世良公則
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| 世良公則 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 世良公則 |
| 出生 | 1955年12月14日(53歳) |
| 血液型 | A型 |
| 学歴 | 大阪芸術大学芸術学部放送科卒 |
| 出身地 | |
| ジャンル | ロック |
| 職業 | 歌手、俳優、ミュージシャン |
| 担当楽器 | ボーカル |
| 活動期間 | 1977年 |
| レーベル | ポニーキャニオン MMG/ワーナーミュージック ドリーミュージック |
| 公式サイト | 世良公則 公式サイト |
世良 公則(せら まさのり、1955年12月14日 - )は、日本のロックミュージシャン、ボーカリスト、俳優。広島県福山市水呑町出身(港町生まれ)[1]。広島県立福山葦陽高等学校、大阪芸術大学芸術学部放送科卒。
==経歴・人物==
- 子供の頃から「男一匹ガキ大将」など、男とタイトルが付いた漫画は全て読んだと公言しており、硬派で独自の男道を追求している(その影響もあってか、50歳を過ぎて以降も歌番組ではスタッフと揉める)。
- 幼少期からバイオリンを習っていたが、高校時代にローリング・ストーンズ等の影響を強く受け同級生のバンド・FBIバンドに加入、ベースを担当した。バンドメンバー全員が大阪の学校に進学し「ツイスト」に改名、大阪芸大在学中に世良がボーカルに交代した[2]。
- 1977年11月、メンバーの大学卒業、バンドの解散のけじめに出場したヤマハポピュラーソングコンテスト(ポプコン)と世界歌謡祭で「あんたのバラード」でグランプリを獲得[3][4][5]。
- 世良と神本宗幸以外のメンバーが卒業後、プロになることを拒んだため、大学のバンド仲間で別のバンドにいたふとがね金太や鮫島秀樹ら、プロ志向の新メンバーで同月“世良公則&ツイスト”を結成した[6]。このためシングル「あんたのバラード」の演奏はツイスト大阪時代の創始メンバーとなる[7][8]。デビューが決まった後、東京に向かう飛行機の中で「これから起こるすべてのことを酒で忘れてしまうことのないように」と酒を断ったエピソードは有名。世良がプロになることを決意したのは、ロックは食えないという定説や、ロックに市民権はないという現実に対する反発からだった[9]。
- 1977年11月のレコードデビュー、翌1978年1月のテレビ初出演(夜のヒットスタジオ、フジテレビ、1月9日)後は、出す曲出す曲大ヒット、わずか1年足らずで頂点に立ち一世を風靡した[10][11]。
- 「あんたのバラード」(オリコン[12]最高6位)、「宿無し」(最高3位)、「銃爪 (ひきがね)」(最高1位)、「性 (サガ)」(最高5位)、「燃えろいい女」(最高3位)など。1978年7月に発売したデビューアルバム『世良公則&ツイスト』はオリコン初登場1位を記録、日本のロックバンドとして、デビューアルバムの初登場1位は史上初の快挙だった。
- それまでのニューミュージック系のミュージシャンはテレビを拒否していたが、テレビアレルギーのない世良らは、有効なプロモーシャン・メディアとしてのテレビを積極的に利用していった[13][14][15][16]。当時は『ザ・ベストテン』が始まった時期で、このようなランキング番組や『レッツゴーヤング』などのアイドル系歌番組にも積極的に出演、「銃爪(ひきがね)」で、『ザ・ベストテン』初年度年間1位も獲得した(1978年)。
- Char、原田真二と共にロック御三家と言われ、当時の売れっ子アイドル最大のステータスともいうべき「月刊明星」の表紙を日本のロックバンドで、初めて飾るなど(1978年8月号[17])「月刊明星」「月刊平凡」等のアイドル雑誌、「セブンティーン」「プチセブン」などのティーン雑誌やテレビに頻繁に登場・出演したロックミュージシャンであった[18][19][20][21][22][23][24]。
- 彼らの成功は、1970年代後半の歌謡曲とニューミュージックの全盛時代に新たに「ロック」をオーバーグラウンドにのし上げる事となった[25][26][27][28][29][30][31][32]。当時の音楽誌は「いまようやく、日本のロックは世良公則&ツイストの手で、メジャーになろうとしている」と書いた[33]。それまで商売にならなかったはずのロックが商売になり始めた、現在の「商売としてのロック」は、世良公則&ツイストを筆頭とした「ロック御三家」と、「時間よ止まれ」を大ヒットさせた矢沢永吉、ロック御三家からは、遅れてデビューしたサザンオールスターズから始まったもので、現在の"J-POP"シーンの盛況、定着もここから始まったともいえる[34]。結果的にロックはアイドル化・歌謡曲化してゆくことでメジャー化し、巨大ビジネスとなっていったのである[35][36]。
