下谷

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下谷(したや)は、東京都台東区の一地区。町丁名での下谷は現在1丁目から3丁目まで存在する。旧東京市の15区制下では下谷区であった。

郵便番号 110-0004

目次

[編集] 歴史

縄文時代までは上野の高台以外は海底か湿地であった。荒川利根川からの土砂が堆積し陸地化する。

明治時代には、従来の下谷以外の谷中や上野の高台も含めて東京15区のひとつ、下谷区となる。

第二次世界大戦では空襲により多大な被害を受ける。上野駅から御徒町駅にかけての高架沿いには戦後の混乱期にアメヤ横丁(通称アメ横)ができる。

[編集] 地名の由来

下谷という地名は上野湯島といった高台、又は上野台地が忍ヶ岡と称されていたことから、その谷間の下であることが由来で江戸時代以前から下谷村という地名であった。本来の下谷は下谷広小路(現在の上野広小路)あたりで、現在の下谷は旧・坂本村に含まれる地域が大半である。

[編集] 沿革

  • 1590年 領地替えで江戸に移った徳川家康により姫ヶ池、千束池が埋め立てられる。寛永寺が完成すると下谷村は門前町として栄える。江戸の人口増加、拡大に伴い奥州街道裏道(現、金杉通り)沿いに発展する。江戸時代は商人の町として江戸文化の中心的役割を担った。
  • 1657年 明暦の大火の後火除地として下谷広小路(現在の上野広小路)が整備される。
  • 1713年 下谷町として江戸に編入される。
  • 1868年 上野の山に彰義隊が立て篭り新政府軍と戦闘、寛永寺の多くの建物が焼失する。その後、上野の山は日本初の公園である上野恩賜公園になる。
  • 1877年 第一回内国勧業博覧会が上野公園で開催された。
  • 1878年 東京15区の一つとして下谷区が成立。
  • 1882年 嘉納治五郎が下谷稲荷町の永昌寺講道館を作る。(後に、文京区春日町に移転)
  • 1883年 日本鉄道会社の上野-熊谷間が開通し上野駅が開業する。その後上野駅は北陸、東北への玄関口となり駅周辺はさらに発展する。
  • 1885年 上野佐竹原に高村光雲らが大仏の張りぼてをつくる。1888年、下谷区上野西黒門町に日本初の本格的ヨーロッパ風カフェ「可否茶館」が開店する。(4年後には閉店)1900年、下谷区二長町に凸版印刷合資会社が設立される。
  • 1912年 鶯谷駅ができる
  • 1927年 日本初(東洋初)の地下鉄である東京地下鉄銀座線(上野-浅草間)が開通する。
  • 1947年 浅草区と合併し台東区となる。
  • 1985年 東北新幹線が上野駅まで乗り入れる。

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最終更新 2009年8月22日 (土) 06:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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