世界一周双六ゲーム

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世界一周双六ゲーム
ジャンル クイズ番組ゲーム番組
放送時間 日曜日11:00-11:45
(第1回-1983年2月、関西地区のみ)
日曜日19:00-19:30
(1983年3月-最終回、テレビ朝日系全国ネット)
放送期間 1980年4月6日-1986年3月30日
放送国 日本
制作局 ABC
演出 山村啓介
プロデューサー 松田和夫
出演者 乾浩明ほか

世界一周双六ゲーム(せかいいっしゅうすごろくゲーム)は1980年4月6日から1986年3月30日まで放送されたABC制作のクイズゲーム番組

目次

[編集] 出演者

  • 司会
  • 出題ナレーター
    • 松本洋子→寺嶋千恵子→中村友美
  • アシスタント
    • 不明→田口美幸→岩崎ちひろ

[編集] 番組の歴史・概要

知識・反射神経・運を試すクイズ&ゲーム番組。赤・青・黄・緑の4人の解答者がクイズに解答してサイコロを振りながら、すごろくに見立てた世界地図上を進み、世界一周を目指すというコンセプトの、視聴者参加型のクイズ番組であった。

「世界の各都市を回るすごろく形式のクイズ」というのは、これより3年前の1977年4月3日1978年3月26日TBSで放送した『クイズ世界をあなたに』(司会:関口宏。放送枠は日曜11:00~11:30と当番組とほぼ同じ)が有り、当番組の源流といえる。

当初は関西ローカルの放送で、日曜日11:00-11:45で放送されていた。その後、KSBでも同時ネットされるようになったほか、HTBなど一部の系列局でも遅れネットではあるが放送するようになった。司会だった乾の大阪弁丸出しの演出・司会振りが受けて、1983年3月6日よりテレビ朝日系全国ネットに昇格、同じ日曜日19:00-19:30の30分間の放送となり、たちまち全国でも人気番組となり、乾も人気が全国区となった。また関西ローカル時代は毎年8月になると当該時間帯にて全国高校野球選手権大会中継を優先しなければならなかったため、別のネット局への裏送りを余儀なくされていたが、全国ネット化されてからはそれがなくなった反面、放送時間は逆に15分縮小されてしまった。

収録はABCホール(2代目)での公開録画だった(『三枝の国盗りゲーム』と隔週で収録した)。全国ネット進出時の番組宣伝のCMでは「30分間世界一周!『うっそー!』うそじゃありまへん。本当なんです」をキャッチフレーズにしていた。その後のCMでは「クイズ番組クイズ番組いうても普通のクイズ番組やない!!」と言うものもあった。

全国ネット進出当初はタケダ[1][2]一社提供。中期はタケダと複数スポンサー提供となり、末期はタケダが降板[3]し、複数スポンサーの提供だった。

[編集] 番組構成

  • 45分番組時代は前半戦→CM→中盤戦→CM→後半戦で構成。
  • 30分番組となってからは前半戦→CM→後半戦で構成。
    • オープニングの際、乾が「皆さん、今晩は。日曜の夜(全国ネット化以後)いかがお過ごしでしょうか。クイズとサイコロでお楽しみ頂いております(前半戦あとのCM明けでも言う)(タケダ一社提供時代は「武田薬品提供」と言う)世界一周双六ゲーム、司会の乾浩明です。どうぞよろしくお願いします。(次に出題者、アシスタントが挨拶する)この番組は4人の解答者がクイズを競っていただきまして正解者にはサイコロを振っていただきます。サイコロの出た目の数だけ世界の各都市を回っていただくとこういう番組でございます。そして首尾良くゴールインした方には、ハイ!」と言ったあと、出題者がアメリカ西海岸旅行を紹介して、乾が順位別の賞金と今週の「ガックリ都市」の箇所を紹介する。