- 野生的なルックスや"演歌ロック"、"歌謡ロック"とも言われた野太い声を利かした唱法、"世良足"ともいわれたがに股など、空手風の派手なアクションで魅せる世良独自のステージングは物真似の格好のネタになる程で、後の音楽界にも多大な影響を与えた。ロックのメジャー化はもちろん、それまでのロックバンドにはなかった女性ファンを開拓した功績は大きく、新たな潮流を生み出すきっかけとなった[37][38]。サラサラ髪のおかっぱ長髪の髪型も流行、女子中・高生のアイドルになった[39][40]。1978年の雑誌の「男性タレント・セクシー度調査」でも西城秀樹、沢田研二を抜いてNo.1に選ばれた[41]。
- ロック系のヒットラッシュが続いた1970年代後半に於いて、商業的に最初に成功し[42]、1980年代の「バンドブーム」を誘発した[43]。
- ロックと歌謡曲の境目をなくして、日本でヒット性を考えてロックを作るとこうなる、という手本のような音楽性は"J-ROCKの元祖"との評価もある[44]。
- またこの頃、歌番組のスタッフにはロックミュージシャンへの偏見が強く、演出法に対してもめる事が多かったが、これらの改善にも世良らが後世に残した功績は大きい[45][46][47]。ケンカする世良の抑え役だったという桑田佳祐は"ライバルに匹敵する存在って俺の場合はいないんだけど、あえて同世代で同じ職種の人間というなら、世良クンかなぁ。テレビ局で居合わせたときに浮いてる感じが似てたしね。やっぱり世良クンというライバルがいなかったら「テレビでロックだ!」みたいな感覚にならなかったと思う。いまでもたまに会うと、なんか兄弟と久しぶりに会うときのくすがったさを感じる"と話している[48]。
- 1980年1月、それまで所属していたヤマハから独立し個人事務所・MRT(ミュージシャン・レヴォリューション・トレイン)を設立。ヤマハから独立したアーチストで成功例がないため不安視されたが、やはり独立後の第1弾シングル「SOPPO」からセールスは下降した[49]。また世良が高校時代の同級生と婚約を発表したことも大きな影響があった[50][51]。
- 1981年には桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、ダディ竹千代と期間限定ユニット「竹の屋セントラル・ヒーティング☆」を結成、ベースを担当している。そのときの名義は「世良正則」となっている。
- 1981年末に「ツイスト」解散。その後はソロとして音楽活動を開始。
- 「SERA BAND」という名称のバックバンドを率い、アルバム発売時の全国ツアーや小規模ライヴハウスを連日借り切っての「マラソンライヴ」、生誕30周年を祝う武道館公演などを精力的に展開。
- SERA BANDは1998年5月に行われた日清パワーステーションのフェアウェルライヴまでの活動が確認されているが、その後の活動記録はない。
- 1990年以降、SERA BANDによるGentle Handsと題したアコースティックライヴを毎年冬に展開して話題となる。アコースティックの活動はSERA BAND解散後も続き、その成果として2001年と2006年にはアコースティックライヴ映像集、2007年には全編アコースティックのアルバム、2008年にはアコースティックギターの教則DVDを続々リリースすることとなる。
- ソロ活動開始以降は俳優業も本格的に開始。その評価は高く、TV『太陽にほえろ!』などの刑事ドラマ、NHK朝ドラ『チョッちゃん』や『Wの悲劇』、『極道の妻たち』シリーズ、『カンゾー先生』などの映画にも多数出演し、日本アカデミー賞の第10回及び第22回助演男優賞を受賞。
- 俳優活動の代表作として挙げられる『太陽にほえろ!』では、ハンフリー・ボガート(愛称:ボギー)に心酔した、その名も『ボギー』というニックネームの転任刑事として活躍。世良本人の出身地に合わせ、広島出身、大のカープファンというキャラであった。熱血漢・直ぐにカッとなる猪突猛進の性格の反面、人情味に溢れ、小動物を愛し、純情な一面も持ち合わせる。(神田正輝演じる『ドック刑事』に言わせると、「ほ~らまた始まったよ、純愛感動路線が」とからかわれる)
が、その熱血漢が災いしてか、この頃の『太陽に~』では珍しく、転任して約1年半と言う期間で殉職・降板(第597話『戦士よさらば・ボギー最後の日』にて刺殺)となる。2枚目半の『格好良くキメているつもりの、ドジで格好悪い刑事』というボギー刑事が刺殺される場面では、必要最低限の都会の雑踏音・喧騒と、世良本人の希望によりBGMなしの音声のみで左胸をナイフで刺されるシーンを放映。法律では裁けない『悪』へ単身乗り込もうとしようとした所で不意に刺され、一瞬呆然とするボギー。そして、広島の実姉の名を呼び、無様な最期となった自分への言葉。それぞれが上手く演出され、ボギー刑事の無念さをあらわす、悲しい名場面となった。 - 1989年主演した『クライムハンター 怒りの銃弾』(東映Vシネマ)はVシネマ第一号として、その後のVシネマの量産を産むこととなる。
- NHK朝ドラ『チョッちゃん』本番において、世良自身がヴァイオリンを演奏・OAしているのを高嶋ちさ子がTVで見抜き、覚えていた。これが、後々に2人がセッションを組むきっかけとなった。
