九十九里鉄道

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九十九里鉄道株式会社
九十九里鉄道の一般路線バス(東金駅前にて)
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 〒283-0005
千葉県東金市田間25番地
電話番号 0475-52-3161
設立 1923年12月21日
業種 陸運業
事業内容 バス事業
代表者 取締役社長 石川晋平
資本金 1000万円
従業員数 45人
主要株主 小湊鐵道
外部リンク http://www.kujyukuri-tetsudo.co.jp/
  

九十九里鉄道株式会社(くじゅうくりてつどう)は、千葉県東金市を拠点とするバス事業者。県内の小湊鐵道と株を持ち合い、その保有比率から規模が大きく異なるものの同社の名目的な親会社となっている。このため、バスの塗装は一部の車両を除き同じである。

1926年(大正15年)から1961年(昭和36年)までの間、千葉県東金市東金駅から千葉県山武郡九十九里町上総片貝駅までを結んでいた鉄道路線を有していた。

鉄道路線は同県の千葉市や山武郡成東町(現・山武市)への延長も計画されていたが実現はせず、1961年3月1日に廃止された。その後もバス路線などでは片貝に“駅”が冠されるなど鉄道の名残が残されている。

目次

[編集] 歴史

  • 1923年(大正12年)12月21日 九十九里軌道として設立。
  • 1926年(大正15年)11月25日 東金 - 片貝(のちの上総片貝)間開業。
  • 1927年(昭和2年) 大須賀 - 片貝 - 真亀間特許取得(1936年(昭和11年) - 1937年(昭和12年)に免許失効)。
  • 1928年(昭和3年)5月 荒生駅設置。
  • 1931年(昭和6年)12月26日 軌道から鉄道に変更。
  • 1932年(昭和7年)3月24日 九十九里鉄道に社名変更。
  • 1939年(昭和14年)11月 学校前仮駅設置。
  • ????年?月?日 学校前仮駅廃止。
  • 1944年(昭和19年)3月 京成電気軌道傘下に入る。
  • 1948年(昭和23年)12月 鉄道と並行した東金 - 片貝間の路線バス運行開始。
  • 1953年(昭和28年) 学校前駅再設置。
  • 1961年(昭和36年)3月1日 東金 - 上総片貝間の鉄道廃止。

[編集] 鉄道(軌道)事業

九十九里鉄道
路線総延長 8.6 km
軌間 762 mm
BHFq
国鉄東金線
exKBHFa
0.0 東金駅
exBHF
1.4 堀上駅
exBHF
3.8 家徳駅
exBHF
5.0 荒生駅
exBHF
6.8 西駅
exBHF
7.7 学校前駅
exKBHFe
8.6 上総片貝駅

東金と漁師町の片貝を結ぶ路線として1926年11月25日に開業。全線の運賃は30銭だった。当初は九十九里軌道を名乗り、法規上も軌道法の適用を受けた軌道だったが、1931年に地方鉄道法に適用法規を変更し、社名も九十九里鉄道に改めた。

列車はガソリンカーで運行されていた。このガソリンカーは運転席が進行方向側にしかない単端式と呼ばれるもので、東金駅と上総片貝駅にあった転車台に載せ方向転換する必要があった。なお、太平洋戦争後の1946年から1947年頃まで、燃料不足や溢れる買出し客を捌くため蒸気機関車も併用していた。栃尾鉄道のB形コッペル5号機(1920年製、7t、30PS、1400mmタイプ)を1946年(昭和21年)11月に購入。1947年(昭和22年)9月に日本硫黄沼尻鉄道(耶麻軌道)のB形コッペルB73(3号、1914年製、7t、30PS、1200mmタイプ)を購入し、1号と改称した[1]

夏季には海水浴客で賑わったが、車社会が進む一方で資金不足から鉄道施設の近代化が図れず、1961年2月28日限りで廃止され、以後はバス専業になる。

[編集] 当時の状況

ガソリンを燃料としていたが、片貝付近では、地下から天然ガスが湧出しており、戦中戦後にかけてのガソリン不足で天然ガス等で代用していた。しかし、天然ガスでは力が弱く当時の記事に「途中で動かなくなり家族を迎えに行った」「通行人とぶつかると車両の方が倒れてしまう」などという記述が見られるほどだった。だが、そうした記述には不満に思っているという雰囲気は無く、地元の人々に愛されていたことが伺える。

1961年当時、鉄道と平行した道路(未舗装)に自社の定期バスも運行され、鉄道と交互運行だった。乗客が上総片貝駅に尋ねにいくと、鉄道が先かバスが先かを案内してくれた[2]

列車の走行速度については、気動車が有蓋車1輛と客車2輛を牽引した状態で、時速30kmにも満たなかったそうである[3]

[編集] 路線データ

  • 路線距離(営業キロ):東金 - 上総片貝間 8.6km
  • 軌間:762mm
  • 駅数:7駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電化区間:なし(全線非電化

[編集] 駅一覧

廃止時点のもの

東金駅(とうがね) - 堀上駅(ほりあげ) - 家徳駅(かとく) - 荒生駅(あらおい) - 西駅(にし) - 学校前駅(がっこうまえ) - 上総片貝駅(かずさかたかい)

[編集] 接続路線

※事業者名は営業当時のもの。

[編集] 所属車両

廃止時点のもの

気動車
キハ102・103・104 (1926年(大正15年) 丸山車輌製) - キハ101は1929年(昭和4年)に焼失。
客車
キハ201 (1930年(昭和5年)日本車輌製) - 後年客車化された
ケハフ301 (194?年日本車輌製) - キハ301として新製、後年客車化。
ハニフ105・106・ケハ107・111
貨車
ケワ50・52・53

