中勢鉄道

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中勢鉄道(ちゅうせいてつどう)とは、かつて三重県にあった鉄道軌道路線(軽便鉄道の一種)を運営していた会社である。本稿では、同社が運営していた鉄道・軌道路線についても記す。

目次

[編集] 会社沿革

[編集] 路線データ

(1942年10月時点)

[編集] 路線沿革

廃止の理由は参急線・名松線などと並行する形になり、速度が遅い中勢鉄道線の利用が減少したからである。

[編集] 駅一覧

岩田橋駅 - 弁才天駅 - 阿漕駅 - 聖天前駅 - 二重池駅 - 相川駅 - 久居駅 - 寺町駅 - 万町駅 - 戸木駅 - 羽野駅 - 大師前駅 - 七栗駅 - 其倉駅 - 石橋駅 - 大仰駅 - 誕生寺駅 - 亀ヶ広駅 - 伊勢二本木駅 - 広瀬駅 - 伊勢川口駅

前述の通り久居駅を境に軌道線・鉄道線が分かれていたが、運転形態など実質的には一つの路線であった。

[編集] 接続路線

[編集] 使用されていた車両

  • 蒸気機関車「キ22号」
    • 明治から昭和にかけて活動した機関車で、全国的に同タイプのものが使われていた。煙突に注目すると妙に細長いことがわかる。このような形の機関車を「へっつい」と呼ぶ。これとほぼ同じタイプの機関車がJR熱海駅前広場に交通記念物として展示されている。これは大日本軌道小田原支社で実際に活躍していたものである。
  • ボコ1形客車

[編集] 青谷車両脱線事故

1939年(昭和14年)11月1日早朝、中勢鉄道の列車が青谷(津市)でカーブを曲がりきれず脱線した。この日は興亜奉公日のため、車内は女学校の生徒で満員だった。この事故で女子生徒2人が死亡、多数が重軽傷となり大惨事になった。

当時の久居の歩兵第33連隊(今の久居駐屯地第33普通科連隊)から、馬で駆けつける保護者もいたという。この事故は安全面を問われ、参急の開通などで衰えつつあった中勢鉄道にさらに追い討ちをかけた。

この事故で運転手は業務上汽車転覆致死罪で起訴されたが、裁判で運転手の弁護人が、汽車転覆罪を規定する刑法125条では、処罰対象を「汽車又ハ電車」と規定しており、事故車両のガソリンカーは含まれないとして汽車転覆罪は適用できず無罪だと主張した。それに対し大審院(現在の最高裁)は1940年(昭和15年)8月22日に、法律の「汽車又ハ電車」という文言自体に捕らわれず、立法趣旨に鑑みて本質的にガソリンカーも汽車に含まれると判断し、有罪判決を下した。この判例は刑法学では罪刑法定主義で禁じられている類推解釈の例外である、論理解釈かつ拡張解釈の一例とされている。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月28日 (水) 20:05 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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