[編集] ルール

ルーレット式サイコロのイメージ。矢印の方向にルーレットが進む。
  • 早押しクイズで解答権を得て乾が色の名前(「赤!!」というように。但し、当初は名前で指名していた)で解答者を指名してクイズに解答後、正解・不正解に関わらず電子サイコロを操作し、出た目の数だけすごろく形式の世界地図の50都市を進んでゴールを目指した。正解はサイコロの出た目の数だけ進んだが、逆に不正解の場合は出た目の数だけ下がった。ただし、不正解で戻ったにもかかわらず、飛行機に乗れる都市へ戻ったために、逆に前進するケースもあった。各解答者席の左下に進んだマスのカウント(0-50を電光表示)、右下に現在位置の表示(鉄道などで用いる反転フラップ式案内表示機、俗にいうパタパタ)をしていた。なお、問題文が途中だった場合は、出題者が解答した後に残りを読んだ。なお、現在の「パネルクイズ アタック25」(1994年3月6日放送分から採用開始)にあるような、画面下部への「答:○○××」の字幕スーパーは一切出て来なかった。
    • 世界地図を模したセットのゴール付近の真下に、長四角の枠に沿って1-6の目が各4つずつ並べられたルーレット型の電光サイコロが配置されており、解答者はこれを見ながらボタンを押してルーレットを止めた(解答席のモニターを見て止める事は出来ない)。その際、解答者の顔を映した映像を枠の中に合成した画面が映し出され、その映像の隅を1-6の出目が高速で時計回りに移動していた。タイミング良くボタンを押せば狙った目に止める事が出来る。その為、完全な運任せではないが、緊張と電光サイコロが超高速(一周0.8秒)の為、上手くいかない事が多い(勿論、上手い人もいる)。電光サイコロを振る前に乾がどこで止めなければいけないかを的確にアドバイスしていた。
    • 問題文を読み上げている途中で解答した場合は解答後に問題文の続きが読まれるが、途中でもあと少しで問題文を読み終わるところで解答した場合は続きは読まれない。
  • 毎回、50都市のうち3都市に「ラッキー都市」(赤い丸型電光で表示)が配置され、ここに止まると賞品が獲得できた。同じく3都市に「ガックリ都市」(紫の六角形型の電光で表示)が配置されており、ここに入るとスタート(東京)に戻された。
  • 同じABCの番組「パネルクイズ アタック25」や「三枝の国盗りゲーム」は、解答席の色によって効果音が違うが(アタックは早押しとパネル獲得の音、国盗りは領地獲得の音)、この番組では色の区別無く同じ効果音が使われた。
  • 正解して他の解答者と同じマスに止まった場合にはファンファーレが鳴りさらに6マス進む。上手くいけば最高24マス(サイコロで6を出して別の解答者のマスに止まり、以降は飛び石の様に、他2人の解答者のマスに止まる)、飛行機を利用すれば更に前進できる可能性がある。逆に不正解で同じマスに止まった場合は「ボヨーン」という間が抜けたBGMが鳴り逆に6マス戻った(全国ネット化以降)。前進、後退に関わらず、移動した先に他の解答者のコマや飛行機、「ラッキー都市」や「ガックリ都市」があった場合、乾のアドバイスによりその指示に従った。
    • ローカル時代前期は、先にそのマスにいた人が、後から来た人が移動してそのマスから離れるまで解答権がなかった(3人以上が重なった場合は、後に入った人から出て行かなければならなかった。不正解で戻って他の人と同じマスになった場合は、自分に解答権がなくなった。解答権がない人は、その間、『パネルクイズ アタック25』で不正解した時のように、ずっと立っていなければならなかった)。
    • ローカル時代後期は、先にいた人が6マス戻るというルールだった。このルールのため、ローカル時代後期は、最初のCM入りあたりまで全員でスタート近くをウロウロしている状態が続いた(中盤戦以降は徐々に進んだ)。後述の「オーロラコース」とともに、全国ネットで30分番組になるのに合わせ、早く前進できるルールに改められた。全国ネット化後の初期は、先にいた人が6マス戻って後から来た人が6マス進むというルールだった。ローカル時代後期に、応募してから出場が決まるまでの間に関西を離れてずっと番組を見ていなかった人が、不正解で他の解答者と同じマスになったら立ち上がってしまって、乾に制止されたこともあった。
  • 景品を獲得すると解答者席上に「ラッキー都市」札が置かれる(景品については後述)。また解答者が「ジャスト宣言」を行った場合は「ジャスト宣言」札も置かれる。
  • 最後にゴールの東京に戻り「世界一周」を達成すると、天井(解答者席上)に吊るされていたくす玉が割られて紙吹雪が降り(ゴールデンタイム進出後の途中から。紙テープ風船はなし)、日本交通公社のLOOK(現・ルックJTB)による海外旅行獲得となったが(目録代わりにプレートが贈呈された)、ローカル放送の時代、ノーマル(ゴールに必要な出目の数字以上)の場合はハワイ旅行、「ジャスト宣言」(これについては後述)をしてゴールに必要な出目と同じ数字のサイコロを振れば(オーバーした場合はその分戻された)、アメリカ西海岸旅行がペアで獲得できた。「ジャスト宣言」せずにジャストでゴールした場合はアメリカ西海岸旅行1人。全国ネット化後はアメリカ西海岸旅行に統一されたが、「ジャスト宣言」しなかった場合には1人のみ、「ジャスト宣言」して成功すればペア分を獲得できた。後期はゴールして海外旅行を獲得した場合、解答者の座っている色で「西海岸旅行決定」(ジャスト宣言ゴールの場合はこれに「ペアで」の文言が付く)というテロップが表示された。
    • ゴールの際に流れるファンファーレはその後、同局のローカル番組「娘100人ムコ6人?」でオーストラリア旅行獲得成功のときにも使われていた。
    • ゴールを決めて海外旅行を獲得した場合、司会者席と解答者席の間のステージで世界地図をあしらったパネルのバックは一瞬だけそのゴールした解答者の色に変わり(パネルのバックは水色で、青の場合は濃い青が使われている。ラッキー都市に入った場合も同じ様に変わる)、さらにその解答者が目録(プレート)を受ける際、ゴールのランプから画面を引いた上で解答者と同じ4色のバックラインを虹色のように見せる演出があった。
    • 後期にはアメリカ西海岸旅行であるのに、ハワイのレイをかけられた。
    • 解答者の1人がゴールしても時間が余った場合には他の解答者でクイズとゲームは続行するため、1回の放送で旅行獲得者が2人以上出たこともあった。そのため、ゴールインした解答者を専用席へ誘導させた後、乾は「時間はまだまだありますので、問題の方を続けてまいりましょう!」とセリフを言うお約束事が必ずあった。
  • 賞金は長らく到着都市番号(0-50)×2000円だったが、タケダがスポンサーを降りた末期は1位20万円、2位10万円、3位5万円、4位はゼロだった。なお、末期の途中で順位を示す表示灯(1位のみ周りの赤ランプ点灯)が解答席に設置された。
  • 鐘の音が鳴ると、時間が一杯になったことを告げ、最終問題に突入した。

