久貝正俊

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久貝 正俊(くがい まさとし、生年不詳 - 慶安2年(1649年))は江戸時代旗本。御走頭、目付役、大坂町奉行を歴任。河内国武蔵国に5700石、因幡守。主に現在の枚方市に領地を所有していた。

[編集] 経歴

大坂冬・夏の陣使番として参加。

元和5年(1619年)8月22日、大坂東町奉行に役高3000石をもって任じられ、慶安元年(1648年)までその職にあった。河内国の交野郡の倉治・津田・藤坂・杉・片鉾・田口の各村、讃良郡の村々、また武蔵国にも知行地を持っていた。

寛永20年(1643年)、正俊は家臣の細谷善兵衛に戦国時代以降、戦乱によって荒廃していた長尾の八田広を再開発するよう命じる。このとき開墾された新村は福岡村(寛永21年の検地帳によると村高52石)と名づけられ、貞享3年(1686年)村名を長尾村(元禄2年に村高230石)と改める。のち元禄2年(1689年)長尾村内に久貝氏の拠点として長尾陣屋が置かれる。

[編集] 系譜

  • 父:久貝正好
  • 子:久貝正世

[編集] その他


最終更新 2009年1月27日 (火) 16:59 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【久貝正俊】変更履歴

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