中津市
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中津市(なかつし)は、大分県の北西端に位置する市で旧豊前国に属していた。
目次 |
[編集] 概要
大分県内では大分市、別府市に次いで人口が3番目に多い都市である。城下町で、青の洞門、羅漢寺、福澤諭吉旧居、中津城などの文化財や歴史的建造物、市域南部には景勝地の耶馬溪がある観光都市である。
中津市は旧豊前国に当たるため、福岡県北九州地方(北九州市、行橋市、豊前市、築上郡、京都郡など)との結び付きが強く、福岡県からの通勤・通学人口が非常に多い。特に旧上毛郡地域であった豊前市、上毛町、吉富町は、古くは旧下毛郡と合わせて三毛郡というひとつの郡であったため、中津市との関係が深く、経済・文化・生活面で中津市と一体である。そのため、山国川を挟んで隣接する福岡県吉富町・上毛町は、築上郡の中心都市である豊前市との合併を拒否して中津市との越境合併を視野に入れている。経済的に北九州都市圏の中にあり、同都市圏の5パーセント通勤圏であるが、小都市圏である中津都市圏(約217,000人)の中心都市としての役目も担っており、小都市圏としては全国屈指の規模を誇っている[要出典]。また南部の山国町は中津市街地よりも、日田市の方が距離的に近いため、日田市との結びつきが強い。
2004年(平成16年)末に、ダイハツ車体株式会社が中津市昭和新田に本社、工場を移転したため自動車関連工場の集積が進んでいる。福岡県北九州市・苅田町沖の北九州空港の開港や自動車関連企業の誘致、更には東九州自動車道も建設予定で、2016年には椎田南IC(福岡県築上町)~宇佐IC(宇佐市)が開通予定である。中津市内にも中津三光IC(仮称)が開設される予定でまた日田市方面に中津日田道路の建設も予定されている。
- 世帯数:35,745世帯 (2008年2月15日現在)
- 総人口:86,366人(2008年2月15日現在)
- 男女比:男)40,852人 女)45,514人
- 総面積:491.09km²(2007年3月31日現在)
- 人口密度:175.6人/km²(2007年3月31日現在)
- 市外局番:市内全域 0979
- (1990年頃までは旧市内0979、旧三光村097943、旧本耶馬渓町・旧耶馬溪町09795、旧山国町09796)
[編集] 地理
[編集] 地形
- 北部は周防灘(瀬戸内海)に面し、南部の本耶馬渓、耶馬渓、山国町はほとんどが山間部でこの地域は「耶馬渓」と呼ばれ景勝地として有名である。
- 東部から宇佐市にかけては、広範囲に水田が広がり、県内最大規模の農業地帯である。
- 耶馬溪・八面山麓から山国川流域には県内最大規模の平野である中津平野が広がる。
[編集] 気候
瀬戸内海式気候のため温暖で年間降水量も九州地方では少ない地域である。市内北東部の野依新池では環境省のレッドデータブックで絶滅危惧I種に指定され、現在生息が壊滅状態となっているベッコウトンボの個体群が繁殖している。山国川上流の耶馬溪町に位置する耶馬溪ダムは北九州・大分県北部の水がめの役割を担う。
[編集] 近隣市町村
[編集] 歴史
[編集] 古代
国道10号南側には条里制による条里地割の跡が現存しており、古代から中津平野の開発が行われていたことがわかる。
日本神話に出てくる豊葦原中国(とよあしはらのなかつくに)はこの地であり、豊の国や中津という地名はその名残であるとする説があるが、一般に受け入れられていない。
[編集] 中世
「中津城」も参照
城下町としての歴史は、1587年に黒田孝高が豊臣秀吉から豊前6郡(京都・築城・仲津・上毛・下毛・宇佐)の16万石と馬ヶ岳城(福岡県行橋市)が与えられた後に、拠点を山国川河口部に移し中津城を築城したところから始まる。市街地がほぼ完成したのは1600年代中頃とされる。城主は後に細川氏・小笠原氏を経て、1717年(享保2年)に奥平氏が入封し明治維新を迎えることになる。
[編集] 近現代
1876年に中津支庁が設置されたことで大分県北の中心地として重要性を帯びるようになった。 。
近代工業の始まりは1879年から1880年にかけて工場が設置されたのが最初とされ、1890年代には繊維工業が集積するようになった。1944年の神戸製鋼所進出は第二次世界大戦後の重工業化のきっかけとなり、1970年頃までは鉄鋼業と衛生陶器製造(TOTOおよび関連企業)が特に盛んであった。1970年代後半からは自動車関連工場の進出が中心となり、1984年には『豊の国テクノポリス』の中心都市として指定された。
- 1888年(明治21年)- 町制施行。
- 1929年(昭和4年)4月20日 - 大分県で3番目に市制施行。
- 1943年(昭和17年)- 鶴居村、大幡村、如水村を編入。
- 1951年(昭和26年)- 三保村を編入。