- 俳優活動の代表作として挙げられる『太陽にほえろ!』では、ハンフリー・ボガート(愛称:ボギー)に心酔した、その名も『ボギー』というニックネームの転任刑事として活躍。世良本人の出身地に合わせ、広島出身、大のカープファンというキャラであった。熱血漢・直ぐにカッとなる猪突猛進の性格の反面、人情味に溢れ、小動物を愛し、純情な一面も持ち合わせる。(神田正輝演じる『ドック刑事』に言わせると、「ほ~らまた始まったよ、純愛感動路線が」とからかわれる)
- 1989年、ツイストでのデビュー以来所属していたレコード会社であるポニーキャニオンを離れ、east west japan(ワーナーミュージック)へと移籍。いくつかの社内レーベル移動を経て、1997年まで所属。その中ではツイストの再結成活動も行った。
- 1998年から約3年間はレコード会社への所属をせずにライヴ活動に専念。1999年になると弾き語り形式のソロ・アコースティックライヴを本格的に始めるほか、ハッピーラビッツやSSKユニットなどのプロジェクト活動が活発化。ここで野村義男や櫻井哲夫と組んだことが、21世紀の活動内容へと発展していくこととなる。
- この頃から、音楽活動への専念を理由に俳優活動を休止させる。
- 2000年、自主レーベル「Spicule」を立ち上げて新譜を製作することを発表し、新曲作りを活発化させる。2001年2月に自主レーベル第一弾アルバム「nobody knows」を発表。ここではSERA BAND時代のメンバーである神本宗幸(Key.)とサマンサ(Dr.)、そしてハッピーラビッツの活動で関係が密になった野村義男をゲストプレイヤーに招いた。また、世良自身が久々にベースをプレイしている。Spiculeからは2001~2002年の間に3枚のオリジナルアルバムとファン向けの企画盤「射手座のコッコちゃん」、広島で収録したアコースティックライヴビデオをリリース。
- アルバム「nobody knows」発売記念として行ったライヴにおいて、野村義男(G.)、高砂圭司(B.)、横瀬卓哉(Dr.)という編成が実現。これが軌道に乗って正式に「GUILD9」という新バンドとなり、その後は同バンド名義でアルバムもリリース。
- 2003年、ツイスト時代の曲をセルフカヴァーした「照 TWIST SONGS」を日本コロムビアからリリース。これは6年ぶりの国内メジャーレコード会社復帰作となった(このときの商品帯に付いていたキャッチコピーは「世良が動いた!」)。
- ロサンゼルスで録音したこのアルバムの交友関係が元になり、海外ミュージシャンとのユニット「TWIST INTERNATIONAL」が誕生。2003年10月には日本武道館公演も行う。このときに出会ったエリック・ゴーフェン、マーティ・フリードマン、ダグ・アルドリッチといった人脈は、後の活動にも活きることとなる。
- 2006年、盟友の野村義男とともにアコースティックユニット・音屋吉右衛門としての活動を開始する。
- 2008年1月、デビューシングルとして新番組「ヤッターマン」の主題歌をアコースティックアレンジでカヴァー。しかし、原曲の作曲者山本正之が自身の公式サイト上で制作サイドの内部事情を暴露した際に(現在は削除済)「デモテープだと思った」と酷評。それが火種となって、往年のコアファンを始めとした新旧ヤッターマン視聴者からの批判がインターネット上で噴出することとなった。一方でそういった話題性が追い風となったのか、CD発売に先かげて開始された着うたやiTunes Storeなどの配信系販売ルートでのダウンロード数は3万曲以上を記録し、オリコンシングルCDランキング週間チャートにも初週で第38位に初登場。配信開始1ヶ月、CD発売10日前後の時点で通算5万枚のセールスを記録するスマッシュヒットシングルとなった(BARKS記事)。なお、このバージョンは当初の予定どおり2008年3月17日放送分(1クール分、第10話)まで使用されたが、世良公則はその2日後に一連の騒動に対する見解を含んだ記事を公式サイト上で発表している。
- 2008年8月、ヤッターマンと同じタツノコプロが制作した伝説的なアニメ「マッハGoGoGo」のトリビュートアルバムに参加。ベースに寺沢功一、ドラムに高橋ロジャー和久を迎えた4人編成で、名義も「音屋吉右衛門'寿」となった。
- 2008年、音楽活動への専念を理由に一部映画出演を除いて休止していた俳優業を本格的に再開することを発表(NHK『SONGS』2008年1月30日放送分にて)。
- 2008年9月12日13時45分頃、東京都渋谷区神宮前の表参道を愛車である2代目キャデラック・エスカレードで走行中、進路変更直後に後方から来た運送会社のワゴン車に追突された。双方のバンパーがへこむなどしたのみで双方にケガはなかった。現在、運送会社と示談交渉中である。
- 2008年12月24日、世良公則(GUILD9)名義及び音屋吉右衛門'寿名義によるアルバムを2枚同時リリース。異なる名義による2枚の新譜を同時発売するのは初めての試み(ツイストで新譜とライヴアルバムを同日発売したことはある)。それぞれのアルバムタイトル「UNCERCOVER」は敬愛するローリング・ストーンズのアルバム名から引用したもので、マスタリングやブックレット写真撮影者にもローリング・ストーンズと縁のある人物を起用した。
