中央高速バス
中央高速バスの最新ニュースをまとめて検索!
中央高速バス(京王電鉄バス)
|
中央高速バス(ちゅうおうこうそくバス)は、京王電鉄バスグループ(旧:京王帝都電鉄バス)とその共同運行会社が運行している、新宿高速バスターミナルに発着する中央自動車道経由の高速バス(路線バス)の総称である。「中央高速バス」は京王の登録商標である[1]ため、京王が幹事となるか営業協力している路線では「中央高速バス」の名称を使用できるが、それ以外の路線では商標権侵害となるため使用できない。
本項では以下、単に「京王」とした場合は、京王帝都電鉄(現:京王電鉄)のバス部門及び京王電鉄バスグループ全体を、単に「富士急」とした場合は、富士急行のバス部門及び富士急バスグループ全体を指すものとする。また、伊那線と飯田線は、免許上は一体になっていることから、「伊那・飯田線」とまとめて呼称されることが多いため、本項でも、特に区別する必要がない場合は「伊那・飯田線」という1路線として扱う。
本項では、東京 - 長野線のうち、当初本路線群の1路線として開設され、1997年以降は関越道・上信越道を経由となった長野線(新宿 - 善光寺・国際21線)についても記述する。
目次 |
[編集] 概説
この路線は、1956年に新宿 - 富士五湖を結ぶ急行バスを運行開始したのが始まりである。1959年には新宿 - 甲府・昇仙峡を結ぶ季節運行の急行バスを運行しており、これらを高速道路経由に乗せかえる際に「中央高速バス」の名称を使用するようになった。その後、高速道路網の展開と同時に路線ネットワークを拡大している。
伊那・飯田線においては巨額の赤字を抱えていたバス会社が単年度黒字を計上するなど、高速バスがバス会社にとっては重要な事業形態であることを立証した。これが、1980年代後半からの高速バス路線開設ブームの動機の一つになっている。
[編集] 運行系統
[編集] 概要
多くの路線に富士急も参入している。これは、富士五湖線では山梨県側の事業者として参入しているが、甲府線では双方に拠点を持つ事業者[2]として、甲府以遠の路線では東京側の事業者として参入しているためである。中央道上野原が、富士五湖線・甲府線で乗降可能停留所になっているのは、かつて京王が神奈川中央交通と相互乗り入れで国道20号経由の一般路線バスを高尾駅 - 上野原間で運行していたために、京王・富士急両社のエリアとされているためである。
東京から飯田方面は、伊那・飯田線開業直後から中央高速バスのシェアが高くなり、1986年に国鉄飯田線と中央本線と直通する急行列車が廃止されて以降、高速バスが唯一の直行輸送機関となっている。甲府・諏訪・岡谷・松本方面は中央本線の特急列車(特急あずさ・スーパーあずさ・かいじ)との激しい競争にさらされているのも事実である。所要時間は特急あずさ・かいじに歩があるため、こちらは値下げ・現状維持で勝負している。なお、富士五湖方面は中央高速バスが優勢であるが、こちらは通常ならライバルと位置付けられる鉄道側の事業者も富士急であり、運賃や便数では高速バスを、定時性においては鉄道をPRしているため、どちらかといえば相互補完の関係に近い。
[編集] 路線一覧
[編集] 富士五湖線
- 運行会社:京王(京王バス東)・富士急
- 以前は山中湖のバスターミナルは京王と富士急で分かれていたが、現在はどちらも富士急の『森の駅旭日丘バスターミナル』に発着する。
- 1990年頃までは共同運行路線ではなく、2社の相互乗り入れという形態で、予約センターも別であった。山中湖のバスターミナルが別だったことも、その理由による。
- 夏ダイヤの「直通平野」系統を除き新宿発奇数時の便は京王、偶数時の便は富士急が担当する。
- 何台増車しても運行会社は(1)号車の運行会社に準ずる。但し季節運行のハイランド始発1306便や折返し便が間に合わない時は例外。
- 京王は3~4台が山中湖(旧山中湖京王バスターミナル:京王リップル停留所)滞泊となり、翌朝の1132・1134便等に当る。
- 河口湖経由山中湖方面行は、富士急ハイランド - 河口湖駅 - 富士吉田の順に停車する(上りは逆)。河口湖行、河口湖経由本栖湖方面行は、富士急ハイランド - 富士吉田 - 河口湖駅の順に停車する(上りは逆)。「直通」平野行は、両駅に寄らず、富士急ハイランドから真っ直ぐ忍野入口へ向かう。続行便で2号車以降が途中折り返しとなる場合(山中湖行の2号車が河口湖駅止まりとなる場合など)は、基本的に1号車と同一の停車順となる。2号車以降は河口湖駅止まり、河口湖駅経由富士吉田止まりとなることもある。予約・発券時は降車停留所の意思表示を「明確に申告」する事が望ましい。(運行便によっては所定(1)号車と続行車は、中央道下吉田以遠は必ずしも同一行動ではない)
- 鉄道乗継よりも格安で目的地に行けるため、春夏期は観光路線として、朝夕は通勤通学・(吉田・忍野地区への)出張・新宿向けのショッピング路線としての役割を果たしている。
- 2008年3月19日より富士急行便にて、同年8月から京王バス東便にて、PASMOでの運賃の支払いができるようになった。[3]
[編集] 富士山五合目線 (季節運行路線)
- 新宿高速バスターミナル ~中央道上野原(下りは乗車扱のみ、上りは降車扱のみ) - 富士山三合目・富士山五合目
- 運行会社:京王(京王バス東)・富士急
- 続行便は相手会社が当る事もある。トイレ設備の無い貸切車輌が入る場合も。
[編集] 甲府線
- 新宿高速バスターミナル - 中央道上野原 - 甲府駅・湯村温泉
- 運行会社:京王(京王バス東)・富士急(富士急平和観光)・山梨交通
- 石和経由と甲府南IC経由がある。以前は、担当便がそのまま運行会社の収入となっていたので、不公平感をなくすため毎年担当時間をスライドさせていたが、現在はプール制となり担当便が固定されている。新宿発は必ず京王→富士急→山交の順である。