[編集] 鉄道線廃止後の車両動向

廃止直後、ケハ107が沿線の片貝ときがね幼稚園に寄贈されたが、老朽化により現存しない。現在は個人が引き取って、千葉県内某所にて保管している。

その他の車両は京成電鉄谷津遊園船橋ヘルスセンターの間に遊覧鉄道を計画していたことから東金駅構内にて保管。しかし実現することなく1972年頃まで放置状態となり、荒廃が進んですべて処分された。東金駅周辺区画整理の際に、土に埋められたという。

[編集] バス事業

貸切塗装バス(千葉駅前にて)

[編集] 路線

  • 片貝線
    • 東金駅 - サンピア前 - 養護学校入口 - 家徳横町 - 九十九里学園前 - 西之下 - 片貝駅 - 本須賀 - 不動堂 - サンライズ九十九里 - 東金駅
  • 豊海線
    • 東金駅 - 西之下 - 片貝駅 - 白里 - サンライズ九十九里 - 粟生納屋 - 不動堂 - 上西野 - 幸田 - サンピア前 - 東金駅
  • 八街線
    • 東金駅 - 菅谷 - 栗生 - 滝沢入 - 上布田 - 極楽寺 - 笹引 - 駒返 - 八街駅
  • 東金レイクサイドヒル線
    • 東金駅 - 文化会館 - 日吉台四丁目 - 湖北台 - 南が丘 - 西が丘 - 東金駅
  • 東金商業線
  • 千葉学芸高校線
  • 大網線
    • 東金駅東口 - サンピア前 - 東岩崎 - 古橋団地 - 南上宿 - 砂郷 - 県立病院前 - 福俵 - 福俵駅入口 - 蛇島 - 一木松 - 清名幸谷入口 - 住宅入口 - 大網下宿 - 新宿 - 本宿 - 役場入口 - 南町 - 大網駅
  • 市内循環線
    • 東金市役所前 - ふれあいセンター - 東金市役所前 - 中央公園前 - 東上宿 - 南上宿 - 県立東金病院前 - 福俵 - 県立東金病院前 - 押堀 - 幸田 - 上谷北 - 上谷番場前 - 上谷三区公民館前 - 薬師堂 - 上谷神明 - 上谷南区前 - 下谷南 - 下谷下 - 東中島 - 農協福岡支所前 - 二之袋南原 - 二之袋北前原 - 東部ゲートボール場前 - 一之袋長屋前 - 大沼田 - 小沼田要本寺 - 小沼田中央 - 小沼田コミュニティ会館 - 小沼田工業団地 - 依古島 - 西中公民館前 - 下谷実行会館前 - 上谷二区十字路 - 上谷二区公民館前 - 上谷北 - 幸田 - 押堀 - 県立東金病院前 - 福俵 - 県立東金病院前 - 南上宿 - 東上宿 - 中央公園前 - 東金市役所前 - ふれあいセンター - 東金市役所前
  • 急行 九十九里ライナー線
    • 片貝駅 - 駅入口 - 西の下 - 西の下歩道橋 - 片貝農協前 - 九十九里町役場前 - 下夕谷 - 前里 - 西 - 沼端 - 九十九里学園前 - 大沼入口 - 荒生 - 薄島 - 薄島青年館入口 - 家徳下町 - 家徳 - 正気郵便局 - 家徳横町 - 家徳中橋 - 環境管理センター - 南新田 - 北之幸谷 - 堀上 - 養護学校入口 - 東金中学校前 - 南上宿 - 砂郷 - 千葉中央駅 - JR千葉駅
  • 急行 レイクサイドライナー線
    • 八坂台1丁目 - 八坂台3丁目 - 日吉台4丁目 - 湖北台 - 日吉台7丁目 - 日吉台6丁目 - 南が丘 - 西が丘 - 日吉台2丁目 - 北中学校前 - 中央3丁目 - JR千葉駅
  • 急行 サンライズライナー線
    • 本須賀 - 新開 - 片貝駅 - 不動堂 - サンライズ九十九里 - 千葉中央三丁目 - JR千葉駅

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ 『鉄道ファン』1975年7月号「九十九里鉄道のこと」より。
  2. ^ 『鉄道ファン』1975年7月号(p79)より。
  3. ^ 『鉄道ファン』1982年9月号(p90)より。

[編集] 参考文献

  1. 電気車研究会「九十九里鉄道」『鉄道ピクトリアル』別冊No.1
  2. 白土貞夫「最後の日の九十九里鉄道」『鉄道ピクトリアル』No.117 1961年4月号、鉄道図書刊行会
  3. 白土貞夫『RM LIBRARY37 九十九里鉄道』2002年、ネコ・パブリッシング
  4. 宮脇俊三 編著『鉄道廃線跡を歩くIII』JTBキャンブックス、1997年
  5. 交友社鉄道ファン』No.146 1973年6月号
  6. 臼井茂信「九十九里鉄道のこと」『鉄道ファン』No.171 1975年7月号、交友社
  7. 林春一「私の思い出写真 5 九十九里鉄道」『鉄道ファン』No.171 1975年7月号、交友社
  8. 高井薫平「昭和30年代の地方私鉄を訪ねて 古典ロコ・軽便・田舎電車、そして‥‥」『鉄道ファン』No.257 1982年9月号、交友社

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年5月26日 (火) 15:17 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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