不老会
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不老会(ふろうかい)は1961年(昭和36年)に愛知用水の発案者・久野庄太郎によって設立された献体団体である。
[編集] あゆみ
知多半島の台地の農業開発を促進する為、久野と当時安城農林高校教諭だった浜島辰雄によって発案された愛知用水。用水の完成によって知多半島の住民生活は著しく向上し、産業も発展したが、反面完成までに56名の犠牲者が出た。中でもバイパストンネル工事は難工事で5人の犠牲者が出た。
久野は、「私が殺したようなものだ。私がこんな仕事を始めなければ、この人達は死ななかった。」と嘆き悲しみ現場にひれ伏した。
久野は犠牲者の戒名をもらって、家でも朝夕供養に努めたが気が治まらなかった。
久野は工事現場の土を集め常滑の柴山清風に水利観音500体を造ってもらい、恩人に配布して供養を依頼したが、工事の犠牲者やその遺族の心情を想うと悔やまれてならず、苦悩の毎日であった。
そんな苦しい胸中を当時の名古屋大学総長勝沼精蔵に告白したところ、
「医師の養成のためには解剖を教えなければならない。しかし現在、大学医学部では解剖用遺体が絶対的に不足している。あなたもいっそのこと献体運動に身をささげては」と助言された。実情をしり、久野は即座に献体の意思を示した。
直ちに自らの身体を献体登録(夫人も即刻同意)することによって安心立命を得ることができた。その後の生涯を、献体活動にかける決意で家族や用水建設の同志に働きかけ、その輪を広げた。これが不老会の始まりである。
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