- 新宿発22:00の山梨交通担当便は、週末を中心に利用者が多く、富士急が2号車として増発運行されることが多い。また、新宿発20:00の山梨交通担当便には、週末を中心に京王が2号車として増発運行につくが、稀に3台運行で京王・山梨交通・富士急の3社トリプル運行が見られることがある。原則、途中のパーキングエリアの休憩なし。
- 富士五湖線同様に朝夕は通勤通学路線、休日は新宿向けのショッピング路線としての役割を果たしている。
- なお、2008年3月19日より山梨交通・富士急平和観光便にて、同年8月から京王バス東便にて、PASMOでの運賃の支払いができるようになった。[3]
[編集] 身延線
- 新宿高速バスターミナル - 南アルプス市役所・身延山・身延
- 運行会社:京王(京王バス東)・山梨交通
[編集] 諏訪・岡谷線
- 新宿高速バスターミナル - 上諏訪駅・下諏訪・岡谷駅
[編集] 伊那線
- 新宿高速バスターミナル - 中央道川岸・中央道辰野・中央道箕輪・伊那インター前・伊那市・沢渡・宮田・駒ヶ根市・駒ヶ根車庫
- 運行会社:京王(京王電鉄バス(京王バス東委託))・富士急(フジエクスプレス)・山梨交通・伊那バス・信南交通
- 朝夕のみ超特急便が存在する。新宿発の超特急便は、途中の中央道日野のみ乗車扱いし、中央道辰野からは各停留所で降車扱いを行う。新宿行きは、中央道辰野までの各停留所にて乗車扱いを行い、降車扱いを行う停留所は中央道日野と新宿のみ。
- 双葉SAで休憩する。
- 信南交通は飯田から駒ヶ根まで車両を回送する(一部便は駒ヶ根車庫待機+翌朝便につき 飯田へ営業便で戻る)。
- 富士急・山梨交通担当便の続行便(2号車以降)は、京王・伊那バス・信南交通が担当する。
- 伊那線への山梨交通の参入は、甲府線における共同運行事業者として参入を希望し、認められたものである。
- 伊那線は駒ヶ根車庫、中央道箕輪に高速バス利用者専用の無料駐車場が併設されている。伊那市(いなっせ駐車場)、伊那インター前、中央道辰野に有料駐車場(予約制ではない)が併設されている。
[編集] 飯田線
- 新宿高速バスターミナル - 中央道川岸・中央道辰野・中央道箕輪・中央道伊那インター・中央道西春近・中央道宮田・中央道駒ヶ根インター・飯島・松川・高森・上飯田・伊賀良・飯田駅前・飯田バスセンター(飯田BS)
- 運行会社:京王(京王電鉄バス)・諏訪バス・伊那バス・信南交通
- 朝夕のみ超特急便が存在する。新宿発の超特急便は途中の中央道日野のみ乗車扱いし、駒ヶ根インターから先は各停留所で降車扱いを行う。新宿行きは、駒ヶ根インターまでの各停留所にて乗車扱いを行い、降車扱いは中央道日野と新宿のみ。
- 途中の双葉SAで約15分程休憩する。
- 昼神温泉へは2008年1月12日をもって飯田BS~昼神温泉間は廃止となり、飯田駅前または伊賀良にて路線バス、タクシーや旅館送迎バスに乗換えが必要となった。(現在では茅野駅⇔昼神温泉間直通バスも運行している。)
- 諏訪・岡谷線の開業前は、諏訪バスは信南交通の車庫に車両を常駐させ、検査時に交換していた。
- 伊那バスは、松川営業所から飯田まで車両を回送する。一部は飯田(信南本社)に滞泊する。
- 諏訪バス担当便の続行便(2号車以降)は、京王・伊那バス・信南交通が担当する。
- 飯田線が開業当時から諏訪バスが参入しているのは、乗降エリアの中の中央道辰野が諏訪バスエリアだったことによる。当時、岡谷 - 川岸 - 辰野間の諏訪バス路線が存在した(後に廃止)。後年、やはり諏訪バスエリアだった中央道川岸に一部便が停車するようになった。なお、同線に諏訪バスが参入していたことから、後に伊那・飯田線の免許を活用して運行開始した中央道茅野線の開通時には、同社は初めから諏訪側の事業者として参入することが可能であった。
- 飯田市内に急ぐ場合は、上飯田で下車しタクシーで市内に直行した方が早い。
- 飯田駅前と終点の飯田バスセンターは離れているので注意。
- 伊賀良(いがら)の高速バス専用停留所は、一般路線バスの停留所(国道256)とは離れており、高速道インター真正面の土産店の裏側にあるのでわかりにくい。
- 乗車券売り場は、新宿(ターミナルカウンター)・伊賀良(りんごの里:停留所前土産店内)・飯田バスセンター(同内)・伊那バス松川営業所にある。
- 飯田BSから横浜駅までの高速バス路線(1日2便:伊那バスが運行、飯田駅前は通過)もある。
[編集] 松本線
- 新宿高速バスターミナル - 長野道みどり湖・松本バスターミナル
- 運行会社:京王(京王電鉄バス)・松本電気鉄道
- 昼行便では唯一、中央道上の停留所で客扱いを行わない路線であったが、2007年6月29日より中央道日野での客扱いを開始している。他に長野側で長野道神林・長野道広丘野村に停車する。
- 双葉SAで休憩する。
- 所定の所要時間は3時間12分。JR特急のあずさと競合する。
- 補助席のない36 - 38人乗りの「ゆったり4列シート」トイレ付き車両を使用する。
[編集] 白馬線
- 新宿高速バスターミナル - 信濃大町駅前・白馬町・白馬八方
- 運行会社:京王(京王バス東)・松本電気鉄道
- 冬季のみ新宿発の夜行便が運行される(乗務員は途中交代・松本電鉄白馬乗務員⇔松本電鉄松本乗務員)。
- 双葉・梓川SAで休憩する。
[編集] 木曽福島線
- 新宿高速バスターミナル - 漆の里平沢・木曽福島駅前
[編集] 飛騨高山線
- 新宿高速バスターミナル - 平湯温泉・丹生川・高山濃飛バスセンター
- 運行会社:京王(京王電鉄バス)・濃飛バス高山営業所
- 夏季のみ新宿発の夜行便が運行される。
- 諏訪湖SAで休憩する。
[編集] 名古屋線
中央高速バス名古屋線(京王バス東)勝川駅前
|
- 運行会社:京王バス東・名鉄バス (2002年12月20日運行開始)
-
- 座席指定制で予約・購入は一ヶ月前から。車内禁煙、トイレ付き。
- ゆったり4列シートのパウダールーム(広々トイレ)付き車両で運行。さらに名鉄車両には座席にACコンセント付き。車両整備時などは、通常トイレのゆったり4列シート車両となる場合もある。
