世襲政治家
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世襲政治家(せしゅうせいじか)とは、何らかの意味で世襲であると見られる政治家のこと。現在の日本においては、概ね、親が国会議員である国会議員(ないしその候補者)を指すことが多い。
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[編集] 概説
近代の代表民主政治においては、血統ではなく人民の選挙によって選ばれた政治家が政治を担うこととなる。一方で、親が政治家であれば、選挙に当選して政治家となるためのさまざまなメリットを享受することとなり、そのようなメリットを活かした政治家が少なからず登場することとなる。このような政治家が、比喩的に「世襲」であると呼ばれる。場合によっては数代にわたって有力な政治家を輩出する家系すら登場する(米国のケネディ家、日本の鳩山家など)。また、政治家一族と政治家一族が婚姻を通じて関係が強化される例もみられる(たとえば吉田茂の孫である麻生太郎の夫人は鈴木善幸の娘で鈴木俊一の姉にあたる)。
世襲政治家については、優位な人材の立候補を妨げているという批判があり、また政治団体の世襲による相続税逃れなどが指摘されている。こうしたさまざまな批判がある一方で、世襲政治家を選ぶのは有権者であるという擁護論もある。民主党など一部の政党では、選挙区の地盤を世襲した候補の擁立を自粛している。
政治家の家庭で育つことから早くから政治に目覚め、親の知名度や人脈、支持基盤、財力をうまく活かして若いうちから実績を積むのには有利である。鞄持ち・秘書等を経て優れた政治手腕を発揮する政治家もいる。また、若年で政界入りすることが多いため、当選回数を重ねるのにも有利である。
世襲政治家は右派・左派を問わず存在する。日本では長らく与党として政権を担当し、権力に近い立場にあった保守派に多い傾向があるが、旧日本社会党・民社党系の議員にも世襲議員はある程度存在する。また、部落解放同盟を支持基盤とする議員の中にも世襲議員は存在する状況である(松本治一郎-松本英一-松本龍)。
[編集] 日本
日本では、旧憲法下に設置されていた貴族院が世襲制議員などにより構成されていた(ただし、貴族院の中でも単純に門地だけで議員になれたのは皇族・公爵・侯爵議員のみであった)。現在はすべての議員が選挙により国民の信任によって選出されている。
今日、マスメディア等にて世襲議員と称されるのは、いわゆる二世議員等であることが多い。この場合の世襲議員とは概ね、親や祖父母をはじめとする親族が作った選挙区での地盤(後援会)をそのまま継承して選挙に当選した政治家のことを指す。ただし選挙区が違う場合など、世襲で受け継ぐ地盤がなく恩恵を受けていない場合でも、親子などの親族関係があれば世襲とみなすという考えもある。その考えでは父笹川良一(大阪府選挙区選出)退職から40年後に当選(立候補自体は父退職から26年後)した笹川堯(群馬県選挙区選出)も、選挙区が異なっており40年間の空白期間が存在するが、父親が国会議員ということで世襲政治家に入っている。日本共産党は「三バンを受け継がない地方議員と国会議員では世襲とはなり得ない」と定義しており、共産党に世襲した国会議員はいないとする認識を持っている[1]。また母川田悦子(2000年から2003年まで衆議院東京都第21区選出議員)の落選から5年後に当選した川田龍平(2007年から参議院東京都選挙区選出議員)も、世間的には母親より息子が先に知名度が高く集めていた点はあるが、母親が国会議員だったことや選挙区が重複していることから川田も世襲政治家に入っている。
世襲でよくある手法は、有力議員が次の選挙の数ヶ月前に引退を表明して、後継者として子や孫を指名するというものである。選挙が近づくまでそれを表明しないのは、対立政党や同じ党のライバルに準備をさせる期間を与えないためである。これで指名された後継者は、党の支部などから公認を得て、次の選挙を戦うことになる(党の支部といっても小選挙区支部長は当の世襲させようとする有力議員であることがほとんどである。江藤隆美が引退して江藤拓に世襲させようとした際には県連で「親父が支部長で支部推薦候補が息子なんて話は通らない」と問題になったが結局通過している)。後継者の指名前に世襲となる後継者を秘書として働かせている事例も多い。中には立候補の際に先代の名前に改名する例もある(例:岡田春夫・山村新治郎・中村喜四郎)。また政治家を引退しないまま子を別の選挙(または選挙区)に立候補させる場合もあるが、こちらは後継者という意味合いは薄まる(例:鳩山威一郎参議院議員と鳩山邦夫衆議院議員・中曽根康弘衆議院議員と中曽根弘文参議院議員・河野洋平衆議院議員と河野太郎衆議院議員)。
