中国民航機ハイジャック事件
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中国民航機ハイジャック事件(ちゅうごくみんこうきはいじゃっくじけん)とは1989年(平成元年)12月16日に発生した中華人民共和国の民間航空機に対するハイジャック事件である。ハイジャック実行者の身柄引き渡しについて日中間の国際問題になった事件である。
(注:当時マスコミで報道された便宜上、中国民航のタイトルを用いているが、事件発生時には中国民航は既に機構分割され、個別の航空会社になっていた)
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[編集] 事件の概要
1989年12月16日、北京発上海経由サンフランシスコ行きの中国国際航空公司CA981便(ボーイング747・乗員23名、乗客200名)が上海に向かう途中、済南付近の上空でハイジャックされた。犯人の中国人男性(当時35歳)は妻子を連れて搭乗しており、爆発物を所持していると脅迫(実際は素手であった)し、韓国のソウル行きを要求した。
それに対し機長は当初はソウルに向けて飛行したが韓国側が強硬に着陸を拒んだ(当時、中韓間には国交が樹立されていなかった)うえに戦闘機のスクランブル発進をされ韓国領空への進入は不可能であった。時間の徒過で燃料が枯渇する危険性があったため当該機は福岡空港に着陸した。客室乗務員は犯人に対して韓国に到着したとウソをつき、隙を見て機体後部の非常口から犯人を滑走路上に突き落とし、犯人は骨折などの重傷を負った。
[編集] 犯人の引渡し
日本の捜査当局に対し、犯人は「6月に発生した天安門事件でデモに参加したため2ヶ月間身柄を拘束されていた。そのため最終的には大韓民国に亡命したかった」と供述し政治亡命が目的のハイジャック事件であったと主張した。そのため日本国内からは政治犯の引渡しを禁止した逃亡犯罪人引渡法に該当するものであり、もし中華人民共和国に送還したら政治犯として死刑になるおそれがあり、人道上許さないとの声が人権団体などから起きた。
そのため前例のない判断を司法当局は迫られたが、東京高等裁判所第5特別部は1990年4月20日にハイジャック犯罪を重視(中華人民共和国側は犯人は天安門事件とは別の容疑で拘束されていたと主張していた)し、中華人民共和国への身柄引き渡しを決定した。
[編集] その後の経過
犯人は1990年4月28日に中華人民共和国政府に身柄を引き渡され本国に送還された。中華人民共和国側は国際的世論を考慮したためか公開裁判で審理を行い、犯人に対し北京市中級人民法院は7月18日に懲役8年、政治権利剥奪2年を言い渡し上訴がなかったためそのまま確定した。実際のところ犯人が本当に政治犯であったか否かは不明であるが、国際的世論の関心を集めたため不問にした可能性も捨てきれないといえる。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年9月13日 (日) 17:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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