- 女性専用(優先)席として女性は進行方向左側のAB列前方から順に指定される(男性は進行方向右側のCD列前方から順に)。複数名で予約する場合は、性別に関係なく隣同士となる(空席ある限り)。
- 予約サイトで「空席あり」表示でも、選択する性別によっては予約出来ない場合がある。他人の異性が隣にならないように配慮していると思われる。
- 昼行2便、夜行2便の毎日4往復。夜行便では毛布(ブランケット)サービスあり。
- 中央高速バスにおいて唯一の毎日運行している夜行便。途中での乗務員交代は無い。
- 名鉄では「中央道高速バス新宿線」と呼ばれている。
- 2008年より期間・便・席数限定でインターネット早期購入割引運賃を実施。
- 名古屋行は双葉SA・駒ヶ岳SA・恵那峡SA、新宿行は恵那峡SA・諏訪湖SA・談合坂SAで休憩する。
-
- 競合相手としてJRバス関東・JR東海バス・東濃鉄道が運行している中央ライナーやニュードリーム名古屋号がある。
[編集] かつて「中央高速バス」として運行していた路線
[編集] 長野線
本路線は関越道・上信越道経由で運行されているが、本節で取り上げる。
- 新宿高速バスターミナル - 上信越道屋代・千曲川さかき・長野駅・長野バスターミナル・善光寺大門・ホテル国際21
-
- 運行路線
- 運行会社:京王(京王電鉄バス)・川中島バス
- 路線沿革
- 1992年 - 新宿~長野線運行開始。当初は中央自動車道経由で「中央高速バス」の一員として運行。
- 1997年 関越道・上信越自動車道経由に伴い経路変更、「中央高速バス」とは名乗らなくなったが、新宿高速バスターミナル発着で、現在も運行は継続中。
- 中央道経由だった頃は1日2往復だったが、上信越道経由となってから逐次増便され、2008年現在ほぼ1時間に1本の間隔で運行されている。
- 2003年12月1日 - ホテル国際21まで延伸。
- 2005年8月 - 善光寺大門経由に変更。
- 2006年10月1日 - 川中島古戦場停車開始。
- 2007年6月29日 - 下り便に深夜帯運行便を新設。(新宿駅21:10発→長野駅0:47着)
-
- 使用車両
- 京王電鉄バス、川中島バスは原則日野自動車セレガまたは三菱ふそうエアロバス、エアロクィーンI(日野の方が多い)が使用される。
- 全便原則化粧室付き4列シート車両で運行される。
上信越道・横川SAで休憩する。
当路線の他に、東京と長野を結ぶ高速バス路線は西武バス練馬営業所・長電バスが運行する池袋 - 長野(柳原)線がある。
[編集] 廃止(撤退)路線
[編集] 下呂温泉線
- 新宿高速バスターミナル - (中央道)馬篭・中津川淀川・下呂温泉
- 運行会社:京王(京王バス東)・濃飛乗合自動車
- 2004年10月運行開始(京王バス東・濃飛乗合自動車)。2008年7月路線廃止。
- 双葉SA・駒ヶ岳SAで休憩していた。
[編集] 特記事項
身延線は当初は山梨交通の単独運行であったが、当初から京王が営業協力している上、増便の際には京王が参入することが決まっていたため、運行当初から「中央高速バス」の名称を利用することが可能であった。一方、2009年7月31日まで運行されていた新宿駅新南口 - 伊那市・高遠間の「南アルプス号」は、JRバス関東の単独運行だったJRバス主導の路線であり、京王・伊那バスが参入しているものの、京王も営業協力は一切していなかった[4]ため、「中央高速バス」の名称は使われておらず、「ハイウェイバスドットコム」での予約もできなかった[5]。
以前は、新宿高速バスターミナルでの案内放送では「○番乗り場に停車中の京王電鉄バスにご乗車下さい」「○番乗り場の山梨交通バスにご乗車下さい」などと、正式な社名の後に「バス」をつけて放送していたが、JRバス関東の参入や分社化などで社名の後ろに「バス」をつけるとかえって不自然になるケースが出たこともあり、最近では「山梨交通」「富士急行」「信南交通」と省略して放送するようになった(高山線運行当時にはもう変わっていた)。京王だけは「京王電鉄バス」と「京王バス東」があるので、「京王電鉄バス」「京王バス」と区別されている。もとより一般利用者にはこれで十分通用する。
運賃の支払いに富士五湖線・甲府線ではPASMO、Suicaは利用できるが、山梨交通のバスICカードは使用できない。また、甲府・富士五湖線・富士山五合目線については新宿高速バスターミナル窓口でのPASMO、Suica決済は可能(4枚回数券・トクワリキップも可・Qパック他企画券は不可)[3]。
[編集] 中央高速バス運行会社連盟「CHANCE」
2009年1月28日、中央高速バス幹事会社の京王バスグループが、新宿駅西口にある新宿高速バスターミナルを起終点とする中央高速バス運行各社と「Chuo Highwaybus Alliance」と言う名称の高速バス運行会社連盟を結成した、と発表した。
加盟会社は、京王バス(京王電鉄バス、京王バス東)、富士急グループ(富士急行、富士急平和観光、フジエクスプレス)、松本電気鉄道、山梨交通、諏訪バス、伊那バス、信南交通、川中島バス、濃飛乗合自動車(濃飛バス)、おんたけ交通の10社となる。
プレスリリースでは、「Chuo Highwaybus AlliaNCE」の文字からつくった「CHANCE(チャンス)」を愛称に、お客様により多くのチャンス(メリット)を提供したい、との思いから今回の連盟を結成したとあり、連盟全体でのサービスの一環として、2009年2月1日より座席の窓側・通路側指定が可能になる事や、2009年3月1日より座席の一部に「女性専用席」を設ける事、加盟各社のシンボルとしてロゴマークの制定(3色の太いラインを組み合わせた柔らかな丸みのあるフォルムの、各社の「結束」と「親しみやすさ」「安心」「安全」を表した物)をし、バス車両への掲示をする事などがあわせて発表された。
[編集] 割引・回数券
中央高速バスでは以下の割引運賃の設定および回数券が販売されている。