世襲候補は「三バン」を保持し、他の新人候補と比べて有利に選挙戦に臨む条件が揃っているため、当選後は地盤固めをすることで次の選挙戦を有利に進めることが可能である。また世襲の際に、政治資金管理団体を実質無税で相続することができることも問題視されている(他の民間団体の資本金相続は相続税に該当する)。
同一選挙区に複数の公認希望者が存在する場合は分裂選挙になることもある。後継者指名前に政治家が死去した場合の弔い選挙においては分裂選挙が起こりやすい。たとえば中川一郎が急死した際には、息子の中川昭一と秘書の鈴木宗男の分裂選挙になっている(当時は中選挙区制であったため結果的には両者とも当選)。
自民党では小泉政権下で安倍晋三幹事長が候補者公募制度を導入し、公認候補者の選定過程に変化が見られたが、公募による候補者選定はあくまで補完的役割にとどまり、同じ新人であれば世襲候補者が優先的に公認を獲得するというのが現状である。また自民党は他の政党と比較して世襲議員が多い。
日本では世襲政治家を問題視する立場から、親族の選挙区からの立候補規制などの世襲立候補の法規制案が浮上するが、日本国憲法第14条「すべて国民は、法の下に平等であつて(中略)門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」や国会議員についてはさらに日本国憲法第44条「両議院の議員及びその選挙人の資格は(中略)門地(中略)によつて差別してはならない」において「門地の差別」に該当し、規制には憲法規定の問題が浮上する可能性が存在する。
政権交代が起こった第45回衆議院議員総選挙では自民党が歴史的大敗を喫したが、このとき自民党で当選した119人のうち世襲議員は50人と、非世襲議員よりも選挙に強いことを実証した。この結果、自民党衆議院議員に占める世襲議員の割合は、解散前の32%から42%となり、自民党衆議院議員の4割が世襲議員となった。
[編集] 世襲制限
2008年に民主党は世襲立候補規制の法案作成に着手するが、先述の憲法規定の問題もあり世襲の立候補規制を断念し、世襲の制限については資金管理団体の世襲禁止を盛り込むことになった。また2009年には法案成立とは無関係に、党の内規として資金管理団体及び選挙区を親族に継がせる事は認めない旨を定めた[2]。民主党は「制限される世襲」として以下の条件を全て満たす者と規定している。
- 現職議員の配偶者及び三親等内の親族であること。
- 当該議員の引退、転出に伴って連続立候補をすること。
- 同一選挙区から立候補すること。
これから国政に参入する新人については、以上の条件を全て満たす場合これを公認候補としないことを決めた。ただしこの内規は第45回衆議院議員総選挙から適用されるものであり、これ以前に世襲した候補者に対しては遡及されるものではない。なお、民主党は第45回衆議院議員総選挙で福島1区から当選した石原洋三郎は父が2003年まで福島1区選出の衆議院議員であった石原健太郎であるが、6年間の空白がある。民主党は同一選挙区でも6年間の空白があれば同一選挙区からの一等親の親族の立候補を認めている。また民主党は2003年衆院選と2005年衆院選は福島1区で石原洋三郎の長男(石原健太郎の兄でもある)である石原信市郎を公認候補として擁立しており(2回とも落選)、民主党は旧自由党時代も含めて福島1区から2000年衆院選、2003年衆院選、2005年衆院選、2009年衆院選と連続して石原一族から政党公認候補として擁立し続けていることになる。民主党は国政選挙で落選して国会議員になったことがない候補については世襲制限規定に含まれないとして、同一選挙区から世襲候補が連続して立候補することを認めた。
