下条みつ

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日本の旗衆議院議員 下条 みつ
生年月日 1955年12月29日(53歳)
出身地 長野県松本市
出身校 信州大学経済学部卒業
学位・資格 経済学士(信州大学) 
前職 厚生大臣秘書官・富士銀行参事役・証券会社部長
所属委員会
内閣役職
衆・国土交通委員会委員
世襲 3世
父・下条進一郎(参議院議員)
祖父・下条康麿(参議院議員、貴族院議員)
選出選挙区 長野2区
当選回数 3回
所属党派 民主党(羽田グループ)
党役職 長野県総支部連合会政調会長
会館部屋番号 衆・第1議員会館336号室
ウェブサイト 下条みつ 衆議院議員 長野2区
  

下条 みつ下條 みつしもじょう みつ、本名:下條 光康[1]しもじょう みつやす昭和30年(1955年12月29日 ‐ )は、日本政治家衆議院議員(3期)。羽田グループに所属。主な支援団体は、鹿島建設富士電機ホールディングス信州大学医学部附属病院など。

祖父は文部大臣を務めた下条康麿。父は厚生大臣を務めた下条進一郎

目次

[編集] 経歴 ・人物

長野県松本市出身”と称している[2]千代田区立番町小学校開成中学校・高等学校(東京都)、信州大学経済学部を経て富士銀行に入行し、自民党参議院議員であった父親の厚生大臣(海部内閣)就任に伴い退行。秘書官となる。

2003年11月9日に行われた第43回衆議院議員総選挙長野県第2区から民主党公認で出馬し、自民党対立候補の村井仁国家公安委員長防災担当大臣(現長野県知事)を破り初当選を果たした。(村井は比例代表制による復活当選。)

2005年9月11日に行われた第44回衆議院議員総選挙に同じく長野県第2区から出馬し、民主党逆風の中2度目の小選挙区当選を果たした。

構造計算書偽造問題では、証人喚問などで同じ民主党の馬淵澄夫長妻昭らとともに厳しく追及した。

週刊新潮2009年2月5日号において元秘書らに”暴力代議士”として実名で告発され、度重なる精神的・肉体的な暴力や理不尽な言動、不正の身代わりの強要、秘書給与のピンハネ、スピード違反などの道路交通法の違反の強要等が報告されているが、それに対する本人コメントは今のところ出されていない。

2009年8月1日大町やまびこまつりから、秘書が運転する乗用車で松本ぼんぼんへ移動中に、長野県安曇野市穂高北穂高の長野県道306号で、車線をはみ出して対向車と正面衝突するという事故を起こし、本人は胸の骨を折るなど一ヶ月の重症を負い、また相手側の運転手にも顔を切るなどの軽症を負わせた。全治一ヶ月と伝えられた怪我も、8月3日の事務所開きは欠席も、その後は選挙活動を行った。

同年8月30日第45回衆議院議員総選挙に長野2区から民主党公認・国民新党推薦で出馬し158,666票を得て、務台俊介(自民党)などに大差をつけ3期目の当選となる。

[編集] 役職

  • 農林水産団体局次長
  • 中小企業局次長
  • 中央代表選挙管理委員
  • スポーツ団体局次長

[編集] 家族 親族

  • 祖父 康麿(官僚、政治家)
  • 進一郎(官僚、政治家)
  • 母 裕代(元経団連会長石川一郎長女)
  • 妻 実奈子(松坂屋令嬢)
  • 一男一女 

[編集] 系譜

下條家
高祖父通春は松本藩御典医。曽祖父鋼吉は医師。祖父康麿文部大臣を務めた。父進一郎厚生大臣を務めた。
  
    ┏鋼吉━━康麿━━進一郎━━みつ
通春━━┫
    ┗於蒐吉…久馬一

                       

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 平成17年衆議院小選挙区選出議員選挙長野県第2選挙区選挙長告示第2号 平成17年(2005年)8月30日
  2. ^ 下条 みつ公式サイトには「出身・本籍地 長野県松本市」とあるが、同じく衆議院議員の後藤茂之とは小学校時代の同級生であることから本来は東京育ちであり、地元の支持を得るために長野県出身であることを強調していると思われる。

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年9月13日 (日) 02:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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