- 1954年(昭和29年)- 和田村を編入。
- 1955年(昭和30年)- 今津町を編入。
- 2005年(平成17年)3月1日 - 下毛郡(三光村、本耶馬渓町、耶馬溪町、山国町)を編入。
[編集] 経済
[編集] 主な企業
- ダイハツ九州(本社)
- TOTO
- NECセミコンダクターズ九州・山口(大分工場)
[編集] 特産品
- 旧中津市:ハクサイ、ブロッコリー、大分味一ねぎ、梨、蛤しるこ、巻柿、かぼす麺、ハモ料理、丸芳露(丸ボーロ)
- 旧三光村:ややま味噌、イチゴ、大分味一ねぎ、三光桃、三光パン、トルコギキョウ
- 旧本耶馬溪町:耶馬渓茶、夏秋きゅうり、生しいたけ、いちご、にら、ソバ加工品
- 旧耶馬溪町:牛乳、耶馬渓茶、トルコギキョウ
- 旧山国町:夏秋きゅうり、豊後牛、木工品、梨、かずら工芸品
詳細は「一村一品」を参照
[編集] 中津市の銘菓
- 巻蒸(けんちん)
- 外郎饅頭(ういろうまんじゅう)
- 蛤しるこ
- ビスマン
- 壱万円の里せんべい
- びったれ餅
- 丸芳露(丸ボーロ)
[編集] 主要大規模小売店舗
- 中津市街地
- 郊外
その他、トキハインダストリーの進出計画がある。
[編集] かつて存在した大規模小売店舗
「イオンモール三光」進出などの影響を受け、中心市街地にある大規模小売店の多くが撤退した。
- 中津市街地
[編集] 中心商店街
- 日の出町商店街(全蓋型アーケード設置)
- 新博多町商店街・寿通り商店街(全蓋型アーケード設置)
- 博多町商店街
- 仲町商店街
[編集] 人口
| 中津市と全国の年齢別人口分布 | 中津市の年齢・男女別人口分布 | ||||||||||||||||||
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■紫色 ― 中津市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 教育
[編集] 小学校
- 南部小学校
- 北部小学校
- 豊田小学校
- 小楠小学校
- 鶴居小学校
- 大幡小学校
- 如水小学校
- 三保小学校
- 和田小学校
- 今津小学校
- 沖代小学校
- 秣小学校
- 深水小学校
- 真坂小学校
- 山口小学校
- 樋田小学校
- 上津小学校
- 柿坂小学校
- 下郷小学校
- 城井小学校
- 津民小学校
- 永岩小学校
- 山移小学校
- 三郷小学校
[編集] 中学校
- 豊陽中学校
- 緑ケ丘中学校
- 中津中学校
- 城北中学校
- 東中津中学校
- 今津中学校
- 三光中学校
- 本耶馬溪中学校
- 耶馬溪中学校
- 山国中学校
[編集] 高等学校
[編集] 大学・短期大学
[編集] 専修学校
- 中津ファビオラ看護学校
[編集] 学校教育以外の施設
- 職業能力開発短期大学校
- 大分県立工科短期大学校
- 認定職業訓練施設
- 中津コンピュータカレッジ (職業訓練法人中津情報処理学園)
[編集] 交通
交通面では、小倉方面(中津街道=国道10号)、大分方面(日向街道=国道10号)、耶馬渓・日田方面(日田往還=国道212号)の分岐点である。また市内中心部から大分市まで車で1時間30分、北九州市まで車で1時間弱の距離にある。2016年には東九州自動車道、中津三光ICが開通する予定である。また大分県道23号中津高田線はダイハツ車体の移転に伴い、片側2車線に拡幅されている。
[編集] 鉄道
[編集] バス
2004年(平成16年)3月まで西鉄バス京築の中津支社が中津駅北側に所在し、行橋(かつては小倉砂津や福岡天神まで)や上毛町(旧大平村)友枝方面に路線バスを走らせていたが、沿線自治体が補助金を打切ったために不採算路線として廃止された。
[編集] 道路
- 県道
[編集] 港湾
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集] 中津祇園祭り
毎年7月20日以降最初の金・土・日の3日間、中津神社を中心として行われる「上祇園」と闇無浜神社(くらなしはまじんじゃ)を中心とする「下祇園」からなる中津祇園祭りが開催され、旧市内を中心に12台の祇園車が練り歩く。
[編集] 名所
- 中津城
- 福沢諭吉旧居
- 風の丘葬斎場
- 薦神社(こもじんじゃ)
- 中津市歴史民俗資料館
- 中津市立小幡記念図書館
- 村上医家史料館
- 江戸時代初期から続く村上医家を始め、中津に残る医学・蘭学の史料を展示している。裏庭には、蛮社の獄で刑死した高野長英が潜伏していたと伝えられる土蔵が残る。
- 大江医家史料館
- 代々中津藩御殿医を勤めた大江家を始め、中津に残る医学・蘭学の史料を展示している。5代雲澤は、麻酔薬「通仙散」の発明で知られる華岡青洲の医塾で学び、中津医学校の初代校長を勤めた。
