九州英数学舘
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九州英数学舘(きゅうしゅうえいすうがっかん)は、福岡県福岡市中央区にある専修学校。所在地は福岡市中央区舞鶴1丁目5番30号。
かつては大学受験予備校として有名であったが、1999年に一般大学受験科を廃止し、現在は美大受験科の「福岡美術学院」と「国際言語学院」が運営されている。設置者は学校法人九州中村高等学園。
尚、校名の「かん」は「館」ではなく「舘」である。
目次 |
[編集] 沿革
- 1951年 開校。
- 1956年 学生寮を設置。学校法人としての認可を受ける。
- 1971年 西日本地区唯一の美術受験科(福岡美術研究所)を設置。
- 1991年 国際言語学院日本語コースを開設。
- 1999年 大学受験科閉鎖。
- 2002年 「別科福岡美術研究所」を「美大受験科別科福岡美術研究所」に名称変更。
- 2008年 「美大受験科別科福岡美術研究所」を「福岡美術学院」に名称変更。
[編集] 大学受験科について
福岡市の中心部である天神地区の北隣にある。福岡では老舗の予備校であり、本校に隣接していた水城学園予備校とともに数多くの浪人生が通学していた。天神地区の中心部からこの2校に通学する際、通学生は昭和通り上の舞鶴1丁目交差点から北側に細く延びる通称「天神万町通り」を通っていた。この2校の通学生により天神万町通りは若者の通行が増加、いつの間にか「親不孝通り」と呼ばれるようになり、彼らを対象とした飲食店やゲームセンター、パチンコ店、カラオケボックス、バー、さらにはバブル景気最盛期に存在した大型ディスコ「マリアクラブ」などの各種商業施設が増加した。
1980年代後半になると河合塾や代々木ゼミナールなどの大手予備校が福岡市に相次いで進出し、本校に入学する浪人生は大手予備校の授業について行けない者や系列校である九州産業大学の推薦入試を受けたい者、同じく系列校である九州産業大学附属九州高等学校及び九州産業大学付属九州産業高等学校の卒業生や本校と指定校契約を結んだ高校の卒業生(年間学費が大幅に安くなっていた)などに限定されるようになり、生徒数が減少していった。更には1994年、親不孝通りの入り口の昭和通り沿いに駿台予備校が進出したことで本校・水城学園ともに生徒数が大幅に減少。水城は1998年に閉校し、その1年後、本校もかつてのライバル予備校の後を追うようにしてメインの大学受験科を閉鎖してしまった(ちなみに大学受験科最後の年であった1998年度の在籍生は僅か80名であった)。
尚、本校と切っても切れない関係の「親不孝通り」は両予備校の最末期に「親富孝通り」と改称されたが、多くの商業施設が撤退しかつての賑やかさは無い。
本校の系列校である九州産業大学の推薦入試は現役生以外の出願を一切認めていないが、本校に在籍していれば何浪していても出願が可能であった。又、本校は専修学校であるため年度末には卒業証書が発行されていた。
[編集] 美大受験科について
九州英数学舘美大受験科別科福岡美術研究所は、西日本最大の規模を誇る芸大・美大受験予備校である。一般大学の受験科は1999年閉鎖されたものの、別科の福岡美術研究所は運営を続け、2002年には名称を「美大受験科別科福岡美術研究所」と変更し、その後2008年、「福岡美術学院」に名称を再変更した。設置学科は油絵、日本画、彫刻、デザイン・工芸、建築、教育と多岐にわたる。三十数年の伝統と実績を誇り、歴史の象徴である参考作品数や画集等の書籍数は膨大。
学生の通学範囲は地元福岡を中心に北九州や佐賀も含まれる(芸大・美大受験予備校としては九州唯一の学校法人であり、交通機関の学割が可能)。また遠くは沖縄・鹿児島・熊本・大分・長崎などの九州各県から受験生が集う。
福岡美術研究所はこれまでに数多くの芸大・美大に合格者実績があり、2007年度は最難関といわれる東京藝術大学の油画科に浪人生が2名、現役生が1名合格している。出身者にスピッツの草野マサムネ、たれぱんだのデザイナー末政ひかるがいる。
[編集] 設置学科(現在)
- 国際言語学院(日本語学科)
- 福岡美術学院(油絵、日本画、彫刻、デザイン・工芸、建築、教育)
[編集] 主な出身者
大学受験科
福岡美術研究所
- 草野マサムネ(ミュージシャン)
- 末政ひかる(デザイナー)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 九州英数学舘(日本語版) ※現存する日本語学科のみの紹介
- 福岡美術学院
最終更新 2009年2月5日 (木) 02:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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