目次 |
[編集] ソロアルバム
(注)既発音源を流用したベスト盤は割愛。
- MASANORI SERA(1982年10月21日発売)ポニーキャニオン
- ファーストソロアルバム。長らくCD化されず、1995年の廉価版シリーズ企画(Q盤)で初めてCD化された。一部の曲は松任谷正隆が編曲を担当。全8曲収録。
- I am(1985年5月21日発売)ポニーキャニオン
- SERA BANDのメンバーで録音された初のアルバム。クリスタルキングのムッシュ吉崎と田中昌之、シンガーソングライターの伊丹哲也がバックコーラスで参加。全10曲収録。
- Fine, And You?(1985年11月21日発売)ポニーキャニオン
- 全9曲収録。1995年の廉価再発時にはなぜかラインナップから外れた。
- BE FINE,LIVE(1986年2月21日発売)ポニーキャニオン
- 1985年12月14日に行われた日本武道館公演の模様を録音したライヴアルバム。CDは10曲のみの収録だが、LP版は17曲収録でライヴの全容をほぼ再現している(LPでもカットされた導火線はAgainst The WindのシングルB面に収録)。廉価再発時にはラインナップから外れている。
- THIS IS(1986年11月21日発売)ポニーキャニオン
- 全9曲収録。1995年の廉価再発時には、なぜかこのアルバムが3rdアルバムと表記された。
- Tough In The City(1987年12月16日発売)ポニーキャニオン
- 眠れない街(1990年4月10日発売)MMG/ワーナーミュージック
- ワーナー移籍第1弾アルバム。全10曲収録。
- Fun to Fun(1991年8月25日発売)MMG/ワーナーミュージック
- RETURN(1992年9月25日発売)MMG/ワーナーミュージック
- ソロデビュー10周年記念盤。全10曲中新曲は3曲で、残りは既発曲の再録音。ツイスト時代の盟友・松浦善博がプロデュース。
- Do ~動~(1995年4月25日発売)east west japan/ワーナーミュージック
- ノエビアCM曲「別れの朝」、アサヒスーパードライCM曲「鼓動」といったタイアップシングルを含む全11曲収録。後のライヴで定番曲となる「Passion」はここに収録されている。SERA BANDによる録音だが、ドラム担当はSPARKS GO GOのたちばな哲也。サザンオールスターズの桑田圭祐が「桑竹居助」名義で密かに参加しており、一部曲にてバックコーラスやスライドギターを担当。
- nobody knows(2001年2月26日発売)Spicule/tokiora
- 自主レーベル「Spicule」から発売したアルバム第1弾で、全6曲収録。野村義男がゲストギタリストとして参加しており、世良公則自身が全曲でベースをプレイしている。
- Born to be Rockin'(2001年12月21日発売)Spicule/tokiora
- THIS ISに収録されていた「Night Worker」、1996年のトヨタカルディナ下半期CMソングでありながら未発売だった「Born To Be Rockin'」の再録音版を含む全7曲収録。引き続き野村義男がゲストギタリストとして参加。ベースは元チャーミースマイル&グリーンヘッドの高砂圭司。
- 1977(2002年9月13日発売)Spicule/tokiora
- 全7曲がバンド「GUILD9」(世良公則、野村義男、高砂圭司、横瀬卓哉)によって録音。
- 照 TWIST SONGS(2003年9月25日発売)日本コロムビア
- ロサンゼルスで海外ミュージシャンとともに録音。タイトルどおりツイスト時代の名曲を再録音したアルバムだが、新曲も2曲収録した全14曲。プロデューサーはエリック・ゴーフェン。
- アンプラグドライブ(2004年12月22日発売)コロムビアミュージックエンタテインメント※GENTLE3 名義
- GENTLE3が行った2004年7月のモーションブルー・ヨコハマ公演を収録したライヴアルバム。
- WE ARE GUILD9(2007年8月15日発売)ROPPONGI WAVE ※GUILD9/世良公則 名義
- nobody knows、Born to be Rockin'、1977の3枚のアルバムから選んだ12曲に、ツイスト初期3枚のシングル表題曲を加えた全15曲を、GUILD9のメンバーでスタジオライヴ形式で再録音。ベースに元カシオペアの櫻井哲夫、キーボードに元ツイストの神本宗幸を迎えた新編成での初作品。
- JACARANDA(2007年9月26日発売)ドリーミュージック ※世良公則&TWIST INTERNATIONAL 名義
- みたびロサンゼルスで作られたアルバムで、全編アコースティックでの録音。ツイスト時代の7曲とソロ時代の3曲を再録音し、新曲を2曲加えた全12曲。プロデューサーはエリック・ゴーフェン。
