丹下梅子
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丹下梅子(たんげうめこ、1873年3月17日 - 1955年1月29日)は、日本の栄養学者で、日本初の女性農学博士である。女性で初めて帝国大学に入学、卒業した。
資料によっては、丹下ウメと表記しているものもある。
[編集] 経歴
1873年(明治6年)に鹿児島県鹿児島市金生新町ほか十四町(現在の山形屋鹿児島本店付近)の商家、戸高丹下伊右衛門の四女として生まれた。幼年時に事故(ままごとのお箸を持ちながら走っていたときに転んでしまった)で右眼を失明、鹿児島師範学校(現在の鹿児島大学教育学部)を卒業後、当時の女子師範付属尋常小学校(現在の鹿児島市立名山小学校)の教師となった。28歳で日本女子大学校家政科一回生に入学、卒業後に女性初の中等化学教員検定試験に合格した。1914年(大正3年)に宮城県仙台市の東北帝国大学理科大学化学科へ入学し(当時は他の帝国大学、専門学校は女子及び旧制高等学校以外の出身者の入学は認めていなかった)、同時に入学した他の2名と共に女性初の帝大生となった。
東北帝大卒業後、アメリカ合衆国のスタンフォード大学などで栄養化学を修めた。帰国後は母校である日本女子大学校の栄養学の教授を務め、理化学研究所に入所し鈴木梅太郎のもとでビタミンの研究を行った。1940年(昭和15年)にビタミンB2複合体の研究で最高学府である東京帝国大学から農学博士の学位を受けた。1955年(昭和30年)、82歳で死去するまで独身を通し、女性化学者の先駆者として学究一筋の生涯であった。
[編集] リンク
http://www4.airnet.ne.jp/soutai/07_douzou/16_ta/tange_umeko.html
最終更新 2009年1月17日 (土) 05:26 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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