[編集] 主なクイズコーナー

  • 「HIROくんのちょっとブレイク」(なぞなぞ問題が2問、後に音楽問題もこのコーナーに内包された)
  • 「ラッキーチャンス」(後半戦1問目 正解・不正解に係わらず、解答権を得た解答者は2回サイコロを振る)
    • また、「ラッキーチャンス」とは呼ばれなかったが、末期には最終問題も2回サイコロを振ることが出来た。
  • 「世界一周地理クイズ」(2回サイコロを振る。途中で廃止)
  • 「人物クイズ」(前半戦途中 2回サイコロを振る。なお乾が正解について確認していたときは「問題を振り返ってみます」と言っていた)
  • 曲のタイトルを使って文章を作り、歌手やグループ名を当てる問題(「パネルクイズ アタック25」でも出題されている問題)
  • なぞなぞの問題では、「双六はそろそろヤメにしようと話していたら、今度はカルタを持ち出してきた東南アジアの町はどこでしょう?」(正解「ジャカルタ」(じゃあカルタ))などダジャレ系の問題が出題された。また番組が用意した正解と異なっても正解になることがあった。「いつも巣がぎゅうぎゅうになっている鳥は何でしょう?」という問題(正解「コンドル」(混んどる))で、「スズメ」と答えた解答者に不正解のブザーの後で理由を聞き、「巣に詰めてるから」と答えると、「おもろい!正解にしよ!」と乾の裁量で正解になった。乾は問題に入る前に「ダジャレ、ひらめきでいきましょう!難しく考えないようにね」と言った。