- 金谷武家屋敷
- 自性寺大雅堂
- 寺町
- 生田家武家屋敷門
- 蛎瀬豊後街道
- 三光コスモス園
[編集] 自然
[編集] 出身有名人
[編集] 芸術・文化
[編集] 教育者
- 石川才顕(刑事法学者)
- 栗木安延(経済学者)
- 小幡篤次郎(教育者)
- 相良直彦(菌類学者)
- 白石照山(教育者)
- 浜野定四郎(教育者)
- 廣池千九郎(教育者)
- 福沢諭吉(教育者) - 正確には、大坂堂島浜にあった中津藩の蔵屋敷で誕生したが、一般に中津市が生誕地とされる。
- 前野良沢(教育者)
- 水島銕也(教育者)
- 横松宗(教育学者)
[編集] 政治・経済
- 朝吹英二(実業家)
- 宇都宮仙太郎 - 日本酪農の父、雪印乳業の創設者の一人
- 自見庄三郎 (参議院議員・元郵政大臣)
- 中上川彦次郎(実業家)
- 和田豊治(実業家)
- 前田晃伸(みずほフィナンシャルグループ代表取締役社長)
- 村上功児(実業家) - 九州経済界の立役者、井筒屋、西鉄社長
[編集] 芸能・スポーツ・報道
[編集] その他
- 梅津美治郎 - 軍人、関東軍総司令官、参謀総長、太平洋戦争降伏文書調印式日本全権
- 奥平昌鹿 - 中津藩主、前野良沢の蘭学研究や儒学を保護
- 奥平昌高 - 中津藩主、「蘭語訳撰」(日蘭辞書)・「中津バスタード辞書」(蘭日辞書)を出版
- 小幡英之助 - 近代歯科の先駆者で歯科医師免許第1号
- 島田虎之助 - 江戸後期の剣術家、勝海舟の師
- 田代基徳 - 明治政府の軍医監、陸軍軍医学校長、近代外科学の基礎を築く
- 田原淳 - 心臓刺激伝導系(田原結節)の発見、安岐町に生まれ中津の田原家の養子に
- 前野良沢 - 解体新書(西洋医学書ターヘル・アナトミア翻訳者)
[編集] その他
[編集] メディア
中津市(2005年の合併以前の地域)は、大分県と福岡県の県境、周防灘をはさみ山口県とも近いことから、テレビ放送3県・FM放送は4県、AMラジオ放送局は日中でも近畿地方の放送(朝日放送、毎日放送、ラジオ大阪)や隣国の大韓民国の放送まで入感する。
このため、中津市(2005年の合併以前の地域)や旧三光村地域では、福岡市内に本社を置く5局(RKB毎日放送、九州朝日放送、テレビ西日本、福岡放送、TVQ九州放送)を見るため、UHFアンテナを行橋局(福岡県みやこ町大坂山)に向けている住宅が大半である。また本耶馬渓町、耶馬渓町では行橋局の受信は難しいが、少し標高の高い場所では北九州局(北九州市八幡東区皿倉山)の電波が受信できるため、共同アンテナで福岡民放5局を受信している世帯もある。また、2005(平成17)年9月17日に大分県初のコミュニティ放送局「エフエムなかつ」が開局した。
中津市街地では、2008(平成20)年3月25日にデジタル放送を開始した中津局のほか、山口県(山口局)、福岡県(北九州局・行橋局)のデジタル放送の電波も届いており、視聴可能である。
[編集] 唐揚げ
中津市を中心とした大分県北部・福岡県北九州地方は鳥の唐揚げが好きな人が多い[要出典]。そのため、中津市でも公式サイト内に唐揚げを扱う店舗を掲載した「からあげマップ」を公開している[1]ほか、観光案内所にて同様の地図を配布している。
唐揚げしか売らない専門店を始め、惣菜店・肉屋など至る所に唐揚げを売っている店がある。あまりにも競争が激しいため、ケンタッキーフライドチキン(KFC)が出店後ほどなく撤退してしまったという逸話がある[要出典]。しかしKFCは2007年に再度、市内のゆめタウン中津に出店した(ちなみに大分県内のKFCの店舗数は8店舗(2008年2月現在)。これは全国の店舗数1,152店(2007年11月現在)に対し、人口の割に非常に少なく、中津市への再出店以前は別府市または福岡県行橋市の店舗が最寄であった)。
[編集] 郵便番号
- 中津支店:871-00xx、871-08xx、871-8xxx
- 宇佐四日市支店大貞集配センター:871-01xx
- 宇佐四日市支店耶馬渓集配センター:871-02xx
- 宇佐四日市支店上津集配センター:871-03xx
- 宇佐四日市支店柿坂集配センター:871-04xx
- 宇佐四日市支店山国集配センター:871-07xx
- 宇佐四日市支店今津集配センター:879-01xx
- 宇佐四日市支店長峰集配センター(宇佐市):879-02xx
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 出田和久 「現代に生きる城下町 - 中津市」『九州 地図で読む百年』 古今書院、平岡昭利編、1997年3月、101-106頁 ISBN 4-7722-1665-0
[編集] 外部リンク
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