[編集] 往復割引運賃
富士五湖線(富士山五合目線)、甲府線および名古屋線を除く路線に設定されている割引運賃。通常の片道運賃と比べ10%の割引で販売されている。有効期間は7日間。
[編集] トクワリきっぷ
中央線特急で利用できるあずさ回数券などの各種割引きっぷに対抗するため、甲府線のみに設定されている往復割引運賃。石和発着(笛吹市内各停留所利用)と甲府発着(甲府市内各停留所利用)があり、通常の片道運賃と比べ25%〜26%と他路線の往復割引運賃より高い割引率が設定されている。但し利用できるのは平日のみであり、土曜・休日の設定はない。
[編集] 回数券
富士五湖線を除く路線に設定されている回数乗車券。通常の片道運賃と比べ12.5%の割引で販売されている。有効期間は3ヶ月。
[編集] 企画乗車券
- 上高地ゆうゆうきっぷ
- 松本成田空港きっぷ
[編集] 歴史
[編集] 沿革
- 1956年10月6日 新宿 - 河口湖駅・山中湖線136km(一般道経由)を運行する急行バスを運行開始。京王・富士山麓電気鉄道(現:富士急行)の相互乗り入れ。4・5月・7月15日 - 9月の土休日運行の季節便であった。1日2往復、所要時間は4時間30分。
- 1959年7月5日 国道20号新笹子トンネル開通(1958年12月)に伴い、新宿-甲府・昇仙峡間急行バス「甲斐号」を京王・富士山麓電気鉄道・山梨交通の3社で運行開始。3 - 11月の休日のみ運行。
- 1965年7月16日 行楽時のみ運行していた山中湖線を毎日運行の定期路線バスに昇格。
- 1967年7月8日 新宿 - 富士山五合目線・新宿 - 本栖湖線(ともに一般道経由)を運行開始。
- 1968年3月3日 中央自動車道の調布 - 八王子間の開通(1967年12月)に伴い、急行バス各路線はこの区間を高速道路経由に変更。新宿 - 山中湖間の所要時間は3時間50分になった。
- 1969年3月18日 中央自動車道の相模湖 - 河口湖間が開通したのを機に、高速道路経由に変更(新宿 - 調布は一般道経由)。この時から「中央高速バス」として運行を開始。新宿 - 河口湖間の所要時間は2時間10分となった。同時に11往復に増発[6]。
- 1970年3月20日 浜松町バスターミナル使用開始に伴い、一部便を浜松町発着とする。
- 1971年4月5日 新宿高速バスターミナル使用開始。
- 1972年 富士急の運行便をワンマン化。
- 1974年 京王の運行便をワンマン化。
- 1976年5月18日 中央自動車道高井戸 - 調布間が開通したため、この区間及び初台 - 高井戸間(首都高速道路)も高速道路経由に変更。新宿 - 河口湖間の所要時間は1時間40分となった。
- 1978年4月22日 前年(1977年)に中央自動車道大月 - 勝沼間が開通したのを機に、新宿 - 甲府・昇仙峡の急行バスを乗せかえる形で、甲府線の運行を開始。同時に毎日運行化。新宿 - 甲府間の所要時間は2時間14分、1日9往復。山梨交通が中央高速バス初参入となる。
- 1980年 甲府線で座席予約システム(SRS-80:京三製作所製)の運用を開始。以後開設される路線は、この予約システムに組み込まれた。
- 1983年1月19日 中央自動車道勝沼 - 甲府昭和間が1982年11月に開通したのを機に、甲府線に甲府南経由便を追加。石和経由と合わせて24往復となる。
- 1984年12月14日 伊那・飯田線が開業。諏訪バス・伊那バス・信南交通が参入。2系統合わせて15往復。
- 1986年2月25日 諏訪・岡谷線の運行を申請。
- 1986年3月14日 国鉄バスが東京駅 - 上諏訪・岡谷間を結ぶ高速バス路線の運行を申請。調整不能な事態に陥る。
- 1986年11月1日 沿線からの諏訪・岡谷線開業に対する要望が強くなったため、伊那・飯田線の免許を活用する形で、中央道茅野線の運行を開始。1日3往復で、京王と富士急は隔日1往復担当、山梨交通・諏訪バスが1日1往復。
- 1987年7月1日 中央道茅野線を延長する形で、諏訪・岡谷線が開業。JR東日本バス(現:JRバス関東)が参入。
- 1989年4月18日 松本線の運行を開始。松本電気鉄道が参入。
- 1996年3月29日 「中央高速バス」の名称が、京王の登録商標となる。ロゴマークも同時に登録されている。
- 1998年3月20日 高山線の運行を開始。濃飛乗合自動車が参入。
- 1999年10月 諏訪・岡谷線の運行を京王バス(現・京王バス東)に移管。
- 2000年10月 甲府線の運行を京王バス(現・京王バス東)に移管。
- 2000年11月 インターネット予約サイト「ハイウェイバスドットコム」開設。ネット上からの予約が可能になった。
- 2001年4月 「ハイウェイバスドットコム」でiモードでも予約受付開始。
- 2001年7月 白馬線の運行を開始。
- 2002年6月1日 甲府線の一部便を湯村温泉まで延長。
- 2002年12月20日 名古屋線の運行を開始。名古屋鉄道(現:名鉄バス)と相互乗り入れ。
- 2003年4月 木曽福島線の運行を開始。おんたけ交通が参入。
- 2004年8月6日 山梨交通が単独で、南アルプス・身延山線の運行を開始。
- 2004年10月14日 下呂温泉線の運行を開始。
- 2005年3月28日 南アルプス・身延山線の終点を身延(山梨交通の子会社である山交タウンコーチ身延営業所)まで延伸、増便。京王バス東が参入。
- 2007年6月29日 松本線が全便中央道日野に停車するようになったため、中央高速バスは全路線全便が中央道日野に停車するようになった。
- 2007年9月 中央高速バス開業50周年を記念して、「中央高速バス観光ガイド」を発行。
- 2009年1月28日 中央高速バス運行会社連盟「CHANCE」の結成を発表。
[編集] 中央高速バス問題