- UNDERCOVER~世良公則ソロシングルズ~(2008年12月24日発売)ドリーミュージック
- ソロキャリアのシングル14枚の表題曲を網羅したベスト的内容だが、全曲がGUILD9のメンバーによって再録音されている。ベースの櫻井哲夫はスケジュールの都合上6曲のみの演奏で、残りの8曲は元BLIZARDの寺沢功一が担当している。
- UNDERCOVER~タツノコソングス~(2008年12月24日発売)ドリーミュージック ※音屋吉右衛門名義
- 科学忍者隊ガッチャマン、新造人間キャシャーン、マッハGoGoGo、ヤッターマンの主題歌をアコースティックアレンジでカヴァー。新作アニメ・キャシャーンSinsのために書き下ろした新曲を含んだタツノコプロ公式のカヴァーアルバムで、音屋吉右衛門名義のデビューアルバムでもある。ヤッターマンの歌以外は、ベースに寺沢功一、ドラムに元X-RAYの高橋ロジャー和久を迎えたバンド「音屋吉右衛門’寿」としての録音。
[編集] ソロシングル
- TOKYO指紅/モーニングシャワー(1982年10月21日発売)ポニーキャニオン
- Your Song/Girl ~somebody lovin' you~(1983年6月5日発売)ポニーキャニオン
- 導火線/サスピションマインド(1984年6月5日発売)ポニーキャニオン
- Darlin'/けたたましく朝(1985年4月21日発売)ポニーキャニオン
- Say yeah ~とんだ時代に生まれちまった~/Chiken Step(1985年9月21日発売)ポニーキャニオン
- Against The Wind/導火線Live Version(1986年3月21日発売)ポニーキャニオン
- Knockin' My Heart/目撃者(1986年6月5日発売)ポニーキャニオン
- Heart Is Gold/One More Night(1987年10月21日発売)ポニーキャニオン
- Tough In The City '88version/TOKYO指紅 New Version(1988年4月21日発売)ポニーキャニオン
- 抱きしめてくれ…/雨上がりのブルースウェードシューズ(1988年9月21日発売)ポニーキャニオン
- POWER/Scrap(1989年7月15日発売)Mother&Children/ワーナーミュージック
- 別れの朝/私は風(1994年6月25日発売)east west japan/ワーナーミュージック
- 鼓動/そっと、Kissを…(1995年2月25日発売)east west japan/ワーナーミュージック
- Rambling Dreamer/REAL(1996年2月10日発売)east west japan/ワーナーミュージック
- ヤッターマンの歌/Days(2008年1月30日発売)ドリーミュージック ※音屋吉右衛門 名義(Daysは世良公則&TWIST INTERNATIONAL)
[編集] そのほかの発表音源
- Heartache 303 Live Version(1988年)※ALIVE HIROSHIMA'88に収録
- Prayer(1990年)※『クライムハンター3 皆殺しの銃弾』本編に1番のみ収録
- Prayer Live Version(1990年)※HIROSHIMA'90に収録
- Gentle Hands(1992年)※アコースティックツアー『Gentle Hands』テーマソング/未発売
- Born To Be Rockin' 1996 Version(1996年)※トヨタカルディナ1996年下半期CMソング/未発売
- for U(1998年)※テレビ朝日系『やじうまワイド』天気予報イメージソング/未発売
- Kokoro(1999~2000年)※当時のアコースティックソロライヴで演奏/未発売
- Pride & Glory(2003年)※阪神タイガース優勝祈念CD VICTORYに収録
- タイトル不明(2003年)※キリンビバレッジ「釜の茶」CM用音楽
- ヤッターマンの歌 TVサイズ Version(2008年)※『ヤッターマンSONG BOOK』に収録。音屋吉右衛門 名義
- 蒼い影 Inst. Version(2009年)※『キャシャーンSins スペシャルコンプリート』に収録。音屋吉右衛門’寿 名義
- 蒼い影 Ballad Version(2009年)※『キャシャーンSins スペシャルコンプリート』に収録。音屋吉右衛門’寿 名義
[編集] ソロ時代の音楽映像
(注)ファンクラブビデオ会報は除く
- KAIZOKUBAN(1987年 VHS)※1986年 INK STICK 芝浦ファクトリーでのライヴ映像
- HIP HIP HURRAH(1992年 VHS)※1992年 日比谷野外音楽堂でのライヴ映像(2006年にDVD再発)
- O-kiraku Live(2000年 VHS)※2000年 広島サンプラザホールでのライヴ映像
- JUST PLAY ROCK(2003年 DVD)※1999、2001、2002年のライヴ映像オムニバス集