[編集] 司会・乾の主な特徴

  • 本来は基本的に標準語を話さなければならないはずであるアナウンサーながら、まるでタレントのような乾の出場者への関西弁ツッコミや、独特の強引な司会進行ぶりが笑いを誘うのが特徴であった。
  • 一方、解答者の中にはサイコロを振る時、乾のツッコミの影響で緊張してしまい、ルーレットを止めるスイッチを押すところを、誤って解答用の早押しボタンを押して収録会場内が爆笑になったこともあった。
  • ただ、解答者へのアドバイス(「サイコロでどの目を狙うのがよいか」など)は、即時に計算し正確かつ的確に行い、解答者を応援する姿勢を隠さなかった。
  • なお、司会の乾は同局制作のクイズ番組「霊感ヤマカン第六感」にも解答者として出演しており、霊感ゲームの問題で乾に対して「双六」が出題された。

[編集] 双六のルート

  • ルートの都市名は番組内の表記と同じものとする。第1回から最終回までルートは同じであった。解答者席の表示はソウル以外、全て黒に白文字。
0. 東京(スタート)
  1. ソウル大韓民国)(このマスのみ全国ネット化後の解答者席の表示は白に黒文字) →オーロラコース:次回の出目 1 で29.モスクワへ飛べる(全国ネット化後のみ)
  2. ウランバートルモンゴル
  3. 北京中華人民共和国
  4. 上海(中華人民共和国)
  5. ホンコン(当時イギリス領・現中国領香港特別行政区
  6. マニラフィリピン
  7. グアム(アメリカ領) →飛行機で11.ジャカルタへ
  8. ウェリントンニュージーランド
  9. シドニーオーストラリア
  10. パース(オーストラリア)
  11. ジャカルタインドネシア
  12. シンガポール(シンガポール)
  13. バンコクタイ王国
  14. コロンボスリランカ) →飛行機で21.アジスアベバへ
  15. ニューデリーインド
  16. カブールアフガニスタン
  17. テヘランイラン
  18. アンカラトルコ
  19. カイロエジプト
  20. リヤドサウジアラビア
  21. アジスアベバエチオピア
  22. ナイロビケニア
  23. アンタナナリボマダガスカル)(なお放送開始当初は「タナナリブ」だったが、視聴者の投書によって改められた)
  24. ケープタウン南アフリカ共和国
  25. アクラガーナ
  26. カサブランカモロッコ) →飛行機で33.モントリオールへ
  27. ローマイタリア
  28. ウイーンオーストリア
  29. モスクワ(当時ソビエト連邦・現ロシア
  30. ストックホルムスウェーデン
  31. ロンドンイギリス
  32. パリフランス
  33. モントリオールカナダ
  34. ニューヨークアメリカ合衆国
  35. シカゴ(アメリカ合衆国)
  36. ニューオーリンズ(アメリカ合衆国)
  37. ハバナキューバ
  38. カラカスベネズエラ
  39. リオデジャネイロブラジル
  40. ブエノスアイレスアルゼンチン
  41. ホーン岬(アルゼンチン・チリ)(このマスのみ都市名ではなく観光地名である)
  42. サンチアゴチリ
  43. リマペルー
  44. パナマパナマ)(このマスから「ジャスト宣言」の申告が可能となる)
  45. メキシコシティーメキシコ
  46. ロサンゼルス(アメリカ合衆国)
  47. バンクーバー(カナダ)
  48. アンカレジ(アメリカ合衆国)
  49. ホノルル(アメリカ合衆国)
  50. 東京(ゴール。末期はゴール表示であった)