中央高速バスの路線開設においては、一時期需給調整や採算性の問題から、いくつか問題が発生し、関係者の間では「中央高速バス問題」と呼ばれていた。特に国鉄 - JRバスとの対立が、いくつかの路線開設に影響を与えている。その後両者の関係は改善され、JRバス「南アルプス号」では京王が新宿駅新南口バスターミナルに2005年6月1日から2009年7月31日まで乗り入れ、2009年10月からは中央高速バス伊那線とJRバス高遠線の連絡乗車券の発売も開始される。
[編集] 伊那・飯田線 - 国鉄からの横槍
伊那・飯田地区は、経済圏がどちらかといえば名古屋に向いていた地区であり[7]、またすでに運行していた中央道特急バス(現:中央道高速バス)の採算性も、悪くはないものの絶好調とは言えない[8]状態であった。当時の運行便数は中央道特急バスが飯田線15往復・伊那線7往復であり、需給面から「さらに遠い東京までの高速バスが果たして利益を生み出せるのか」と採算性を危惧する意見もあった。大都市と地方を結ぶ高速バスの場合、地方側の事業者の方が熱心なケースが多いが、ここもその例に漏れなかった。
このような背景もあり、運行予定各社間の調整に限っても長期間を要している。伊那バスと信南交通が京王へ初めて高速バス路線開設の協力を要請したのが1980年7月であるが、各社間協議が初めて行なわれたのは、京王が市場調査を行った後の1982年11月である。しかし、総運行本数・施設の共用などの条件がかみ合わず調整が難航[9]、沿線自治体や地元商工会などによる早期開業の陳情もあり[9]、ついに起終点3社(京王・伊那バス・信南交通)が1984年7月に先行申請する事態になった[9]。その後、京王が取りまとめ役となって再度調整[9]、沿線3社(富士急・山梨交通・諏訪バス)も合意するに至り、6社共同で同年8月31日に再申請となっている。
この間、信南交通は1980年末より、お盆・年末年始の帰省ラッシュ期に新宿 - 飯田間で会員制(ツアーバス形式)の「帰郷・上京バス」を運行した。おおむね各期1週間前後の運行であったが、最後の運行となった1984年盆期は約1か月間運行、同区間を4時間半で結び、帰省・Uターンのピークには3 - 4台で運行する日もあった。この運行実績から、信南交通・伊那バスなど伊那地区の事業者では、採算性は十分見込めると考えていた。
1984年に入り、路線免許の申請・認可が確実になってくると、当時の国鉄は、安くて速い高速バスが運行されることによって飯田線や中央東線が深刻な影響を受けることに危機感を強めた。当時、国鉄では新宿発着で飯田線に直通する急行「こまがね」を運行していたが、豊橋経由で名古屋駅から飯田線に直通していた急行「伊那」が中央道特急バスの影響を受け1983年に廃止に追い込まれたことや、国鉄バスの中国ハイウェイバス運行によって姫新線が大きな影響を受け、自動車局が高速バスの展開を自粛した経験もあり、地方線区にとっては高速バスは脅威であると認識していた。つまり、国鉄はこの区間における高速バスの採算性を認めていたのである。
部内では高速バスへの参入により身内で影響を食い止める案も出ていた[10]が、部内協議で高速バス反対という方針となり、申請と同時期に運輸省や地域自治体に対して認可についての再検討を求めた[9]。一バス路線の開設に対して国鉄が横槍を入れてくるのは過去に例がなく、関係者は戸惑いを隠せなかったという[9]。
しかし、地域自治体は、それまで飯田線の輸送改善が行われていなかったことから「何を今さら」と一蹴[9]。運輸省は「バス会社同士のような利害関係はない」としながらも、同申請を運輸審議会に諮問したが、運輸審議会は「国鉄飯田線への影響が、伊那地区の住民の利便を高める高速バス運行を妨げる理由にはならない」という結論を出し、1984年12月7日に認可した。当時の国鉄の地位低下を示している事象ともいえる。
飯田線は、線形はカーブが多く速達列車の運行に不向きであること、中央西線のように振子電車を運行させるにも飯田線は中央西線以上にカーブが急で効果が期待できないことや電化が早いため諮問当時は架線等の改修に多額の経費がかかること、国鉄時代から全区間が中央東線とは違う静岡鉄道管理局の管内にあり、分割民営化もJR東海管轄になって、高速化に関し意思統一が困難だったことから、高速バスに対しても競争力を持たせることができず、1986年11月に急行「こまがね」は廃止、1988年3月には急行自体が全廃され、飯田線は地域輸送主体の路線となった。国鉄の抱いていた危惧は現実のものになったのである。
一方、運行開始直前まで「2系統合わせて15往復の運行は供給過剰」と思われていた中央高速バス伊那・飯田線は、繁忙期には続行便も多数出るほどの盛況となり、1985年度だけで50万人を輸送、運賃収入は6社合計で15億7000万円を計上しており、1便平均の乗車人員も1986年の時点で名古屋方面の20人を大きく上回る28人となり、需給・採算についての懸念は全くの杞憂と化した。また、上伊那地区の経済圏は東京指向になった。さらに、それまで赤字続きだった伊那バスと信南交通[11]が、中央高速バス運行開始の翌年度に単年度黒字を計上する[12]など、運行事業者の経営状態の改善にも大きく貢献した。
これらのことから、高速バスがバス事業者の経営において重要な位置付けになることを説明する際に、しばしば引き合いに出される路線となっている。また、「高速バスに救われたバス会社」として、信南交通・伊那バスの名前が挙がることも多い。この後も漸次増便され、2006年8月現在では伊那線16往復、飯田線17往復と、開業時と比較して倍以上にまで増便され、それでもなお頻繁に増車される状態となっている[13]。
[編集] 諏訪・岡谷線 - 申請から認可まで1年以上
1986年2月25日に、京王・富士急・山梨交通・諏訪バスの4社で1日10往復の路線開設の申請を行なったが、その直後の3月14日、国鉄バスが東京駅・新宿駅 - 上諏訪・岡谷駅8往復の路線開設申請を出願し、類似内容で競願となった。国鉄では、伊那・飯田線の申請の際に再考を求めたものの受け入れられなかったため、今回は初めから身内で影響を食い止めるための高速バス参入という方針に転換したものである。