- アンプラグドライブ DISC2(2004年 DVD)※GENTLE3アンプラグドライブの初回仕様DVD。リハなどを収録
- Acoustic Works(2006年 DVD)※2005年 Motion Blue Yokohamaでのライヴ映像
- GUILD9 REC'07(2007年 DVD)※WE ARE GUILD9の初回特典DVD。スタジオライヴを2曲収録
- JACARANDA DISC2(2007年 DVD)※JACARANDAの初回仕様DVD。リハやPVなどを収録
- 直伝ギター魂 ~seraならこうヤルッ!~(2008年 DVD)※ギター教則DVD
[編集] 歴代ユニット及びメンバー
世良公則(ヴォーカル、ギター)
- GUILD9(2001年~)
- 野村義男(ギター)
- 横瀬卓哉(ドラム)
- 櫻井哲夫(ベース)2005年に加入
- 神本宗幸(キーボード)断続的なサポートを経て2005年に加入
- 寺沢功一(ベース)2008年のレコーディングに参加
- 高砂圭司(ベース)2001年~2004年
- サマンサ(ドラム)2001年のレコーディングに参加
- マーティ・フリードマン(ギター)彼を加えるとSUPER GUILD9名義となる
- 音屋吉右衛門(2006年~)
- 櫻井哲夫 with 世良公則&神本宗幸(1999年~)
- 櫻井哲夫(ベース)
- 神本宗幸(ピアノ)
- 世良公則 with エリック・ゴーフェン&神本宗幸(2004年~)
- エリック・ゴーフェン(ヴァイオリン)
- 神本宗幸(ピアノ)
- TWIST INTERNATIONAL(2003年~/ここでは2003年の日本公演のメンバーを記載)
- マーティ・フリードマン(ギター)
- ダグ・アルドリッチ(ギター)
- ロイ・Z(ギター)
- 鮫島秀樹(ベース)
- 櫻井哲夫(ベース)
- 神本宗幸(キーボード)
- クリス・フレイザー(ドラム)
- ハッピーラビッツ(1998年~1999年/ドラムは流動的)
- SERA BAND(1982年~1998年/流動的なので、ここでは主なメンバーを記載)
[編集] プロデュース
(注)第三者のプロデュースのみを記載。
- 渡辺誠二「最近どう?」(1997年6月21日発売)A'Zip Music
- いづみきんぎょ
[編集] テレビドラマ
- 明日の刑事 ※テレビドラマ初出演作 (TBS系)
- 火曜サスペンス劇場 『さよならも言わずに消えた!』 (1981年、日本テレビ系)
- さりげなく憎いやつ (1982年、TBS系)
- ザ・サスペンス 『陽のあたる場所』 (1982年、TBS系)
- 太陽にほえろ! (1982年~1984年まで出演、日本テレビ系) ボギー刑事役
- 25才たち 危うい予感 (1984年、日本テレビ系) 主題歌・世良公則 『導火線』
- 影の軍団IV (1985年、フジテレビ系)
- 火曜サスペンス劇場 『奥能登殺人遊戯』 (1985年、日本テレビ系)
- 影の軍団 幕末編 (1985年、フジテレビ系)
- 金曜日には花を買って (1986年、TBS系)
- NHK連続テレビ小説 『チョッちゃん』 (1986年、NHK)
- ベイシティ刑事 (1987年10月~1988年3月、テレビ朝日系)/星野刑事 役 主題歌・世良公則 『Heart Is Gold』
- 東芝日曜劇場 『鳩のいる風景』 (1988年、TBS系)
- 氷点(1989年、テレビ朝日系)
- スクラップ (1989年、TBS系) 挿入歌・世良公則 『Scrap』
- 男について (1990年、TBS系)
- 火曜サスペンス劇場 『黄金を抱いて飛べ』(1991年、日本テレビ系)
- 世にも奇妙な物語 『夢』(1991年、フジテレビ系)
- 世にも奇妙な物語 『行列』(1991年、フジテレビ系)
- 外科病棟の陰謀 (1992年、TBS系)
- 松本清張作家活動40周年記念 『迷走地図』 (1992年、TBS系)
- 金曜ドラマシアター 『ザ・スクープ』 (1992年、フジテレビ系)
- TBS大型時代劇スペシャル 『天下を獲った男 豊臣秀吉』 (1993年、TBS系)
- はだかの刑事 (1993年、日本テレビ系)
- そのうち結婚する君へ (1994年、日本テレビ系)
- 白の条件 (1994年、関西テレビ系)
- ふたりの夫を愛した私 (1995年、TBS系)
- 月曜ドラマスペシャル 『霧の大雪山殺人事件』 (1996年、TBS系)
- 月曜ドラマスペシャル 『叫ぶ骨』 (1997年、TBS系)
- 月曜ドラマスペシャル 『萩・津和野湯けむりツアー殺人事件』 (1997年、TBS系)
- 恋の片道切符 (1997年、日本テレビ系)
- 月曜ドラマスペシャル 『遠い雪の記憶』 (1999年、TBS系)
- 土曜ワイド劇場 『殺人披露宴』 (1999年、テレビ朝日系)
[編集] 映画・ビデオ
- Wの悲劇(1984年、角川春樹事務所)森口昭夫役
- 雪の断章 - 情熱 - (1985年、東宝)
- 十手舞 (1986年、松竹)叶屋源四郎役 主題歌・世良公則 『Against The Wind』
- 極道の妻たち(1986年、東映)
