中華民国空軍

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中華民国空軍(ちゅうかみんこくくうぐん、:中華民國空軍)は中華民国国防部に属する中華民国台湾)の空軍である。台湾空軍とも呼ばれる。中華民国国軍の4つの軍事組織(中華民国陸軍中華民国海軍、中華民国空軍、中華民国憲兵)のうちの一つ。2008年現在、45,000人が所属。主に防空任務を担当する。

目次

[編集] 組織


台湾の軍事関連項目

中華民国国防部
 参謀本部
 聯勤司令部

中華民国陸軍
中華民国海軍
中華民国空軍
中華民国憲兵
中華民国海兵隊
行政院海岸巡防署

国防大学
陸軍軍官学校
海軍軍官学校
空軍軍官学校
憲兵学校
空軍航空技術学院
国防医学院

台湾の軍事史

漢光演習

兵役法
中華民国徴兵規則
服役条例
代替役
国防役
研発代替役

参考項目:
中華民国の歴史
台湾の歴史

その他台湾に関する記事

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人口 - 言語 - 歴史

空軍の作戦、戦力維持の責任は、空軍総司令部にあり、下位の司令部全てに、監督権を持つ。傘下の司令部には政治作戦部、作戦司令部、防空砲兵司令部、訓練司令部、後勤司令部等がある。主な作戦単位は、以下に書す。

  • 6個戦術航空団(台湾軍での名称:戦術戦闘機聯隊)
  • 1個輸送対潜航空団(上記と同じ:運兵反潜混合聯隊)
  • 1個戦術指揮団
  • 1個通信管制団
  • 1個気象団
  • 1個防空歩兵団

台湾空軍では、1飛行連隊は3個飛行大隊、3個飛行大隊は9個飛行中隊という3個単位で編制される。航空機の定数は1個飛行隊で20機と定められている[1]。3個飛行隊に基地警備、補給、対空部隊を指揮する部隊を統合し、聯隊となるようになっている。

[編集] 編成

桃園飛行場 - 滑走路3,350m。

  • 第8 (828) 戦術戦闘機連隊第8大隊
    • 第4偵察中隊 - RF-5E、F-5(偵察機仕様)
    • 第15中隊 - F-5(戦闘攻撃機仕様)
    • 第16中隊 - F-5(戦闘攻撃機仕様)

新竹南寮飛行場 - 滑走路3,600m。

  • 第2 (499) 戦術戦闘機連隊第11大隊
    • 第41中隊 - ミラージュ2000
    • 第42中隊 - ミラージュ2000
    • 第48中隊 - ミラージュ2000(訓練機として使用)

嘉義(水上)飛行場 - 滑走路3,335m。

  • 第455戦術戦闘機連隊第4大隊
    • 第21中隊 - F-16(戦闘攻撃機仕様)
    • 第22中隊 - F-16(戦闘攻撃機仕様)
    • 第23中隊 - F-16(戦闘攻撃機仕様)
    • 救難中隊 - S-70C

台中清泉崗飛行場 - 滑走路3,600m。

  • 第3 (427) 戦術戦闘機連隊第3大隊
    • 第7中隊 - IDF
    • 第8中隊 - IDF
    • 第28中隊 - IDF
    • 測試基評価中隊 - IDF

岡山飛行場 - 滑走路2,350m。主として空軍軍官学校が使用。

  • 基礎教練大隊 - T-34C
  • 戦闘教練大隊 - AT-3
  • 空運教練大隊 - B-1900C
    • 第35海上攻撃中隊

台南飛行場 - 滑走路3,356m。

  • 第1 (443) 戦術戦闘機連隊第1大隊
    • 第1中隊 - IDF
    • 第3中隊 - IDF
    • 第9中隊 - IDF

屏東飛行場 - 滑走路2,400m。

  • 第6 (439) 運輸反潜連隊
    • 第10空運大隊
      • 第101中隊 - C-130H
      • 第102中隊 - C-130H
    • 第20電戦大隊
      • 第2早期警戒中隊 - E-2T
      • 第6電戦中隊 - C-130HE

台東(志航)飛行場

  • 第7 (737) 戦闘訓練連隊第7大隊
    • 第44中隊 - F-5E/F
    • 第45中隊 - F-5E/F
    • 第46中隊 - F-5E/F

花蓮(佳山)飛行場 - 滑走路2,700m。

  • 第5 (401) 戦術戦闘機連隊第5大隊
    • 第17中隊 - F-16
    • 第26中隊 - F-16
    • 第27中隊 - F-16
    • 第12偵察中隊 - RF-16

佳山基地

澎湖馬公基地

防空砲兵司令部は、桃園に位置し、4個(北部、中部、南部、東部)警衛指揮部、8個防砲団を管轄している。

[編集] 歴史

1912年辛亥革命の後、中華民国が建国された。各地に残っていた軍閥を殲滅する為に、中華民国は軍事力の整備の一環として航空部隊を創設した。1929年11月、陸軍と海軍から独立し、中国空軍が設立した。支那事変日中戦争)では日本陸海軍に挑み、第2次大戦終結後は共産党を相手に内戦を戦うが敗北。中華民国とともに台湾へ移動する。

1960年代までは「大陸反攻」を前提とした編制を行ってきた。しかし、本格的な上陸侵攻能力に乏しい海軍が悩みの種であり、そのため空軍はより守勢な形での防空を主任務をせざるを得なかった。その後、1970年代には空軍として充実した体制を整えたが1972年の米中国交樹立・国府の国連議席喪失などもあり台湾は国際的孤立を深め、そのため装備面では旧式の航空機を闇市場で武器商人から通常の3~4倍もの高価格で調達せねばならないといった苦境も味わった。

[編集] 参考・脚注

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  1. ^ ただし、パイロット養成に掛かる時間や航空機の価格の高騰などで、航空機の定数は満たせず、実質は1個聯隊は1個大隊程となっている

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年8月8日 (土) 05:58 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【中華民国空軍】変更履歴

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