事実
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事実(じじつ)とは、発生した現象のこと全般を指す抽象的な概念、ないしそれに合致する現象を指す表現である。
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[編集] 概要
事実は、観測されなかったものを含む全ての起こった現象に対して適用される表現であるが、往々にして現象として観測された事柄を指す。観測されなかった現象は、事実ではあっても認識されていない以上、その存在が証明できないどころか、観測者の意識にも残らないためである。このため「事実」とする場合には、暗に観測者が存在していたことを意味する。この観測問題は哲学の範疇において、独我論(観測者の主観のみを絶対とする考え方)などの懐疑主義的な方向性も産んでいる。
類似する概念には現実(げんじつ)がある。しかし現実は観察者の主観に於いて事実と認識された全ての事象であることに対して、事実は観測者の有無に関わらず事実である。しかし観測者がいないと事実を事実として認識しようがないため、一般に事実とされるものは、その全てが現実とおおむね同義(同じ意味)である。
一般に「事実」と認識されるのは、検証できるかどうかにも絡んで、客観としての観察者が記事として記録を残した事柄に限定される。ただ、観察者の錯覚ないし願望などの内的な圧力にも拠りしばしば事実はその認識において歪められる(認知バイアスを参照)。このため、多くの場合において事実の確認は、複数の観察者によって残された記録を比較するなどして、より正しいと思われるものが選択される。ただ、この選択も選択者自身の指向性にも拠り「事実ではない記録」が選択されうる問題を含む。
なお、現象には結果という変化が付き物だが、過去にあった(であろう)未観測の事実に対して、そのとき起こった現象を、それ以降に観測した様々な状態から推察(→推理)する場合もある。これらは、正しくある時点の状態を観測し、正しく推察する場合において、事実をある程度精確に知ることができると考えられている。ただ、この情報収集で見落としがあったり推察に誤りがあったりすると、必ずしも事実どおりの結論に至らない場合もある。
[編集] 様々な分野における「事実」
[編集] 哲学
[編集] 科学
事実を観測し研究する学問は、科学全般である。全ての科学は、事実の観測と記録、これの分析と追認によって成される。この過程を経て、科学は事実を扱うことが可能である。人間の管理下でない状況での事実の観測が観察であり、状況と要因の管理下での事実の観測が実験である。
科学では現象を観測する上で、天文学なら望遠鏡、微生物の観察には顕微鏡など、様々な道具が利用される。こういった観測用の道具は、誤差などといった要素もあって、しばしば事実を歪曲しうる。このため科学の進歩は観測用器具の技術的な発展と不可分である。さらには、観測すること自体が事実を曲げる、あるいは特定する可能性が論議されている(観測問題)。
[編集] 社会
社会全般に於いて、事実は一つの判断材料である。例えば犯罪と言う現象において、この現象に関わった者に賞罰を与えなければならない場合、事実の調査が成され、この調査記録を元に判断が行われる。判断は最終的に裁判など司法に任されるが、これは専門家を必要とする非常に精妙な作業である。
この場合において、過去の事件状況に対する推理・推論も行われるが、これが間違いであることもしばしば発生する。冤罪のような問題は刑事司法に常に付きまとうことから、この作業をより慎重に行わざるを得ない側面を含んでいる。
[編集] 技術
事実を記録するための道具として、人間は様々な記録装置を開発・利用している。録音や撮影・録画(静止画・動画)などのほか、様々な記録を残すための装置があるが、これは記録として情報を保存し、必要なときにいつでも取り出せることが望まれる。
情報処理はその事実の記録である情報を効率良く扱うための分野であるが、20世紀末から記録の量子化による不変性の維持もはじめられ、コンピュータなどは得られた事実を情報として処理し扱う装置として普及している。ただ記録情報(データ)の保持には依然技術的限界も存在し、データの破損によるエラーなども含め、課題が多いのも事実である。エラーとなった現象の記録は、事実ではあっても確認できなくなってしまう。