自民党もこの総選挙から世襲制限を試みたが、検討段階で既に自民党の公認を得ていた千葉1区の臼井正一(父が臼井日出男)と神奈川11区の小泉進次郎(父が小泉純一郎)の2名はそのまま公認され、世襲制限については当面期限を定めないとすることとした[3]。ところが解散後に自民党が示したマニフェストでは「次回(第46回)総選挙から世襲制限を行う」旨が記述された。[4](制限される条件と、遡及しない点については民主党と同じ)さらにマニフェスト決定後に青森1区の公募候補者として決定された津島淳(父が津島雄二)は党本部の公認を得られず[5]、対応が二転し、結果として候補者によってまちまちの対応をとる事になった。2009年衆院選後に登場した自民党新執行部は「世襲制限は尊重しつつも、候補者選定において世襲を優遇せずに広く人材を集める公募制の観点から議論する」とし、世襲制限の議論を白紙に戻す考えを明らかにした。
[編集] イギリス
イギリスの貴族院では、世襲貴族と呼ばれる貴族は世襲によって政治家を引き継ぐことが可能であった。保守党議員が圧倒的であった世襲貴族が、世襲により議席を確保し続けることは、労働党政権にとっては民意を反映しない障害になるため、1997年の総選挙で圧倒的な勝利を収めたブレア首相の労働党政権によって世襲議員制度の改革がなされ、世襲貴族については互選などで選ばれた92人のみに限定されることとなった。庶民院では、日本とは異なり立候補するのに地元や出身地の選挙区から出る事は多くなく、議員が当選しやすい選挙区を選んだり、頻繁に選挙区替えをする文化があるため、わざわざ子が親と同じ選挙区を選ぶ事はほとんど無い。例えばウィンストン・チャーチルの父ランドルフも庶民院議員であったが、選挙区は異なっており、ウィンストンは5つの選挙区を渡り歩いている。
[編集] アメリカ
他の先進国と同様、アメリカの選挙でも大金を動かす資産力が必要となるため、同一の一族から多数の政治家を輩出することが多い。特に、ジョン・F・ケネディ第35代大統領のケネディ家や、ジョージ・ウォーカー・ブッシュ第43代大統領のブッシュ家などの一族から出た政治家は数多い。大統領や政治家を多く出す一族を揶揄して「王朝」と呼ばれることもあるが、当事者達はそう呼ばれることを嫌っている。
親子で大統領になる例もあり、その例にはジョン・クィンシー・アダムズとジョージ・ウォーカー・ブッシュがいる。
[編集] インド
初代インド首相ジャワハルラール・ネルーの娘インディラ・ガンディーと孫ラジーヴ・ガンディーはともに首相に就任しており、イタリア出身のラジーヴの妻ソニア・ガンディーまでインド国民会議党首に就任している。ジャワハルラールの父モティラル・ネルーも有名な国民会議派の政治家であり、ラジーヴとソニアの子ラーフルも下院議員である。この状況は「ネール・ガンジー王朝」ともいわれている。なお、この「ネール・ガンジー王朝」は、マハトマ・ガンディーとは血縁関係は無い。
[編集] 中華人民共和国
中国共産党の高級幹部子弟は太子党と呼ばれ、政治を担う党幹部に多くが進出している。
[編集] 朝鮮民主主義人民共和国
金正日は金日成から朝鮮労働党総書記の地位を世襲し、さらにその息子が後継者になる予定である。共産主義国では珍しく絶対王政のように首脳部の世襲が行われており、また首脳部の家族が政治的要職についていることから『金王朝』と揶揄される。
[編集] 脚注
- ^ しんぶん「赤旗」2008年10月5日記事共産党議員についても親族が政治家である場合はあり、現委員長の志位和夫も父は元船橋市議会議員であり、中選挙区時代の彼の選挙区である旧千葉1区には船橋市が含まれていた。
- ^ 民主党ホームページ「【常任幹事会】国会議員の世襲制限を正式決定」
- ^ 自民、世襲制限先送り 小泉氏次男ら「例外」で公認へ 2009年6月5日asahi.com 2009年10月15日閲覧
- ^ 自由民主党|自由民主党の政策 2009年10月15日閲覧
- ^ 津島淳氏公認せず 世襲批判を考慮/自民党本部 2009年8月1日陸奥新報 2009年10月15日閲覧
[編集] 関連書籍
- 世襲政治を考える会『世襲議員ゴールデン・リスト』(データハウス)、2009年5月、ISBN 978-4781700212
- 福田博「世襲政治家がなぜ生まれるのか? 元最高裁判事は考える」(日経BP社)
- 上杉隆「世襲議員のからくり」(文春新書)
- 稲井田茂「世襲議員」(講談社)
[編集] 関連項目
最終更新 2009年11月17日 (火) 01:22 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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