50都市選定には、冷戦時の世界情勢や民族対立を考慮し、番組スタッフらも相当慎重だったという。

[編集] 特別マス

飛行機
グアム、コロンボ、カサブランカのマスに止まったとき、それぞれジャカルタ、アジスアベバ、モントリオールまで自動的に移動できる。不正解の時にも適用されるため、クイズに不正解だったが飛行機を使い結果として前進、というケースもたびたび見られた。全国ネット化以降しばらくして、後述の「ガックリ都市」が3か所となった際、飛行機に搭乗できる都市に止まると「振り直し権」が獲得され「ガックリ都市」に止まる数字を出してしまった際、1度だけ振り直すことが可能となった。振り直し権の目印は解答者席机上に電照式のサイコロ形の置物が置かれ、内蔵のランプが点灯すると振り直し権取得を意味していた。ただし後に、これも後述する「ガックリ都市」のうちの1つがニューデリー - アクラ間に移された際に廃止された。
「ラッキー都市」(全3か所)
赤丸の縁取りのマス。このマスに止まった時に、景品を獲得できる。景品はシャープ製等の家電品や旅行カバンやカメラコダック(当時は長瀬産業の事業部)のディスクカメラもあった)や腕時計SSKスポーツ品ジャージなど多種多様であった。景品は同じマスに何度止まっても同じ景品ではあるが獲得することができる[4]。また3か所の「ラッキー都市」の景品はそれぞれ別に設定されている。場所は毎回移動するが、ある程度の傾向がある。クイズが不正解なのに獲得したケースも「飛行機」同様に見られた。その際に出題者は「おめでとうございます。○○さんには××を差し上げます。どうぞ、お持ち帰り下さい。」とコールするお約束事が必ずあった。3番目のラッキー都市は2番目または3番目のガックリ都市の前後1マスにあった。ハバナとブエノスアイレスがガックリ都市の場合、ニューオーリンズ、カラカス、リオデジャネイロ、ホーン岬のいずれかがラッキー都市だった。
「ガックリ都市」(ローカル放送時は1か所→2か所、全国ネット化以降は2か所→3か所)
紫色の六角形で縁取られているマス。番組当初は「動乱の都市」といわれた。このマスに止まると自動的にスタート位置(東京)に戻される。場所は毎回移動するが、後半のマス(シカゴ - リマの間、特にハバナとブエノスアイレス、あるいはカラカスとホーン岬の組み合わせが多かった)で、3番目の「ラッキー都市」の隣とその前後3マスに必ずあり、中期は振り直し権があった為、南北アメリカに2マス空けて3か所並びの場合があった(シカゴ・カラカス・ホーン岬か、ハバナ・ブエノスアイレス・リマの組合せが殆どだった。振り直し権を獲得しないと結構キツイ配置だった)、番組末期にはシカゴ - リマ間は2か所になって残り1か所はニューデリー - アクラ間(特にカブール、アンカラ、カイロ)に設定された。サイコロを振って入る可能性があると電飾がゆっくり点滅し、警告していた。
全国ネット化されてからは、乾がオープニングでどの都市に設定したか紹介していた。中には1回の放送で、2回ガックリ都市に止まってしまう出場者も数人いた。またガックリ都市に止まり振り出しに戻ったにもかかわらず、最終的にゴールした解答者もいた(中には2回ガックリ都市に止まりながら、最終的にゴールした解答者もいた)。オープニングの解答者紹介前に乾は「一番いやなところ、ガックリ都市です。例によって2つ(3つ)あります。」とコールし、その後すぐに該当都市の紹介をするお約束事が必ずあった。
オーロラコース」(全国ネット化以降)
ソウルに設定されている、虹色で縁取られた丸いマス。ここに止まった際、次回以降の問題で正解してサイコロを振り 1 を出せばモスクワまで移動できる。 1 以外の目のときはそのまま移動せず。不正解時には自動的に振り出し(東京)に戻される。別の色のコマがある時に入ると前進時なら6マス前進ルール(7番グアム、飛行機に乗って11番ジャカルタまで行ける)、後退時ならスタートに戻される。つまり、オーロラコースに挑戦出来るのは1人だけである。

※その他に特番だけであったが、そのマスに止まると簡単な罰ゲームが課せられる「ドッキリ都市」も存在していた。赤い紅葉を模った縁取りのマスである。

[編集] ジャスト宣言

番組開始当初には存在していなかったが、のちに「ジャスト宣言」ルールを追加した。これはゴール手前6マス(パナマ)以内に解答者のコマが進んだ場合に適用されるルールである。この時、乾が「さぁゴール手前に入りましたでぇー!!ジャスト宣言できますがどないしますか!?」と解答者に聞く。なおこの時に宣言しなくてもゴール手前6マス以内であればいつでも「ジャスト宣言」はできる。宣言した場合には「ジャスト宣言」札が解答者席上に置かれ、ゴールを超える分のサイコロの数についてはその分がゴールから戻される。一度「ジャスト宣言」をした場合は取り消しはできないが、ゴールできると、ペアでのアメリカ西海岸旅行が獲得できた。