- CFガール (1989年、東映)流葉爽太郎役 主題歌・世良公則 『抱きしめてくれ…』
- クライムハンター 怒りの銃弾(1989年、東映Vシネマ)ジョーカー役
- クライムハンター 裏切りの銃弾(1989年、東映Vシネマ)ジョーカー役
- クライムハンター3 皆殺しの銃弾(1990年、東映Vシネマ)ジョーカー役 主題歌・世良公則 『Prayer』
- ありふれた愛に関する調査 (1992年)
- 新・極道の妻たち惚れたら地獄(1994年、東映)
- 斬り込み (1995年、イメージファクトリー)石神新三役
- サンクチュアリ (1995年)
- 鬼平犯科帳 (1995年、松竹)
- 走らなアカン夜明けまで (1996年)
- サンクチュアリ PART3(1996年)
- カンゾー先生 (1998年、東映)鳥海医師役
- 青の瞬間 (2001年)
- 恋するマドリ(2007年、シネカノン)
声の出演
- リーサル・ウェポン2/炎の約束(1989年、ビデオ・DVD)マーティン・リッグス(=メル・ギブソン)
[編集] CM
- カネボウホームプロダクツ・ビッグタイム/CM曲・世良公則 『Tough In The City '88version』
- 三菱・エテルナサヴァ
- ヤマハ・クラビノーバ
- トヨタ・カルディナ(T190G系)/1996年上半期CM曲・世良公則 『Rambling Dreamer』
- トヨタ・カルディナ(T190G系)/1996年下半期CM曲・世良公則 『Born To Be Rockin' 1996Ver.』
- キリンビバレッジFIRE(岩城滉一、宇崎竜童と共演。コマーシャルソングも担当。『知らず知らずのうちに』)
- 日産・デュアリス(ナレーション)
- アサヒスーパードライ(ナレーション)
[編集] トーク番組
[編集] ドキュメンタリー番組
- にんげんドキュメント(NHK) ナレーターとして出演
- スポーツ大陸(NHK) ナレーターとして出演
[編集] バラエティ番組
- 今夜は最高!(1983年、日本テレビ)
- 森田一義アワー 笑っていいとも!(テレフォンショッキング・ゲスト、フジテレビ)多数出演
[編集] 註
- ^ 燃えろロックンローラー 石原信一著 1981年 集英社 77頁
- ^ 大阪の大学に進学したのはFBIバンドがブルース志向だったため。当時の大阪はブルースが盛んだった(いつみても波瀾万丈(日本テレビ)2007年8月12日)。
- ^ いつみても波瀾万丈
- ^ 富澤一誠著 青春のバイブル 1983年 シンコー・ミュージック 219、232頁
- ^ 燃えろロックンローラー 68-151頁
- ^ バンド名がまた「ツイスト」になったのは1978年夏(燃えろロックンローラー 133-134頁)。
- ^ いつみても波瀾万丈
- ^ 燃えろロックンローラー 68-151頁
- ^ 富澤一誠 青春のバイブル 1983年 シンコー・ミュージック 219頁
- ^ 1970音楽人大百科 日本のフォーク/ニューミュージック/ロック 1994年 学習研究社 129、136、137頁
- ^ 『ニューミュージックの本』 共同通信社 98頁
- ^ 当時はオリコンの知名度はあまり高くなく、オリコン以外にミュージック・リサーチとミュージック・ラボという調査会社もあって『ザ・ベストテン』のレコード売り上げもこの三社の結果を集計したものだった。従ってレコードの売り上げは三社で異なるが、ミュージック・リサーチとミュージック・ラボの過去順位を、現在調査するのは困難なためオリコンの順位を掲載することとなる。
- ^ 世良公則&ツイスト(2):富澤一誠のフォークが好き
- ^ ニューミュージックの時代 1993年 シンコー・ミュージック 138頁
- ^ 別冊宝島1548号 音楽誌が書かないJポップ批評54、宝島社、2008年、p20、21
- ^ 富沢一誠著 ぼくらの祭りは終わったのかーニューミュージックの栄光と崩壊ー 飛鳥新社、1984年、83-85頁
- ^ この他、世良単独で2度、ツイストとして4度表紙を飾る。「月刊平凡」の表紙は世良単独で1度、ツイストとして2度
- ^ 「生身のロッカーでいたい」 世良公則さんインタビュー 産経新聞 2009年6月2日
- ^ 世良公則&ツイスト(2):富澤一誠のフォークが好き
- ^ 日本ロック大系〈上、下巻〉 1990年 月刊オンステージ編集部 白夜書房 415-417頁
- ^ 別冊太陽 日本のロック 50's~90's 1993年 平凡社 105頁
- ^ 富澤一誠著 青春のバイブル 1983年 シンコー・ミュージック 224頁
- ^ 富澤一誠 あいつの切り札―松山千春から吉田拓郎まで36人 1881年 音楽之友社 172-173頁
- ^ 田家秀樹 読むJ-POP 1945-1999私的全史 1999年 徳間書店 218-220頁
- ^ 「生身のロッカーでいたい」 世良公則さんインタビュー 産経新聞 2009年6月2日
- ^ oricon career 私の人生グラフ 時代の最前線にいるあの人の、過去・現在・未来を直撃 ...
