中嶋優一
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中嶋 優一(なかじま ゆういち、1972年8月6日 - )は、フジテレビのテレビプロデューサー。慶應義塾大学経済学部卒業。
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[編集] 来歴
1996年、フジテレビ入社。その後、『めちゃ×2イケてるッ!』(以下『めちゃイケ』)の9番目のアシスタントディレクター(AD)として番組制作に参加。AD時代は「エリートの遺伝子」と呼ばれた。
2002年4月、人事異動した徳光芳文(当時アシスタント・プロデューサー(AP))に代わり、チーフADからAPに昇格。
2004年12月25日放送の「日本一周打ち上げの旅」において、プロデューサーへの昇格が発表[1]。その回のスタッフロールでは「AP→P 中嶋優一」となっていた。
[編集] エピソード
- 慶應義塾大学ラグビー部出身。
- AD時代から『めちゃイケ』の本遍に多く出演しており、番組の名物ADとなる。
- 「どっちのADショー」では明松功AD(当時)とディレクター昇進を賭け対戦。敗れた中嶋は罰ゲームとして、岡村隆史と松島湾の「岡村王国」へ幻の蝶を探しに行くというロケを行った(中島初演出ロケでもあった)。
- 2002年11月30日放送の「単位上等!爆走数取団」では新庄剛志の代わりに関取団と相撲を取る羽目になる。
- 2004年5月15日放送の「単位上等!爆走数取団」では、ゲストのKABA.ちゃんの「マル秘激ヤバ写真」として、なぜか中嶋のヌード写真が貼られた(通常はゲストが見られたくない写真が貼られる)。
- 2004年まで「矢部オファーしちゃいましたシリーズ」のロケに同行し、矢部浩之の顰蹙を買っていた。
- 2004年12月25日放送のプロデューサーへの昇格発表では、中居正広に松井秀喜のサインボールをプレゼントし、気分をよくした中居の鶴の一声で昇格したということになっている(実はボールのサインは松井耀子のもので、h・matsuiは「秘書・松井」のこと)。
- プロデューサーに昇格してからも、収録現場の責任者として立会い監督をする傍ら、自身が番組にも出演することも多い。ただし、めちゃイケメンバーに対してかなり厳しい態度をとるようになった。また、サブレギュラーであった佐野瑞樹より入社2年後輩だが、プロデューサー昇格以後は番組内では「佐野」と呼び捨てにしている。しかし、これら一連の言動は、中嶋自身が無礼な態度を取る人間であるという訳ではなく、「プロデューサー=偉い」という一般的なイメージに沿って行動しようとする中嶋と、「実質はディレクターと同等か、それ以下の待遇であるプロデューサー」というギャップから来る笑いを引き出そうとする一連の演出でもあると考えられる。実際に、メンバーとはほぼ同年代であり、かつ業界での経歴がメンバーよりも短く、中嶋の方が立場が低い。プロデューサー昇格以降もメンバーからの待遇はそれまでと大して変わらずよくイジられている。また、収録が終わった後に頭を下げて謝るシーンが映し出されたこともある。
- 2008年、『SMAP×SMAP』のCM出演。
[編集] 担当番組
- めちゃ×2イケてるッ!
- 新しい波16
- 新しい波8 (ディレクター)
- はねるのトびら(番組初期はAP。ディレクターは2002年10月 - 2003年6月)
- SMAP×SMAP特別編『小さな恋のメロディー』(2003年1月6日放送、プロデュース)
- 第41回新春かくし芸大会2004のオープニング演目「モーニング娘。15人連続テーブルクロス引き」(プロデュース)
- ふくらむスクラム!!
[編集] 脚注
- ^ 『めちゃイケ』において、プロデューサー名義の人物が担当するのは小西康弘以来6年ぶりとなる。それまでは片岡飛鳥総監督が演出兼任プロデューサーとしての立場にあり、APがそれを補佐する体制が続いていた。なお、現在も番組スタッフの総責任者は総監督であり、その指揮の下プロデューサーが予算や管理などの実務を担当するという立場関係は変わっていない。
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最終更新 2009年5月14日 (木) 00:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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