また、例外として44~49までの都市に誰か入っていて、ほかの人がはじめて同じマスに正解で入った場合は「ジャスト宣言」することなく強制的にゴールとなった。この場合は、アメリカ西海岸旅行はジャスト宣言していない場合と同じく1名分獲得となる。

「ジャスト宣言」制定までは「ジャスト賞」があったが、すぐになくなっている。

[編集] トップ賞・トップゴールイン賞

番組開始当初より「トップ賞」があった。ただし誰もゴールできなかった場合のみに限り、解答者の座っている色で「今週のトップ賞」というテロップが表示されて最高成績をあげた解答者に贈られていた。

45分番組時代の全国ネット格上げ前の頃の「トップ賞」はサイコロの目ごとに景品が設定され、獲得した解答者が電動サイコロを振って決めていた。しかし全国ネット化された際に「トップ賞」はダイヤモンド指輪のみになったためサイコロの目による景品設定は廃止された。また番組開始当初は「トップゴールイン賞」が存在した。この賞品はトップでゴールした解答者に限り、旅行の副賞として「グローバル時計世界時計)」が贈られた。のちに「トップゴールイン賞」は廃止となった。

ゴールインした解答者がいた場合は、「トップ賞」の賞品は「視聴者プレゼント」(当時クイズ番組では一般的に存在していた)に回される。この場合、全国ネット化前は司会者の乾がゴールインした解答者席に行ってサイコロを振って決めていた。このときの進行は出題者の松本が担当した。これも全国ネット化以降は指輪となった。応募は今週の「ガックリ都市」のマスに書かれている3か所の地名のうち1か所を葉書に書いておくことが条件だった。

[編集] 主な特集や大会

  • 「芸能人大会」
  • 「美人アナウンサー大会」(1983年6月5日に放送、翌年以降も放送された可能性あり。1983年の場合、制作局ABCからは永井由起子[5]テレビ朝日からは堀越むつ子が出場)
  • 「人気漫才大会」(1983年7月10日放送。オール阪神・巨人明石家さんま島田紳助ゆーとぴあレツゴー三匹が出場したものの、サイコロの目の狙いすぎか、あまり前進しなかった)
  • 「夏休み小学生大会」(1983年8月14日に放送、翌年以降も放送された可能性あり。全国の小学生が解答者となる夏休み特別企画。司会者・スタッフ・出場者全員が、番組ロゴ入りのオリジナルTシャツを着用していたが、ゴールインしても贈呈される賞品はアメリカ西海岸旅行ではなく(これは旅行自体が大人向けのメイン賞品であるため)、ラッキー都市に止まった際にもらえる賞品と同じ賞品に差し替えられていた。ジャスト宣言のルールは大人向けと同じ)
  • 「大学生大会」
  • 「ガックリさん大会」(ガックリ都市に止まって振り出しに戻った出場者のリベンジ大会)

なお、現在の「パネルクイズ アタック25」にある「高校生と高校教師の対抗戦」(1997年8月31日放送分で新設・初登場)や、毎年9月第2~3日曜日[6]にある「熟年(60歳以上)大会」、そして毎年12月最終日曜日に行われている成績優秀者を選抜して寄せ集めた「チャンピオン大会」は、当番組では一度も行われなかった。