- ^ インタビュー | エンタテインメント | マイコミジャーナル
- ^ J-ROCKベスト123 1968-1996 1996年 講談社 158-160頁
- ^ 1970音楽人大百科 日本のフォーク/ニューミュージック/ロック 1994年 学習研究社 129、136、137頁
- ^ 世良公則&ツイスト(2):富澤一誠のフォークが好き
- ^ 富澤一誠 青春のバイブル 1983年 シンコー・ミュージック 232頁
- ^ ロック・クロニクル・ジャパン vol.1 1999年 音楽出版社 156頁
- ^ FMfanコレクション ニューミュージックの本 1978年 共同通信社 75頁
- ^ ロック・クロニクル・ジャパン vol.1 1999年 音楽出版社 50-52頁
- ^ 『Jロック&ポップスCD名盤ガイド』 立風書房 p200
- ^ 『J-ROCKベスト123 1968-1996』 講談社 p158-159
- ^ Media View 1970-1999 売れたものアルバム 2000年 東京書籍
- ^ Jロック&ポップスCD名盤ガイド 2001年 立風書房 60、200、237頁
- ^ 若森繁男著 現代風俗史年表 1986年 河出書房新社 291、292、300頁
- ^ J-ROCKベスト123 1968-1996 講談社 158-160頁
- ^ 郷ひろみ、豊川誕以降、ジャニーズ事務所の人気も低迷し存続の危機を伝えられた時期だった(日本ロック大系〈上、下巻〉 1990年 月刊オンステージ編集部 白夜書房 415頁、別冊太陽 日本のロック 50's~90's 1993年 平凡社 105-106頁)
- ^ Jロック&ポップスCD名盤ガイド 2001年 立風書房 60頁
- ^ 『日本ロック大系』〈上、下巻〉417頁
- ^ Jロック&ポップスCD名盤ガイド 2001年 立風書房 60頁
- ^ カラオケでやれ、と強要されることも珍しくなかったという(あいつの切り札―松山千春から吉田拓郎まで36人 172頁)
- ^ 富澤一誠 青春のバイブル 232頁
- ^ 日本ロック大系〈上、下巻〉 445頁
- ^ 桑田佳祐 素敵な夢を叶えましょう 1999年 角川書店
- ^ 富澤一誠 あいつの切り札―松山千春から吉田拓郎まで36人 1881年 音楽之友社 170-174頁
- ^ 燃えろロックンローラー 143-151頁
- ^ チャゲ&飛鳥プロジェクト/ヤマハ音楽振興会 PRIDE CHAGE&ASKA10年の複雑Ⅱ 八曜社、1989年、40頁
[編集] 参考文献
- FMfanコレクション ニューミュージックの本 1978年 共同通信社
- 石原信一 燃えろロックンローラー 著 1981年 集英社
- 富澤一誠 あいつの切り札―松山千春から吉田拓郎まで36人 1881年 音楽之友社
- 富澤一誠 青春のバイブル 1983年 シンコー・ミュージック
- 若森繁男 現代風俗史年表 1986年 河出書房新社
- 日本ロック大系〈上、下巻〉 1990年 月刊オンステージ編集部 白夜書房
- 別冊太陽 日本のロック 50's~90's 1993年 平凡社
- 1970音楽人大百科 日本のフォーク/ニューミュージック/ロック 1994年 学習研究社
- J-ROCKベスト123 1968-1996 1996年 講談社
- 田家秀樹 読むJ-POP 1945-1999私的全史 1999年 徳間書店
- ロック・クロニクル・ジャパン vol.1 1999年 音楽出版社
- Media View 1970-1999 売れたものアルバム 2000年 東京書籍
- Jロック&ポップスCD名盤ガイド 2001年 立風書房
- 長谷正人/太田省一 テレビだョ!全員集合 2007年 青弓社
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年9月10日 (木) 13:26 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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