編集] 特徴

小規模な隠密裏の偵察目的のものは別として、大規模な上陸戦の実行においては、陸軍海軍(軍事構成によっては空軍も含む)という、政治において反目しがちな組織が複雑に連動して動く統合作戦であり、あらゆる形態の戦闘の中でもっとも複雑なものである。

よって、所属の異なる軍種間の調整を専門に行う組織の設置が重要な要素を占め、第一次世界大戦ガリポリの戦い(近代戦において当時としては史上最大の上陸作戦であった)では、このような役職が置かれず、統制が取れなかったと伝えられている。

なお、アメリカ軍など、航空戦力を有する海軍と密接に関連した水陸両用作戦を実行可能な陸上戦力である海兵隊などを保有している場合については、ウォッチタワー作戦などに見られるように海軍と海兵隊の二軍連携による実行も可能であるが、それでも戦術においてもっとも複雑であることに変わりはない。

上陸戦は、その陸海空の所属が異なる戦力が同時進行で展開する戦術面での複雑さから、その作戦中よりも作戦前の計画時における入念な確認が成功の鍵となり、作戦中の混乱が命取りとなる可能性も多分に含んでいる。攻める側としては、最も綱渡り的な要素が強いとも言え、例としては、ウォッチタワー作戦で上陸したアメリカ海兵隊は引き続く物資の揚陸が遅れ、その隙に日本軍の艦隊突入が実行されたことで、深刻な物資不足に陥り危険な状態に置かれた(このときは、日本軍の鹵獲物資を流用することで難を逃れた)。

また、投入兵力については、作戦計画時の上陸先によっても変わるが、島嶼に対する上陸戦では、相手兵数の3倍もの兵力を投入することも珍しくはない。これは、攻める側にとって圧倒的に不利な条件で始まる戦闘であるからに他ならない。

大規模な敵前強行上陸が多く行われ、現在に続くノウハウが確立された第二次世界大戦アメリカ海兵隊の例では、グアムの戦いで約3倍、硫黄島の戦いで3倍強の兵力が投入されたほか、ウォッチタワー作戦では日本軍の戦闘要員600人(全体では戦闘要員含め2600人が駐留)に対して、20倍もの兵力である12,000人が上陸した。ただし、これは日本軍の防御兵力を過大に見積もっていたためであり、マキンの戦いにおける約10倍などといった特殊な例を除き、基本的には3倍程度を上陸させた。

なお、上陸時の支援については、ガダルカナル島上陸作戦(ウォッチタワー作戦)やディエップ上陸作戦(ジャビリー作戦)以降の大規模上陸作戦では上陸実行前に入念な艦砲射撃(海軍)や航空攻撃(空軍。ただし、島嶼に対するものの多くは海軍航空隊)を加え、相手の防御能力を奪った上で上陸するのが第二次世界大戦後期の連合軍ではセオリーとなった。しかし、強固な地下防衛陣地については、艦砲射撃や航空攻撃では相手の防御陣地に決定的打撃を与えることはできないということが、ペリリュー島ペリリューの戦い)や硫黄島硫黄島の戦い)で統計的に証明されている。

[編集] 上陸作戦の一覧

[編集] 関連項目

最終更新 2009年9月1日 (火) 13:25 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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