中村喜四郎

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日本の旗衆議院議員 中村 喜四郎
生年月日 1949年4月10日(60歳)
出生地 茨城県猿島郡境町
出身校 日本大学
学位・資格 法学士
所属委員会
財務金融委員
世襲 二世
父:中村喜四郎(参議院議員)
母:中村登美(参議院議員)
選出選挙区 茨城7区
当選回数 11回
所属党派 改革クラブ
党役職
ウェブサイト 中村喜四郎オフィシャルサイト
  

中村 喜四郎(なかむら きしろう、1949年4月10日 - )は、茨城県猿島郡境町出身の政治家。父の中村喜四郎(先代)・母の中村登美、共に参議院議員という政治一家。

茨城県坂東市岩井に先代から経営している自動車学校がある。

目次

[編集] 人物

旧名「中村伸」(なかむら・しん)。初出馬の際、父の遺志を受け継ぐために父と同じ名に改名した。

自民党内では最大派閥田中派竹下派―小渕派に所属。1989年には科学技術庁長官に就任し、初の戦後生まれの閣僚となる。竹下派七奉行の次世代を担うニューリーダーとして期待され、山崎拓加藤紘一小泉純一郎YKK)と並びNYKKと称され、彼らと盟友関係にあった。

しかし、ゼネコン汚職事件に絡み、鹿島建設からの斡旋収賄罪容疑が浮上。検察任意捜査を求めるも中村がそれを拒否をしたため、検察は逮捕許諾請求国会に提出して逮捕する方針を取った。国会で逮捕許諾決議は可決され、中村は逮捕された。国会会期中の現職国会議員の逮捕は1967年の関谷勝利以来27年ぶりとなった。拘置日数は140日間となった。

しかし、議員辞職はせず、その後の選挙でも強力な結束力を持つ後援会組織(喜友会)をバックにつけ、無所属当選し続ける。1997年 東京地裁懲役1年6月、追徴金1000万円の実刑判決となり、2001年4月、高裁控訴棄却。2001年10月には実刑判決で上告中に25年在職の永年表彰を受けた。

2003年1月16日に最高裁で上告棄却により実刑が確定し、議員失職。2004年仮釈放後、2005年総選挙では再び無所属で立候補し、小泉構造改革郵政民営化を全面的に支持し、10期目の当選を果たした。国会議員在職時代の政治事件で実刑を受けた後で国政選挙に当選したのは1969年の福田繁芳(1961年実刑確定)以来36年ぶり。

政界一ともいえる大のマスコミ嫌いで有名であり、講演会の会場やミニ集会や選挙の所信表明演説、選挙事務所内外でも全てシャットアウトするほどである(また、選挙当選時には、必ずマスコミ関係者は選挙事務所半径5メートル以内に近づけないようにしていた)。

2009年第45回衆議院議員総選挙では「日本再建」を掲げ、再び構造改革を訴えるとともに政界再編を訴えた。前回より1万票ほど減らしたものの小選挙区を勝ち抜き、11期目の当選を果たした。10月16日には改革クラブに入党した。[1]これにより衆議院での院内会派に所属しない議員は、議長副議長の二人のみとなった。

[編集] 後援会組織(喜友会)

田中角栄秘書時代に後援会組織越山会の選挙戦術に感銘を受け、参議院議員だった父親から継承した後援会組織(喜友会)を改革した。

[編集] 略歴

[編集] 脚注

  1. ^ 中村喜四郎氏、改革クラブに入党News i TBSの動画ニュースサイト 2009年10月19日

[編集] 関連項目

先代:
山崎拓
日本の旗 建設大臣
第58代:1992 - 1993
次代:
五十嵐広三
先代:
宮崎茂一
日本の旗 科学技術庁長官
第43代:1989
次代:
斎藤栄三郎

最終更新 2009年12月3日 (木) 11:16 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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