[編集] ゴールインした芸能人・著名人

[編集] 番組の終焉

  • ゴールデンタイム進出を果たした頃から、視聴者参加クイズ番組自体に衰退の波が訪れるようになる。
  • 裏番組だった『アップダウンクイズ』が終了し、『クイズ!!ひらめきパスワード』がスタートした半年後の1986年3月30日をもって、関西ローカル時代を含めた6年間の歴史に幕を閉じた(乾は(全国ネットで放送されていた)3年余りと言っていた)。
  • 最終回は「ダブルガックリさん特集」で、それ以前に行われた「ガックリさん大会」でさらにガックリ都市に入った出場者が登場した回だったが、ガックリ都市に3回ハマり(そのうち2回は、1人の解答者が2回ハマる不運もあった)、誰もゴール圏内に入る事が出来なかった為に海外旅行獲得者は出ず、さらに最終問題は不正解でサイコロを2回振ってスタート地点に逆戻り(9番シドニー、サイコロで 6 を2回出してスタートの東京に戻る)して終了、有終の美は飾れなかった。エンディングでは乾、出題者の中村、アシスタントの岩崎が大きく手を振りながら締めくくり、最後に「長い間、ご支援いただきありがとうございました」のテロップが出た。
  • 海外旅行獲得者こそ出なかったものの、その最終回における各解答者の成績は以下の通りだった。ちなみに当日のガックリ都市はカブール・カラカス・ホーン岬の3ヶ所。
    • 赤の男性:33点(モントリオール止まり) パースの賞品を2度、ロンドンの賞品を1度、さらにトップ賞のダイヤモンドも獲得 賞金は¥200,000
    • 青の女性:0点(最終問題で東京へ逆戻り) 賞金は¥0
    • 黄の男性:15点(ニューデリー止まり) 賞金は¥50,000
    • 緑の女性:21点(アジスアベバ止まり) パースの賞品を1度獲得 賞金は¥100,000
  • ほぼ同時期に『三枝の国盗りゲーム』も終了した為、当番組終了後、ABC制作テレビ朝日系全国ネットの視聴者参加クイズ番組は、2009年現在も続いている長寿番組『パネルクイズ アタック25』のみとなった。
  • 終了した同じ日に7時間前の「THE ビッグチャンス」が終了し、日曜に放送するABC制作テレビ朝日系全国ネットの2つの視聴者参加番組が同日に姿を消した。

[編集] スタッフ

  • 構成:池田幾三
  • 音楽:奥村貢
  • 問題作成:鈴木マンペイ、秋田千吉、吉田清、青木一郎、平岡麿紀子、武枝幸子、元生茂樹
  • 美術制作:野田和央
  • デザイン:好宮靖範
  • ディレクター:山村啓介
  • プロデューサー:松田和夫
  • 制作協力:大阪東通(現・東通大阪支社
  • 制作著作:ABC

[編集] 放映ネット局(全国ネット昇格後)

[編集] 番組関連商品

  • 1983年タカラ(現タカラトミー)よりボードゲーム「TV双六ゲーム」が発売された。詳細は外部リンクの「ボードゲーム研究所」を参照のこと。また全国ネット以前に非売品の視聴者プレゼント用として「双六ゲームセット」(正式名は不詳)が作られていた。番組中の世界地図パネルを模したシートのほか、ラッキー都市とガックリ都市を任意に設定して遊ぶためのリング(プラスチック製)、サイコロなどが付属していた。

[編集] 脚注

  1. ^ 前番組「三角ゲーム・ピタゴラス」の流れを汲み、19:00の時報の後、タケダの歌(オープニングキャッチ)が流れた。タケダと複数スポンサー提供になってからオープニングキャッチは無くなった。
  2. ^ 司会者席の上に「タケダ」のロゴとマークが付いていた。
  3. ^ 同じ日曜日放送の「アイ・アイゲーム」との競合を避けるためとされている。
  4. ^ 公正取引委員会の通達に基づき、100万円から賞金を差し引いた額まで獲得可能。なおゴールインの場合はさらに旅行代金相当額を差し引いた額までの獲得となる。
  5. ^ 1983年当時は、制作局アナウンサーの自局クイズ番組の出場禁止の取り決めはなかったと推測される。
  6. ^ 原則として敬老の日に最も近い日曜日を放送日に極力充てるようにしているが、実際の放送日をどう決めるかは、スタッフなどの裁量に委ねられている。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

[編集] 前後番組の入れ替わり

朝日放送 日曜朝11時台
前番組 番組名 次番組
不明
世界一周双六ゲーム
不明

最終更新 2009年11月14日 (土) 23:40 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【世界一周双六ゲーム】変更履歴

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