もともと民間各社間の調整にも手間取った上に地域自治体の思惑の違いなどもあり[14]、ようやく話がまとまって申請したところで競願となったため、民間側は「中央高速バスは民間で構築してきた路線で、今さら土足で踏み込まれては困る」と猛反発。対する国鉄も「分割民営化を控え、バス部門を強化するには収益性の高い高速バスへの参入は不可欠」と全く譲らず、主張は完全に対立、調整不能な状態のまま申請後1年が経過するという異常な事態に陥った[14]。
この間、1986年11月1日には国鉄のダイヤ改正で特急「あずさ」が増発されることになった。このままでは利用者が「あずさ」に定着してしまい、高速バスの利用者にも影響が出ることが予想された[14]。また、諏訪地区の住民からの高速バス開業への期待は大きく、1986年8月には沿線市町村が運輸省へ民間4社に対する認可を求めて陳情する事態にもなった[14]ことから、諏訪バスが当初から参入していた伊那・飯田線の免許を利用した運行系統新設扱いにより、11月1日より中央道茅野線として運行を開始した。茅野までなら諏訪バスのエリアであると共に国鉄バス下諏訪自動車営業所(現:JRバス関東中央道統括支店諏訪営業所)のエリアからは外れており、免許上も重複しなかったからである。中央道茅野線は、わずか1日3往復という暫定開業ながらも好調となった[14]が、沿線からは増便や伊那・飯田線の停車を要望する声も多かった。
結局、国鉄 - JRバスが折れる形で、JR東日本バスは諏訪側の事業者として1往復のみの参入で11往復という内容で1987年3月16日に再申請し、同年7月1日に運行開始となった。申請から実に1年4か月も経ってからの運行開始で、申請内容に不備がないにもかかわらず、申請から運行開始までに1年以上かかったケースはそれ以前にはない。その後、需給調整が撤廃され、ダブルトラックが認められたことから、需給調整が再度行なわれない限りは今後も同様のケースはないと考えられる。その後増便され、2007年10月現在は2往復をJRバス関東が担当している。
参入時に、JRバスは中央高速バスでは初めての便所付車両を投入した。JRバスとしては既に運行していた東名ハイウェイバスと同仕様で導入したに過ぎないのだが、渋滞の多い中央道では乗客から好評だったため、他社・他路線にも波及したことから、JRバスの参入にも居住性の改善という意味では大きな意義があったと考えられる。
[編集] 松本線 - ダブルトラック
中央高速バスに対抗する形で運行されたが不振に終わった「松本号」(松本電気鉄道担当便)
|
申請直後に、諏訪・岡谷線で既得権を得た[15]JRバス関東がほぼ同一内容(東京駅起点となることが異なる程度)で、しかも共同運行会社が同じ松本電気鉄道での路線開設申請を行なった。この頃になると運輸省の対応もダブルトラックを認める方針へと変化しており、双方ともに認可が下りたため、2路線とも同じ1989年4月18日にダブルトラック路線として運行を開始した。しかし、似たような路線で、しかもどちらの路線にも松本電気鉄道が参入しているにもかかわらず、全く無関係な路線[16]として扱われたため、乗客側にとっては分かりづらい状態であった。
JR側は「松本号」として運行、マルス収録の上、みどりの窓口でも発売を扱うなど、販売ネットワークとしては悪くなかったが、営業力では既に中央高速バスを運行していた京王側には遠く及ばず、不振な状態が続いたため、当初4往復だったものを2往復に減便の上、1992年に撤退となった。ほぼ同時期に、当初8往復で運行開始した京王側では増便を行なっている。
これ以後、しばらくはJRバスの中央自動車道方面への路線展開は途絶えることになる。
[編集] 使用車両
[編集] 車両概説
基本的には、各社ともトイレ付のハイデッカー車が使用される。ただし、増便・臨時便についてはトイレなしの車両の場合もあり、1号車は原則としてトイレ付であり、2号車以降はトイレなしの車両が充当される場合がある(ただし富士五湖線には逆のケースもある)。なお、信南交通の車両は、車両グレードが同じであっても、側窓にスモークガラスを使用するなど、他社の車両よりも高級感がある。
所定の担当会社が1号車を担当し、別の会社が2号車を増車する「2社共演便」がよく見られる[17]。多客時には、続行便として貸切車も投入されることがある。特に諏訪バス・信南交通は、予約段階で満席であれば、たとえ片道回送(運転士1人乗務の場合、乗務員の拘束時間の都合上、往復とも客扱いすることはできず回送となる)になっても続行便を設定する。また、富士急も週末を中心に続行便を設定することが多い。京王では、調布営業所に所属する空港リムジン向け車両(KEIO Highway-Air Expressと表記されており区別は容易)が中央高速バスの続行便に運用されることもある。
富士五湖線の富士急便では、富士急ハイランドのアトラクションに関連するラッピングバスを運行している。また、特別塗装車として「トーマスランドエクスプレス」が2台在籍しているが、車体の外部には「富士急ハイランド」という文字は一切書かれておらず、車体広告バスとは認識されていない。「富士急行」とは書かれており、現実には山梨県以外のエリアでは「富士急=富士急ハイランド」というイメージがかなり強いため、実質的に広告バスと見ることもできるが、これは運行会社名とみなされたため、東京都の屋外広告物条例の改正前から都内への乗り入れが可能であった。
山梨交通には新型ガーラ(いすゞ)、諏訪バス・伊那バスには新型セレガ(日野)が導入されている。松本電気鉄道・富士急にはどちらも導入されている。松本電鉄に2007年6月頃導入されたニューセレガは後部全面トイレ仕様の36人乗りであり、高速バス初となったことでマスコミに取り上げられた。その後、山梨交通も2007年11月にニューガーラで導入している。
