九三式双軽爆撃機
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九三式双軽爆撃機(きゅうさんしきそうけいばくげきき)キ-2は、第二次世界大戦前の日本陸軍の爆撃機である。設計・製造は三菱重工業。
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[編集] 概要
三菱がドイツから輸入したユンカースK37双発軽爆撃機の高性能に目を付けた日本陸軍は、1932年(昭和7年)にこの機体をベースにした新型軽爆撃機の試作を三菱に指示した。試作第1号機は1933年(昭和8年)5月に完成したが、同じK37をベースに開発された九三式重爆撃機とは異なり、基本的にはK37のコピーとも言える機体で、これに機体強度の強化や装備の変更を図るともに、機体の性能自体も向上するよう各部に改良を加えたものだった。本機も低翼単葉の全金属製の双発機で主脚は固定式であったが、エンジンはイギリス製のジュピターエンジン(中島でライセンス生産したもの)を搭載していた。風防、銃座とも開放式であった。試作第1号機のテスト飛行では最大速度255km/hを記録し、操縦性も良好であることを示したが、この機体はその後着陸時の事故で失われた。しかし、続いて完成した試作第2号機を使って飛行審査が続けられ、1933年(昭和8年)11月に九三式双軽爆撃機(同じ年に採用された川崎製の軽爆撃機キ-3と区別するため双軽爆撃機と呼ばれた)として制式採用された。生産された機体は主に中国大陸に送られ、華北方面で活動した。
本機は運動性がよく実用性能に優れ現場での評判も上々だったが、同時期に他国で開発・採用されていた爆撃機と比較すると性能的に見劣りしていた。このため1936年(昭和11年)には、性能向上を目指して大改造を行った型が出現した。この型は、エンジンをより強力なハ8に換装、主脚をナセル内引き込み式にし、操縦席や機首銃座に密閉式の風防を取り付けていた(機首銃座の風防は装備されていない機体もあった)。この改造の結果速度性能の向上が見られたため、九三式双軽爆撃機二型として1937年(昭和12年)に制式採用された。それまでの生産型は、九三式双軽爆撃機一型と呼ばれることになった。生産機は日華事変中に、主に満州方面で使用された。稼働率を含めた実用性能は九三式重爆撃機や九三式単軽爆撃機より優れており、運用側からは一型同様好評であった。生産は九七式軽爆撃機が採用された1937年(昭和13年)いっぱいで終了したが、それまでに174機生産されている。前線から引き上げられた後は、本土の飛行学校で爆撃練習機として長く使用された。
[編集] 実戦部隊の配備について
本機が採用された後の陸軍の爆撃部隊においては、配備機体は本機と九三式単軽爆撃機との混成となっており、活動時も本機1機を長機としこれに九三式単軽爆撃機を列機として2機配するユニットで編隊を組んでいた。これは、陸軍内部で軽爆撃機は双発機がよいか単発機がよいかという議論があり、その折衷案としてとられた方式であった。この方式は、爆撃機編隊の死角を無くす意味でも有効であったが、異なる機体を同一目的で同時に使用することから、整備等の運用面では不利であった。
[編集] スペック
- 1型
- 全長: 12.60m
- 全幅: 19.962 m
- 全高: 4.635 m
- 主翼面積: 56.2m2
- 自重: 2,800 kg
- 全備重量: 4,500 kg
- エンジン: 中島ジュピター7型 空冷9気筒エンジン450HP×2
- 最大速度: 255 km/h
- 航続距離: 900km
- 実用上昇限度: 7000 m
- 乗員: 3名
- 武装:
- 7.7mm機銃×2
- 爆弾 最大500kg
- 2型
- 全長: 12.70m
- 全幅: 19.962 m
- 全高: 4.635 m
- 主翼面積: 56.2m2
- 自重: 2800 kg
- 全備重量: 4,700 kg
- エンジン: 中島ハ8 空冷星型9気筒エンジン600HP×2
- 最大速度: 283 km/h
- 航続距離: 1,000 km
- 実用上昇限度: 7,500 m
- 乗員: 3名
- 武装:
- 7.7mm機銃×2
- 爆弾 最大500kg
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
キ-2[1]
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最終更新 2009年10月31日 (土) 23:40 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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