久松定武
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久松 定武(ひさまつ さだたけ、1899年4月29日 - 1995年6月7日)は、日本の政治家。元伯爵。元愛媛県知事。
[編集] 略歴・人物
旧伊予松山藩藩主・久松氏の嫡流として東京都に生まれる。学習院を経て東京帝国大学経済学部を卒業後、三菱銀行ロンドン支店勤務。その後1944年から貴族院議員となり、1947年の第1回参議院議員通常選挙で参議院議員に当選。1期務める。
1951年に革新系の支援を得て愛媛県知事選に出馬、現職の青木重臣を破って知事に当選する。当選後は一転保守系の軸足を置き、勤務評定実施にあたっては教職員組合の強い反発を抑え込んでこれを強行。その他県内の公共事業の誘致にも力を発揮し、保守王国と呼ばれる礎を作った。また特産品のミカン栽培の振興にも注力し、ポンジュースの名付け親となっている。
1971年に知事を引退。引退後には、県美術会会長・郵便貯金預金者の会中央連合会理事などを歴任した。1995年6月7日、肺炎のため96歳で逝去。
[編集] 親族
父は伯爵久松定謨、母は薩摩藩12代藩主島津忠義の娘.貞子。子は久松定成。
香淳皇后はいとこにあたり、1953年の第8回国民体育大会と1966年の第17回植樹祭で愛媛に来県した際には、ともに県知事として応接している。また、松平定知も親戚にあたる。
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最終更新 2009年9月21日 (月) 00:52 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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