一時期、松本線、諏訪・岡谷線、伊那線、飯田線を中心にスーパーハイデッカー車が投入されたことがあったが、車両更新により勢力を減らしつつあり、山梨交通・諏訪バスなどに多く見られる程度である。山梨交通担当便では、他路線との共通運用により、甲府線でもスーパーハイデッカー車で運行されることが多い。
名古屋線については、運行開始当初は両社とも他路線と同一仕様で座席数42名のハイデッカー車を使用していたが、その後車両更新の際に、京王が補助席を廃し、フットレスト・ヘッドレスト・センターアームレスト付きで座席数36~38となった「ゆったり4列シート」[18]、現在は名鉄・京王ともに4列36人乗りパウダールーム(広々トイレ)付き新型車両(エアロエース)が使用されている。名鉄車両には各座席にACコンセントが付いている。
諏訪バスがアルピコグループ統一塗装に変更されたり、富士急担当便に「Resort Express」が投入された頃には、新宿高速バスターミナルでの案内放送では「白い富士急行バス」などの言い回しで、極力誤乗を防ぐようにしていたが、「Highland Dream」「トーマスランドエクスプレス」やラッピングバスが登場するに至って、言葉では表現しづらくなってきたこともあり、単に「富士急行」とだけ案内するようになった。
|
富士急行ラッピングバス |
|||
[編集] 過去の車両
- 一時期の伊那バスと信南交通では、新車は中央高速バスに集中投入し、名古屋方面の中央道特急バスは経年車中心の運用としたことがあった[19]。また、続行便設定時にも、貸切車の高級車種を優先的に投入しており、1987年頃の伊那バスに至っては、看板車として導入したスーパーハイデッカー貸切車のうち、在籍台数の半分近くを続行便の運用に投入していたこともあった。
- 1990年代前半、京王では富士五湖線の続行便用として貸切車を導入したが、仕様は高速車と全く同様で、外観上も方向幕も装備し、車内には降車ボタンも設置されるなど、登録が貸切車というだけであった。定期便では中央高速バスを担当していない調布営業所(現:京王バス東・調布営業所)にも配置されていた。
- 一時期のJRバス関東担当便には、元「ドリーム号」用の36人乗り3軸スーパーハイデッカーが投入されたことがある。
|
松本電気鉄道参入当時の車両 |
[編集] 高速・路線兼用車「ワンロマ」
京王・富士急では、富士五湖線に通称「ワンロマ」と呼ばれる高速・路線兼用車を導入していた。元来「ワンロマ」は京王の社内呼称であったが、後に富士急も同様の車両を「ワンロマ」と称していた。
基本的にはどちらの会社の車両も、長尺車の路線車シャーシを採用した前中扉の車体で、過給器付エンジン・ハイバックシートかリクライニングシートを装備した車両である。休日には高速バスは続行便が運行される一方、一般路線の需要が減少するため、車両の有効活用策として考えられたものである。100kmを超える距離を走る高速バスと路線バスの兼用としてまとまった台数を導入した例は中央高速バス富士五湖線以外にはなく、高速バスと路線バスでは全く走行環境が異なることを考えれば、特殊な車両といえる。
他社において、バスファンに「ワンロマ」と俗称される車両については当該記事を参照されたい。
[編集] 京王
京王の初代ワンロマ車は1980年に導入されたもので、外見上は二段上昇窓、前中引戸の路線車そのものだが、座席は最後部など一部を除いてリクライニングシートであった。しかしながら板バネ(リーフ式サスペンション、以下「リーフサス」と表記)で乗り心地は良くなかった。車種はいすゞCJM500・日野RC301・三菱MP118Mだった。
1982年に導入された2代目車両はやはりリーフサスの路線車ながらメトロ窓の長尺車となり、中扉は戸袋窓を無くすために通常の引戸と同じ幅の4枚折戸を採用し、全席リクライニングシート装備となった。なお、2代目はメトロ窓になった関係で、当初は高速車と同様に側面方向幕を前扉後ろの窓下に設置することを考えた。しかし一般路線と高速路線(富士五湖線・甲府線)の全部を収容するためには長尺の幕にする必要があり、窓下に設置すると車内への張出が大きくなってしまうため、やむなく前扉上の屋根部分に飛び出して設置された[20]。車種はいすゞCPM550・日野RC321・三菱MP118N。 これら初代と2代目は前扉が一般路線用よりも狭い幅の折戸であるほか、京王の一般路線車では一部の例外を除き装備されていないフォグランプが装備されていたため、格下げ後でも容易に見分けがついた。また、車内も一般路線車が木張りの床であったのに対して、高速・貸切車と同等の床材で仕上げてあった。格下げ後は、全面に滑り止めシートが敷かれた。
また、1987年に導入された3代目の車両は観光路線タイプの車体を持つエアサス車で、中扉は2代目同様に4枚折戸、方向幕はライト間に高速用・フロントガラス内側に路線用の方向幕を装備していた。側面窓は逆T字となり、側面方向幕は前扉直後の窓内側に収容することができた。また、各社とも270PSクラスのエンジンを搭載して出力が増強されたため、初代・二代目で常態化していた真夏の下り便談合坂登坂時の冷房カットも少なくなった。車種はいすゞP-LV218N・日野P-HU276B・三菱P-MP618P。
車体色は、初代は路線車塗色をベースに前面と側面を高速車風の塗り分けにしたもの、二代目はアイボリーと朱色の貸切・高速色(現行塗色の先々代塗色)。三代目は濃茶と白・赤の貸切・高速色(先代塗色)であった。なお、登録上は特殊貸切車となっていた。
しかし、路線車ベースのシャーシで標準床車ということで、高速用としては走行性能・設備とともに物足りないものであったことから、高速の続行便は次第に貸切車を使用することになった。また、都市部の路線バス車両としても、通路が狭く吊革がないなどラッシュには不向きで使いづらいことから、末期は路線色に塗りかえられて予備車や契約輸送用(多摩営業所では東京薬科大学、永福町営業所では三省堂等)になっていた。1999年に全廃。
なお、2007年6月には深夜急行バス用として、ワンロマの装備を簡素化した車両が登場した。4代目ワンロマともいえるが、現在のところ中央高速バスには使用されていないため、本項では詳細は省略する。
[編集] 富士急行
富士急行のワンロマ車は1988年に導入された日野P-HU276Bである。もともと観光路線仕様の車両が多いこともありあまり目立たなかったが、京王と同様にリクライニングシートを装備、高速車として使用する際には中扉ステップを板で塞ぎ荷物置き場として利用することが可能だった。ただし、京王とは異なり、中扉が2枚折戸であった。また、後部の座席では補助席も装備されていた。こちらは路線車としての登録であった。富士急行では当時の一般路線車の扉配置は前後扉が標準だったことや、路線仕様なら白色になるバンパーが黒色だったこともあり、容易に判別可能だった。
しかし、高速車としての使い勝手は京王と同様物足りないものであり、もともと経年高速車を続行便として常用していたこともあって、こちらも末期には高速車としての運用はほとんどなかった。もっとも、観光地を走る路線バス車両としての使い勝手は悪くなく、2002年頃までは富士山麓の観光路線で使用されていた。
なお、富士急ではこのワンロマ車を導入する前は、一般路線用の前後扉・メトロ窓・ハイバックシート装備の日野RCを応援に駆り出すことも多かった。
[編集] 問題点
- 新宿高速バスターミナルが大変狭隘であり、既に一部の時間帯では限界に近い状態になっていて乗り場が分散している。これは1980年代後半には既に問題になっていたが、路線がさらに増えた現在においても、根本的な解決策が見出せないままとなっている[21]。
- 予約システムでは座席の指定が原則できなかったが、2009年2月1日より窓側・通路側の指定は可能となった。しかしこれにより、窓側席を希望する乗客が増えたため、先に降車する乗客が窓側席に着席するケースがある。
- 中央自動車道は2007年9月現在の時点で、東京近郊1都3県内で唯一、片側2車線のまま(片側3車線以上の区間は山梨県内のみ)であることから、土休日や繁忙期の渋滞が激しくなる傾向がある。このため、他方面の高速バスと比較しても定時性が著しく損なわれる場合がある。しかしNEXCO中日本などのPR活動や、ETC普及による時間帯料金割引のおかげで渋滞そのものが少なくなり、以前に比べ渋滞による遅延の割合は減少しつつある。
- 伊那・飯田線や諏訪・岡谷線では事業者数が多くなるため、運行分担比率についての調整が難しい。現在までは利用者不在となるような事態には至っていないが、山梨県内に乗降エリアがないにもかかわらず伊那線に参入している山梨交通、東京都と山梨県に営業エリアを持つ富士急の存在が、話を複雑にしているといわれている。そのため、この理由だけではないが、松本線以降開設の路線では、東京側の事業者は京王のみとなっている。
[編集] 注記
- ^ 登録商標番号第3130460号
- ^ 山梨県北都留郡内(上野原インターチェンジ - 笹子バスストップ間)は富士急エリアである。
- ^ い ろ は 山梨交通・京王バス東便は車輌運用の都合上、一部高速車にはPASMO精算端末が搭載されていないので要注意→甲府駅・新宿西口以外の途中停留所からの乗車時に当該車輌では現金精算となる。
- ^ 京王の公式サイトからは、「南アルプス号」の路線情報を参照することができなかった。
- ^ 「高速バスネット」での予約は可能だった。
- ^ 新宿 - 甲府・昇仙峡の季節運行の急行バスも、この年から途中区間を高速道路経由としているが、この時点では「中央高速バス」には入れられていない。
- ^ 東京とのつながりはあったがパイプは細かった。
- ^ 路線としての採算ラインはクリアしているが、会社の経営に寄与するには至っていなかった。
- ^ い ろ は に ほ へ と 鈴木文彦『高速バス大百科』p145
- ^ 国鉄バスは東京・伊那・中津川に営業所があったので、東京 - 伊那地区高速バス参入は不可能ではなかった。
- ^ 特に信南交通は「倒産寸前」とまで言われていた。
- ^ 鈴木文彦『高速バス大百科』p122
- ^ 『バスラマ・インターナショナル』108号p52の談話記事では、お盆の時期は1便あたり5台程度の続行便を設定するという。
- ^ い ろ は に ほ 鈴木文彦『高速バス大百科』p148
- ^ 鈴木文彦『高速バス大百科』p149
- ^ 回数券なども2路線での共通利用は出来なかった。
- ^ 諏訪・岡谷線において、1号車が山梨交通で2号車が諏訪バスという例などがある。
- ^ 最前列の席のみフットレストが無い、また京王車両の一部にはセンターアームレストが無い車両がある。
- ^ 現実に、バス・ジャパン4号に掲載されている1986年頃の新車では、車体側面に「中央高速バス」と記されており、中央高速バス専用車としか考えられなかった。
- ^ 後に格下げで側面の窓割を変更して窓部分へ移設。
- ^ ただし、現在行なわれている、甲州街道陸橋架替工事などに関連する新宿駅南口の改良工事にはバスターミナルの整備も含まれており、完成後には何らかの動きがあることも考えられる。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 『バス・ジャパン』4号 特集・中央ハイウェイバス(1987年・バス・ジャパン刊行会)
- 鈴木文彦『高速バス大百科』(1989年・中央書院) ISBN 4924420360
- 鈴木文彦『新版・高速バス大百科』(1991年・中央書院) ISBN 492442062X
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年10月29日 (木) 07:46 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【中央高速バス】変更履歴



























